67話 ハメられたのは自分が未熟だった
結局、役所との協議は意味のない会合みたいなものとなってしまった。
ゾンビがほとんど現れないこと、市内に市民が生き残っていたこと、大阪城公園に田んぼと畑がある避難所ができてること。この三つの出来事を背景に、大阪の首長は大阪城で国内最初の解放宣言を行うために戻るらしい。
そのために俺たちが拠点から退去することが、避けられない現実となった。
「君たちは和歌山市のほうで色々とやっているようだがな、こっちも君たちの情報はちゃんと掴んでいるんだよ。
君たちみたいな素性が怪しいやつらは危険だ」
「……」
担当者がなにを言ってるかはわからない、ただ大阪市から危険視されてることだけは理解できた。人は自分の認識を中心に物事を考えるから、俺は担当者に弁明する気にはなれないし、説明する気も起らない。
「――なんだとぅ……」
「違法建築物であるかどうかはこちらが判断しますので、そのまま置いてください」
話が進むにつれ、協議中に揉め出したのは俺たちが建てた住宅や仕事場などの建築物を残せと、担当の市職員が当たり前のように言い出したことだ。
櫓はいい。あれは撤去しなくても次の拠点で既存の石垣に合わせてまた建てればいい。
鋼板防壁は癪だけど、ゾンビに対する防衛体制のことを考えたら、今のままに置いてあげてもかまわない。次の拠点化工事のときにも使える建材だから、本音をいえばあれだけ大量に設置された鋼板は確かにもったいない。
ただ移動中に鉄工所や工事現場から回収できるし、既存の鉄骨造建築物を解体すれば鉄の材料はまだまだ手に入るから、そのまま置いてやってもいい。
だけれど、茅野さんの願いはどうしても譲れない。譲る気にもならない。
高圧的な態度で命令形の言葉を使ってくる担当者は、滝本さんたちからの懇願を聞こうとしなかった。
そこで俺がキレてしまった。
「こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって!」
「な、なにかね君?」
いきり立つ俺はテーブルを叩いて、収納してある盾持ちのゴーレムを呼び出そうとした。
後ろのほうでゲームしてたグレースが好戦的な表情をたたえて、いつでも魔法を撃てるように手のひらに火の玉を形成させた。
協議の担当者たちを護衛するために、警官たちが拳銃に手をかける。まさに一触即発という場面で、会議室の別室にある扉が開いた。
「――華井さーん、建物ぐらいいいんんじゃないですか?
彼らが建てたものですから、持っていけるならくれてやりましょうよ」
「しかしだな――」
「しかしもかかしもないんですよお。
バリケードはほとんど残してくれるんですから、そのくらいは飲んでも罰当たりませんって」
見知った顔がこの中で一番のお偉いさんへ、軽口を叩くような口調で宥めてる。
「あんた、なんでここにいるのか。
——谷口さん」
「いやあ、ちょいぶりですね、芦田さん。
一応ね、今回の件でアドバイザーみたいなもんについてるもんですから、仕事くらいはしておかないとね」
まったく悪びれる様子をみせない谷口は、ニヤけた表情でウィンクしてくる。
「ふんっ! 谷口君はね、君たちと違って市には非常に協力的なんだよ。これまでも市へ物資を納付してくれてるんだ。
君たちのことも彼から――」
「華井さーん、お口が滑らかすぎますよ。
頼んますよ本当」
——なるほど、こっちの情報を市役所に流してやったのは谷口だったのか。なーんだ、そういうことか。
「ヒュー……おっかない顔ですね、怖いなあもう」
言葉とは裏腹にまったく恐れているように見えない谷口が真面目な表情で話しかけてくる。
「しょうがないんですよねえ。あんなに頑丈そうな避難所でも作られたら普通は入りたくなると思いますよ。
でも芦田さんたちって、入居者を選ぶんでしょう?」
「ほう……」
「そういうことで土地所有者の市に判断してもらおうと思ってね、お願いしたわけよ」
「なるほど……それはそれは」
「アハハ。まあ、芦田さんたちが大阪城からいなくなれば、俺らが警備員で入るような契約を交わしてるんでね。
お後は任しといてくださいよ」
「ふーん……」
谷口がこういう手を打ってくることは想定できなかったので、これはもう潔く負けは認めるしかない。
睨みつけてやったのはただムカついただけ。
「それに芦田さんの実力がわかってよかったですよ。
あのきれいなお姉ちゃんが出したのは魔法かな?
