挿話5 美紅ちゃまの大冒険 -ゾンビの世界で安全は注意すべき-
武闘派女子高生四方田美紅が主役を務める挿話のつもりでしたが、セラフィが大活躍です。
斥候チームと合流を果たし、ゾンビ災害の前はかなり有名なディスカウントストアの前へやってきた美紅たち。
宮脇から報告を受けたように、店の前で手当たり次第に商品をビニール袋へ入れていく数人の若い女性を見かけた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
美紅に声をかけられた女性はどこか怯えてるように返事する。
彼女の近くで商品を漁ってた女性たちは手を止めて、美紅たちのほうを窺うような目付きで見ている。
「こ、ここの物って、勝手に取ってもいいですか?」
「……新しいチラシが出てないの。だから安売り商品がないのよ」
あいさつの後にものを言わない女性たちが異様な様子に美紅たちは思わず息をのんだ。
頭を振ってから気を取り直す美紅は声をかけた女性に質問し、しばらく立ってから得た的を得ない返事に美紅は戸惑ってしまう。
「まだ食べられる物が残っててよかった」
「うん、そうだよ。もうすぐなくなりそうだけどな」
「洗剤はどうしよう」
「持って帰ろうよ」
店の中から二人の大人しそうな少年が手提げ袋を持ったまま店先の商品を漁り始め、店の前にいた女性たちは少年の話を聞きつけてか、全員がディスカウントストアの中へ入っていく。
「……隊長、どうする?」
「……そうですね。とりあえず中へ入ってみましょうか」
店の表に置かれている洗剤やポリタンクなど日用品に興味がない隊員たちは美紅へ縋るような視線を送り、津浦がみんなを代表して美紅に行動の指示を求めた。
「おーし、久しぶりの探索だ。いっぱい持って帰るぜ」
「本当だな。芦田くんに誘われてから店で物漁りなんかしないからな」
「なあなあ、セラフィさん。収納頼むぜ」
「はい。集められましたらわたくしのところに持ってきてください」
「団体行動だから、あまり離れないように心掛けてくださいよ」
M4カービンのスリングを右肩に掛け、ピストルグリップを握る手に力がこもる美紅は迷いを捨てきれずにいるものの、店の探索が決定したことに、はしゃいでる隊員たちへ注意するだけに留めておいた。
美紅自身も仲の良い小早川先生や川瀬柚月たち女性陣から化粧品や生理用品の調達を頼まれているため、スーパーに立てこもったとき以来の採集活動に、胸躍る思いを抑えきれずにいた。
「各自回収用の麻袋を用意して、袋いっぱいになったらセラフィさんに預けてください」
「「おーー」」
沸き立つ隊員たちは美紅からの指示に歓声をあげた。
静かに佇むセラフィが店の屋上へ目を向けてることに気付いた隊員は美紅を含めて、だれ一人としていなかった。
「——よう。俺らの狩場へようこそいらっしゃいませ。本日はお前ら自身をお代にお好きな商品をお選びしてもいいんだぜ?
持って帰れないけどな。ギャハハハハ!」
「バーカバーカ。引っかかってやんの」
「動くなよ? 動いたらバーンだからな。ククク」
「うおー! 大女はいらねえけど、あの金髪の美女は当たりだ」
このディスカウントストアの特色として、商品が店内いっぱい並べられてたはずだった。
だが商品を見る時間など与えられず、入店してすぐ銃器でカウンターの前へ追い立てられた美紅たちは、散弾銃や小銃で武装した十数人の男たちによって取り囲まれた。
「隊長、どうする?」
「とりあえず今は動かないで」
緊張した面持ちで質問してきた宮脇に美紅は辺りへ目を配りながら小さな声で返事した。
「おや? だれかと思ったら自衛隊ちゃんじゃない。お久しぶりぃ」
アッくんという凶悪だった武装集団に呼ばれていた名で、気軽そうにあいさつしてきた男へ美紅は厳しい目で睨みつけた。
AK-74自動小銃を肩からぶら下げてる男は両手で女を抱きかかえて、卑しい笑みを浮かばせつつ、セラフィを見つめる目には情欲に満ちていた。
「お前は――」
「まあ、自衛隊ちゃんには感謝してるよ。アッくんを殺してくれたおかげでこの俺がボスになれたのだから。
今日はこの前の危ねえ野郎と姉ちゃんがいないし、なんか色っぽいお姉さんまで連れて来てくれたんで、そんな自衛隊ちゃんにたっぷりとお礼をしてあげないとな」
男に抱きかかえられたままの女性たちは目に涙を溜めて、美紅たちから視線を逸らすように顔を横へ背けてる。彼女たちの様子から、美紅たちをおびき寄せるための餌に使われたことは明白だった。
「んじゃ、まずは武器をおい――」
「――これで皆様も探索活動の難しさを体験されましたね」
武装解除を求める男の発言を被せるように、セラフィは採集隊員たちへ場にそぐわない説教をし始めた。
「おいおい、だれが話していいっつったんだよおねえ――」
「まずは宮脇様――
偵察報告が甘すぎです。
斥候役を担っているのなら、状況の判断が一番大切ですよ。こんなときですから、女性たちだけが店の前にいる状態については疑念を抱かなかったのですか?
