68話 人が動くのは人間関係が必要だ
――空城の計で市役所の職員たちをハメるん! なーんてね。
準備を終え、大型ゴーレム車に乗車した住民たちを先に道路のほうへ行かせて、俺とセラフィは建物の回収で城内を走りまわってる間、ゴーレムたちが掘り起こされた城内の整地に励んでた。
外周に設置した鋼板防壁や再建した鋼板外壁付き櫓などの拠点防衛施設、それと田んぼや畑に実ってる稲と野菜を惜しみつつ、俺たちは大阪湾のほうへ向かい、久しぶりに大型ゴーレム車の車列を走らせた。
和歌山へ移動する手段は、中規模の漁船に乗ることを選んだ。
海路を利用したほうが移動が速いし、ゾンビや人間に遭遇する危険度が低くなるからだ。そのために俺たちは夜の静かな町を通って大阪港で乗り換えて、和歌山のほうへ船を進ませた。
「みんなは役所と争わなかったことにホッとしてるけど、ひかるはいいのか?」
「なにがです?」
「せっかく作った拠点を手放すのは悔しくないのか?」
「悔しくないと言えばうそになりますけど、今回はみんなが納得できたらそれでかまいませんよ」
滝本さんからの問いかけに微笑んで見せる。
正直なところ、拡張するために大規模な工事が必要だし、周囲に交渉の手間がかかる勢力が存在する以上、俺の中で大阪城拠点は魅力的ではなくなった。そのためにもめた時点で拠点を放棄しようと考えた。
ただ拠点で生産活動を行っているのは住民たちだから、彼らが頷いたのなら初めから大阪城にこだわるつもりはなかった。
「次はこのようなもめ事に巻き込まれたくないわね」
「そうですね」
高橋さんの呟きに反論しない。
大阪城に入った時点でみんなとはしっかりした信頼関係が築けなかったし、拠点作りのことで精いっぱいだった。周りにだれがいようがそれほど大事なことではない。でも次は事前の準備が必要なことで、それを怠るつもりはない。
ちょっと前にセラフィと物資の調達へ出かけたとき、今でも淀川の北側はゾンビがひしめいてることを、谷口あたりなら気付いてるのかもしれない。
市内にいるゾンビは前に出会ったドラウグルが統率し、張り巡らされてる地下鉄の中に、なんらかの目的で隠れていると俺は考えてる。
あいつはこの世界で居続けたいと、ハッキリした意思を示した。
それならいつかは地上に現れるに違いない。
あいつの勢力がはっきりと掴めていない以上、ドラウグルとぶつかるのは得策ではない。そのことも俺が大阪城を放棄した理由の一つだ。
空港がある大きな人工島の横を船で通りすぎる。夜明け前の薄暗い夜空へ目をやり、光害が無くなったので星々の輝きが良く見える。
「よく来てくれた。
大変だったとは思うが、ここならいつまで居てくれてもいい」
「ご配慮、ありがとうございます」
和歌山市特別保護地域に着いた俺たちを出迎えてくれたのは小林さんだ。
俺たちが割り当てられた宿泊先は市役所の近くにある元ホテルで、来賓用にリフォームしたここで寝泊まりできることをみんなは喜んでいる。
家畜と家禽を乗せた大型ゴーレム車はホテルの駐車場に駐めさせてもらい、川瀬さんが翔也に跡継ぎとして仕事を教えていた。
案内してくれた有川さんはホテルの広間で開かれた歓迎会のとき、俺たちに和歌山市で長期駐在を強く勧めてきた。彼女の動機は簡単、川瀬さん家が生産する牛乳を毎朝に飲みたいとのことだった。
ここ一帯は最初にきたときに比べてかなり住みやすくなり、滝本さんと高橋さんは小林知事と有川市長のリーダーシップによるものだと大絶賛した。
それはおれも同意するけど、なぜ二人とも俺の顔を見てきてはため息をつく。大の大人がそういうことするのは失礼だと思う。
次の拠点候補地へ移る前、俺は小林さんにあることを頼んでみた。
「――なるほどな……ふむ。
伝えるのは構わないがここに残る気はないか」
「ええ。なんて言いましょうか……
――気遣うのは苦手なんです」
「ははは、そうかそうか。それならしかたないな。
可能かどうかは保証できないが、連絡するのは任せてくれたまえ」
「お願いします」
快く引き受けてくれた小林さんは本当に良い人。和歌山に留まらないのは、小林知事と有川市長のお二人と仲が良過ぎたと考えてのことだ。
勿論のこと、お二人に打算的な考えが含まれてるのは俺も承知の上。
それでもなにかと配慮してくれるお二人からなにか頼まれれば、俺がすっごく断りづらくなってきた。せめてここにいる間はできるだけお二人のお手伝いをしておこうと決意してる。
次に訪れたのは和歌山城の天守閣、自衛隊の事務所だ。
「小林知事から話は聞いてる。せっかく作った拠点は残念だったな。
まあ、そういうお役人はどこにでもいるから気にするな。
――おっと、地方公共団体の悪口を言ったかな?」
「ハハハ、ありがたいお言葉です」
一階の受付まで出迎えてくれた中隊長の前川さんは応接室へ案内してくれた。
「ところで今日はなにか用かな?