アハハ、なに言っちゃってんの俺」
「……」
グレースが魔法を起動させたところを谷口に見られたのは気分的に嫌だった。でもこいつとはもう関わらなくても済むから、俺にとって今さらどうでもいいことだ。
「き、君たちはなにを言ってるのかね」
空気の読めないおっさんが口を挟んできた。
拠点を狙ってたのも狙わせたのも谷口だってことがわかったので、大阪城にはもうこだわらない。後は防衛施設以外の建築物を持っていくための協議を続けよう。
「――7日後です」
「7日?」
「7日後の早朝に退去しますので、俺たちが作ったものを持っていかせてもらいます。
それでいいですか?」
「7日後……ふーむ、わかった。
君たちの言い分を聞き入れる義務はないがな、市長からも温情をかけるようにとの言葉があるので7日の猶予を与えよう。
——市長に感謝することだな」
このおっさんなら、俺がどんな力を持つかは想像しようとしないのだろう。
空間魔法で物が収納できるなんてきっと思いつかないはずだ。
しかも7日後とは言ったが、なにも7日もだらだらするつもりはない。準備出来次第出て行ってやる。すべてのゴーレムを駆使して、一気に撤去工事を進めてやろう。
驚いた顔を見ることができないのは残念ではあるが、7日後に役人たちが城内に入ったときが楽しみだ。
谷口が俺とおっさんのやり取りを見てニヤニヤしている。
こいつの目的は大阪城に入ることだから、俺がなんらかの方法で建物を持っていけると理解しても、ここで余計な口を挟まないつもりだ。
ムカつくやり方だったけど、やっぱり対人間は力だけじゃダメだってことを、改めてこいつから学ばせてもらった。
――礼なんて言うつもりはないだが。
「……地上にゾンビはあまりいないんですけど、地下鉄の中にヤバいやつが潜んでる。
なにをしでかすかがわかりませんので、十分に気を付けてください」
「ほう、そういうことがあるのか……
一応注意事項として聞いておこう」
帰り際に大阪城を接収できたことを喜んでいるおっさんへ忠告だけはしておいた。
彼らは大阪市の地上からゾンビが居なくなったことで浮かれていて、地下に一般の人間では敵わないゾンビがいることを知らない。
いくら大阪城のことで彼らと衝突を起こしたとしても、できれば生き延びてもらいたいと思うのはうそ偽りのない心情だ。
俺の話を聞き流す市職員たちの横で、眉をひそめる谷口は耳を傾けてくれてた。
「残念だなあ……
秋の収穫祭をみんなが楽しみにしてたのになあ」
「また来年でも頑張りましょうよ」
稲が実る田んぼを中谷さんが寂しそうに眺めているので、同じ視線で彼に慰める言葉をかけた。
退去の準備に拠点内が大わらわで、大人から子供まで全員が大忙し。
移動中に使う物と住宅内に置いておく物を仕分けして、身に持っておきたいおもちゃを手放さない子供を諫めるお母さん。
城内は元の状態で返却するつもりなので、共用建築物と住宅、畜舎や桟橋に設置されてる各種の設備を撤去する各班の作業員たち。
「——あなたたちは手伝わなくてもいいから、診療所へ行ってください」
「でも……なにかお手伝い——」
「いいんです。とにかく今からすぐに診療所へ行って。
せっかく助かったのに、ここで無理して体を壊さないでよ」
この前に救助してきた女性と話しているのはミクだ。
自発的に拠点内のあっちこっちへ顔を出して、自警団を連れての見廻りと、住民のお手伝いを申し出ている。セラフィからミクは一皮むけたと聞かされたのは間違いじゃなさそうだ。
ミクたちが去ってからでも、俺は新たに作った西の一番櫓の屋根から周囲を見渡す。
ここなら桜門から本丸へ戻ってくる人たちが見えるし、城内にいるときはここで夕日を眺めることが多い。
仕事を終え、本丸に入ろうとする人たちは俺が見えたのか、だれかが俺に向かって手を振ってくる。
風に吹かれつつ、お引越しは大変だなと、荷物を運ぶ人々に俺は他人事のように目をやる。
清掃済みの住宅や整理された倉庫などの建物は、出発前夜に俺とセラフィがまとめて一気に収納するつもり。その後はゴーレムを使っての整地があるので、どこかで土を持ってこないといけない。
我が家の整理整頓はセラフィがやってくれてる。
彼女に手伝えることは家の中でゲームで遊ぼうとするグレースを、俺が本丸にある広場へ連行することだ。
「運ぶときは気を付けろよ」
「「はーい」」
元博物館から保管してあった武具や資料を天守閣へ搬入するのは滝本さんたちだ。
田んぼと畑に植えている作物と、川から水を汲み上げるためのポンプはこのままにしておくと中谷さんたち農業班がそう決めた。
腹は立つけど稲も野菜も、彼らにとっては手塩をかけて育てた子供みたいなもの。市役所が接収しても農作業は続けてほしいと、市の担当者たちに約束させた。
「老師ぃ! グレース殿をギャフンと言わせたいので、ゲームのれんし――ギャフンっ」
市役所からのドローンは今でも監視のために飛んできる。
撃ち落としてやりたい気持ちを抑え、みんなが忙しくしてるのに、ふざけたことをぬかすタケの頭を腹いせで殴ってやった。
しかたがないことだけど、中谷さんたちが苦労して収穫が期待された稲穂はここに置いていく。願わくば入城者に美味しく食べてほしい。
家畜の匂いがする畜舎がなく、すべての家畜は大型ゴーレム車に乗せた。川瀬さんたちと談笑した場所はすぐに空き地となることだろう。
拠点で一番早起きした桝原さんたちが集う桟橋、荷揚げ門の近くで大漁と海の男たちがあげる歓声は思い出の中で今も響く。
短くて充実した日々を大阪城で過ごし、おかげさまで拠点作りと運営のノウハウを学習することができた。それでもゾンビの世界で生きていくために、最初に築いた拠点を俺は忘れない。
堀の水面を眺めつつ、地平線の向こうへ沈み行く夕日を記憶の中に焼き付こう。
次の拠点予定地はまだみんなに伝えていないが、小林知事と有川市長から招かれているので、まずは和歌山へ立ち寄るつもりだ。
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