女性たちがなんの品物を収集していたとは確認しなかったのですか?
そういった確かな情景の偵察報告をしてくださらないと、このように皆様を危険に陥れてしまうことはちゃんと学習してください」
「お、おう……す、すいません」
淡々と話すセラフィの超然なお姿に、諭されてる宮脇を初め、ここにいる全員が押し黙ってしまってる。
「それと美紅ちゃま」
「――は、はひっ!」
指名を受けた美紅が畏まって直立不動となった。
「リーダーは全体的な視野で指揮しなければなりません。
初めての外出行動で浮かれるのは理解しますが、美紅ちゃまの決断一つで、このように全員に危機が迫ることをしっかりと覚えてください」
「ううん……」
「おい! てめえら——」
「ひかる様より、美紅ちゃまはまだまだお若いですから、これからゆっくりと学んでいければいいとおっしゃいました。ですが、死んでしまいましたら若さもなにもありません」
「はい……」
「こらあ! 人のはな——」
「よろしいですか? ゾンビなら見つける次第倒せばよろしいんです。だけど人間は見た目だけでは判断できないことを、今回の教訓で心に刻んでください」
「うん……ごめんなさい」
肩を落とし、うなだれる美紅へセラフィは温かい眼差しをさし向ける。
どうやらご主人様から言いつけられた任務が果たせそうと思ったセラフィは、気落ちする隊員たちを励まそうと口が開きかけた。
「――きゃああっ」
「なにわけわかんねえことを抜かしやがるだてめえら! とっとと武器をすて――ゲフッ」
いきり立った男は抱えてる女たちを突き飛ばして、小銃を美紅たちへ向けようとしたときに、目にも止まらぬ速さでいきなり飛び込んできたセラフィの蹴りで男の顎を砕かれてしまった。
「拠点に住む方々以外でお話があるのなら、まずはわたくしの許可を得てからにしなさい」
「ガ、えで、いでえよ……」
店の床で顎に両手を当てる男を見下ろすセラフィは、いつもと変わらない口調で言い放った。
「お、おま――ゴワッ」
「わたくしの警告は聞こえませんでしたか?」
散弾銃を構えた男へ、セラフィは瞬間移動したかのような俊足で近付き、持っているオリハルコン製のトレイで男の頭をしたたかに叩きつけた。
この場にいる人たちがセラフィの見せる異様さにあっけを取られて、体が固まってしまってる中、セラフィは美紅たちへ向かって一礼する。
「本日最後となる教えです、よく聞いてください。
敵のアジトへ踏む入れるときは、装備する武器と防具を活用してください。剣は抜くこと、盾は構えること、マイマスターひかるんです☆キラリン様が貸与してくださったバリアの魔道具をちゃんと起動させましょう。
そして最も大事なことは仮借なく敵を殲滅することです」
「は? マイマスター?」
「ひ? ひかるんです?」
「ほ? ☆キラリン様?」
「「だれだそいつわあ?」」
芦田の愛称(?)に、美紅以外の大阪城拠点自警団第1次物資採集隊員たちが疑問をあげたが、返事しないセラフィは彼女たちを取り囲んだヒャッハーさんたちへ改めておなじみのトレイを突き出した。
「あなたたち自身の幸運を喜びなさい。マイマスターひかるんです☆キラリン様から本日は不殺の命を仰せつかっております。
そして地べたに這いつくばって、この場で死ねない不幸を噛みしめていなさい――」
「んなっ!」
床を蹴って飛翔したセラフィはオリハルコンのトレイを振りかざし、驚愕したまま銃を構えることすら忘れたヒャッハーさんたちへ飛びかかった。