――あ、いや、芦田くんなら用がなくても遊びに来てくれるだけで大歓迎だよ」
「それは嬉しいですね。実はお願いがあってお邪魔させてもらったんです」
「お願いってなんでしょう? まあ、芦田くんにはお世話になってるからできることがあれば遠慮なく申し出てくれ。
さすがに砲弾は厳しいけど、銃弾なら廃棄する予定の箱を城の隅に置いておくから、芦田君たちなら魔法で処分してくれるだろう?」
「にゃ、にゃんのことかはよくわかりまへんなあ。
アハ、アハハハ」
——バレてら。
武器弾薬を勝手に頂戴したことが前川さんに知られてる。温かい目で見てくるのは心が痛むから止してほしい。
「んん? そういう用じゃないのか」
「頂けるのならありがたく――って、そうじゃない。今日は別件です」
「ははは——それで、用とはなにか、教えてくれないか」
「はい。しばらくここにいるつもりなので以前に話したアジトを解放したいと思ってます。
ご依頼してもらえませんか?」
「――」
前川さんは口が開いたまま絶句して俺を見つめてくる。
以前は彼からのお誘いを断った。
あのときは川瀬さんたちともそこまで信頼関係を築いていなかったし、彼らを誘った俺としては拠点を構えることが第一義だった。
要するに自分たちのことがほかのことよりも先決だったということだ。
それに当時は中隊長さんが編成する救助隊のサポートとして協力を求められた。
正直なところ、俺の見当では激しい戦闘の末、多くの犠牲者を出しながらの救助活動にしかならない。
信頼関係が築かれてなかった自衛隊さんと一緒に、そんな危ない橋を渡るのは嫌だった。
だが今は状況が変わってきた。
行政側や自衛隊さんともそれなりの人間関係を持ったわけだし、しばらくここでの滞在が可能なので、俺が自分のことで動くことについて、同行者たちが理解を示してくれてる。
彼らは新しい拠点へ行くまで、ここの行政が進めている保護地域開墾事業に参加するそうだ。
自分の時間が空いたのでここは前川さんのお願いに協力したいと、俺は自発的な思いで動こうと考えた。人間関係を築くことは今後の拠点作りでなにか役に立つかも知れないし、無料のお手伝いじゃなくて、ちゃんとした報酬が受けられる依頼の形を作っておきたい。
それに俺は最初に出会ったヒャッハーさんたちと決着を付けたい。
——あいつらは俺を撃ちやがったんだ。恨みは利子を付けて返してやらないと気が済まない。
「……芦田くんの申し出は非常に嬉しい。ただ、守るべき場所が増えたことで救助に割ける人員が少なくなったんだよ……
一個小隊。今は自由に動かせる部隊が一個小隊しかないんだ」
沈痛な表情で俯く前川さんに俺は柔らかい表情を作ってみせる。
「支援としては十分ですよ」
「はい?」
目が点になってる前川さんへ俺は自分の計画を打ち明ける。
「制圧するのは俺のチームで、自衛隊さんには人質の確保と負傷者の看護をお願いしたい」
「えっとお……
――どういうことかな、芦田くん」
「詳細の打合せはうちの非常に強い新メンバーを紹介してからにしますが、人質救助強襲作戦を依頼してもらえませんか?」
突拍子のないことを言い出す俺に、どう返事すればいいのかがわからない前川さんはとりあえず冷めかけてるコーヒーを飲む。
コーヒーに添えられているケーキは俺のお気に入りなので、前川さんが食べないのなら俺にくれないかなと、今の話題とは全然関係のないことを考えたりした。
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