70話 放置した案件は片付けるべきだ
市役所の上からは怒号と悲鳴が鳴りひびいてる。
俺が壊された扉から入ったとき、鉄パイプと小銃を持った男たちが驚愕した表情でこっちのほうに視線を向けてくる。
「な、なんだ?」
殲滅戦だからわざわざ返事する必要性はまったくない、敵が戸惑っている今が攻撃を仕掛けるタイミング。小銃の男は敵、鉄パイプの男は人質、それが目標の見分け方だ。
床を蹴りつけて、階段に足をかけてる男の前に飛びつく。
「お前はゲフッ――」
右手に持つアダマンタイト製の剣はマチェットのイメージをヴェナ師匠に伝えて作成してもらったもの。
それを無防備な男の首へ振り払い、喉を切り裂かれた男は両手で必死に押さえているが、その様子じゃもうすぐ事切れるだろう。死ぬ奴は無視して、返す刀にその隣で小銃を向けようとする男の首筋へ、左手で握るアダマンタイト製のククリナイフを全力で薙いだ。
両目を大きく見開いた男は自分の首が切られたことを認識できなかったかもしれない。周りが視線を向けてくる中、男の首はコロッと床に落ちた。
「うわああーー!」
「いやだ、もういやだああ」
「殺さないで」
「逃げろおお」
首が無くなった胴体から大量な血が天井まで噴出する光景に、鉄パイプで武装した男たちは戦意を喪失したように逃げ出そうとしたので、武器を持たない30体のウッドゴーレムを呼び出す。
「汝らに命ず。武器を持たない人を取り押さえろ」
「やめろお! 放してくれ!
「こいつはなんだ? なにこれえ!」
「放せよ、放せえ」
「助けてええ」
「オマエ! ・・・・・!」
玄関へ殺到して逃亡を図る男や少年たちをウッドゴーレムが抱きかかえるように拘束する。玄関先での騒ぎを聞きつけたのか、部屋から小銃で武装した男が飛び出してきた。
外国人と思われるそいつは知らない言葉で怒鳴ってきた。
身体能力が強化されてる俺は飛びかかるように男に接近して、目の前にいる驚くそいつの首へマチェットを薙ぎ払った。
「アフマドか? 外は――」
俺が目にしたのは扉から入る鉄パイプを持つ十数人と小銃で武装する2人の男。
声をかけてきたやつがしゃべってる途中で、俺の左手に握られるククリナイフが振り払われた。斬られた喉から血が噴き出し、やつはなにが起きたかも理解できないまま崩れ落ち、喉元を押さえて死を抵抗するかのように床でもがいてる。
部屋を反響する銃声が響いた。
「やったぜ! ――はあ? なんで死なないんグフッ――」
バースト射撃で俺を撃ち、嘲笑する男は弾丸が床に落ちてることに気付き、驚いた声をあげて硬直した。その隙に右手のマチェットを男の心臓へ目がけて投擲した。
「ひ、ひぃーーー」
「うそお――」
「静まれ! 動いたやつ、しゃべったやつと武器を持つやつは敵とみなす」
死んだ男からマチェットを回収しようと死体へ近付く。
鉄パイプで武装する集団が喚き出す前に俺は高圧的な態度で鎮静させようと威嚇し、彼らが手放された鉄パイプは音を立てて床に落下した。
「や、やめ――」
「しゃべったやつは敵だってことを忘れたか! 後で解放してやるから静かにしろ」
床に横たわるしかばねからマチェットを抜いてるときに、部屋へ入ってくるウッドゴーレムが忠実に命令を実行する。体が拘束されて悲鳴をあげようとした男は俺の怒声に委縮してしまい、すぐに口を閉ざした。
とりあえずこれでこの部屋は制圧した。
「おい、お前」
俺から指名を受けた少年は体を大きく震わせて、恐怖のあまりに失禁してしまった。指摘するのは可哀そうだからあえてそのことを無視して、俺は話を続けることにした。
「今から俺が聞いたことだけを答えてほしい。そのほかのことは一切しゃべらないでくれ」
壊れた機械のように、少年の縦に振られる頭が止まりそうになかった。
——うん、それで頭がもげることもないから無視だな。
「この階に銃を持つ男はまだいるか」
「――」
縦横にガクブルと揺れ動く少年の首がおかしくて、笑い出しそうな衝動を抑えつけた俺は、少しだけ厳しそうな表情を作ってみせる。
「いるのか、いないのか、どっち?」
「――」
「銃を持つ男はもういないのだな」
「――」
縦方向に首がもげそうになるくらいの勢いで、少年は質問に答えようと必死に頭を振った。
「約束通り後で解放してやるから、それまで大人しくしてくれ」
「……」
彼らへ動かないようにと言いつけてから部屋を出た。