――ディスカウントストアの至る所で手足をへし折られ、身動きが取れない男たちが泣き叫ぶ中、美紅たちは監禁されてる女性や少年たちを救助した。
「おい、お金を取ってもいいけど滝本さんに渡すんだぞ。勝手に拠点で使うなよ」
「わかってるよ。貯めてきたお金が振り出しになる罰なんて嫌だよ」
店内に残されてる商品を漁る隊員たちは食料品を中心に、自分の趣味に合わせて、指輪やネックレスなどの貴金属、ドライヤーや各種のプレーヤーといった電化製品、嗜好品となる腕時計やブランドバッグなどを、これでもかと麻袋に詰め込んでいく。
「おい、宮脇。お前、それはヤり過ぎやろ? お前の彼女は好きモノか?」
「うっせえよ、ほっとけ」
駒井は呆れ顔で大量の避妊具を袋に入れていく宮脇を窘めるが、宮脇からはやめそうな雰囲気はまったく見当たらない。
「……マムシドリンク。賞味期限はたぶん大丈夫」
「ありがとうな、酒巻」
両手いっぱいの精力ドリンクを抱えた酒巻に、宮脇は笑顔いっぱいの表情で感謝した。
「セラフィさんはなにも持っていかないですか?」
「はい。わたくしはマイマ――ひかる様から頂いたもので十分です」
「もったいないなあ。セラフィは素顔がきれいなんだから、お化粧すればもっと美人になるのに」
「オケショー、ですか?」
戦利品をつめ込んだ麻袋を預ける美紅は、雑談しながらセラフィの顔を羨ましそうに見つめる。
「グレースさんも化粧しないもんね。はあ、美人は得するよなあ」
「よくわからないですけど、美人になれば強くなれるんですか?」
「ああ、確実に男に強くなるね」
「そうですか……拠点に戻られましたらオケショーを教えてください」
「うん! 任せて。一緒に高橋さんからお化粧の仕方を教えてもらいましょう」
嬉しそうに頷く美紅はセラフィの手を強く握った。
「美紅ちゃま。この後の予定は決められましたか?」
「うん。救助した人を拠点まで連れていくことが先決だから、採集活動は中止ね」
「そうですか。わかりました」
セラフィは美紅の頭を優しく撫でる。
彼女からすれば、それは芦田から褒めらてもらってるときの仕草を模倣しているだけだが、頭を撫でられた美紅はとても嬉しそうだった。
本来なら一泊する予定の採集活動は打ち切り、芦田から預かった大型ゴーレム車を使い、救助した9人の女性と6人の若者を乗車させ、美紅たち第1次物資採集隊は拠点への帰路に就いた。
「おい、どうもボスたちはやられたみたいだぜ」
「ああ」
「ああってね――助けに行かないのかよ」
「行きたければお前が行け。
――俺は隠れ家に置いてる物を取ってから違うところへ行く」
大型ゴーレム車が去った後に、美紅たちに声をかけた若者二人は道路の反対側にある倉庫から出てきた。
落ち着きのある若者は自分の意見を仲間に示した後、悲鳴と助けを求める声が聞こえてくるディスカウントストアから離れようと歩き出す。
「違うとこってどこだよ。
――っておい! 俺も行くから待ってくれ」
軽薄そうな青年は頭をかいてから先まで仲間だった怪我人たちを見捨てて、落ち着きのある若者の後を追いかけた。
ゾンビの世界でヒャッハーさんが落ちてました。相手が悪かったということで終わりましたが、目敏い人はちゃんと逃げてます。
3話連続のお話でしたがお楽しみいただけたのでしょうか? 明日から本編に戻ります。よろしくお願いします。
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