捕まえた男たちの中に武装集団に所属してたやつがいても、後で囚われた人たちによって炙り出されると思うので、今はこのままにしても問題はない。
1階にあるほかの部屋は武器や食糧が置かれる倉庫だったり、ゴミが捨てられてる部屋だったりと、先の部屋以外は人が住むような使い方はしてなかった。
その中で俺が驚かされたのは厳重に施錠された一室に、数十体のゾンビが閉じ込められていることだ。
中には自衛隊の服を着ているゾンビがうろついていたので、思わずその異様な光景に首を傾げた。
今はゾンビ部屋のことを考える時間がない。後で救助した人たちから事情を教えてもらおうと俺はそこから離れた。
この階にはほかに敵対する人が見当たらなかった。
まずはセラフィの様子を見ようと、拘束された男たちがいる部屋の前に10体の警備用ストーンゴーレムを配備させて階段のほうへ向かった。
2階に上がると、上の階に行こうとするセラフィを見かける。
「おっと、セラフィか。
――どうした、2階はもう制圧したか?」
「はい。敵対した、もしくは敵対する恐れのある人はすべて殺害しました」
セラフィが持つトレイはいつもの銀色ではなく、真っ赤な鮮血で染められている。
「ご苦労さん。それで上に行こうと思ったわけか?」
「はい。救助しました自衛隊員の何人は命が危ぶまれる状態にありますので、グレース様からポーションを頂戴しようかと考えました」
「はいよ、これを使って」
すかさず収納してあるポーションをセラフィに手渡す。
ポーションは血止めや傷口の回復などの自然治癒能力を高めることができるので、瀕死状態から脱することができる。本格的な治療は医療班にいる医官に任せるとして、喫緊の手当てならポーションがうってつけだ。
セラフィ自体に魔力を用いた自動修復機能が付いているため、俺は彼女にポーションを預けなかった。
ゾンビや人間相手では負けることがないと高をくくってたし、グレースもポーションを所持しているので気にもしなかった。
でもゾンビが進化するこの世の中なら俺に万が一のことが起きた場合、俺たちと同じのように回復魔法が使えないセラフィから治療を受けることができない。
今後のことを考えて、ポーションと備蓄してある異世界の薬草を渡したほうがいいと今さら気付いてしまった。
新しい拠点ができたら、異世界に伝わる回復薬の作り方を彼女に伝授していくと、有能なメイドセラフィの新たな教育方針を定めた。
3階に上がったとき、女たちのすすり泣きする声しか聞こえてこない。グレースの声がしないのは彼女がこの階の安全を確保したから、4階にいる敵の殲滅に出向いたと考えても間違いじゃなさそうだ。
女性がいる部屋に俺は入る気がない。
男の俺が部屋に入ったら、彼女たちが混乱を起こして騒ぎになると予想してのこと。ようやく助けられたの思いで泣いてるのなら、彼女たちのことはセラフィに任したほうがよさそうだ。
そう思った俺はグレースを探そうと上にへ行くために階段へ足を運ぶ。
「グレース、どうな――」
4階へ上る階段の踊り場で俺は足を止めた。
ペチャクチャとだれかがなにかを食べてる音が聞こえてきたためだ。ここで人間を相手に無双してたバカどものことだ、グレースが気に入る極悪人がいたことだろう。
だれだってお気に入りのおやつを楽しんでるときに、邪魔されたら機嫌を悪くするだろう。そう考えた俺は救助した女性たちを連れ出そうと決めて、その足で3階へ戻る。
「グレース! 下のほうはだいたい終わったからな」
「だずげ——」
「いやだいやだ!」
「いでえいでえよぉ」
「……わかったわ。車を出すまでには降りるね」
階段を下りつつ、大きめな声でグレースに注意した。しばらくしてから彼女の返事と雑音が聞こえてきた。
——まあ、グレースがきっちり片付けてくれるから後始末に専念しよっと。
アジトにある武器弾薬や食糧はすべて回収する。
怪我の度合いに応じてポーションで緊急医療を施し、人質を落ち着かせて駐車場に連れていく。事後処理すべきことはわりとあるので、ここでグレースを急かすこともない。
2階で治療に当たってるセラフィに3階へ行くように言付ける。俺は1階にいる人質を落ち着かせ、怪我人の搬送など、小谷さんたちがくるまでにやっておくべきことがまだ残ってる。
——それと小隊長さんたちへの魔法合図は、グレースじゃなくて、セラフィにやってもらっちゃおう。
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