挿話3 美紅ちゃまの大冒険 -ゾンビの世界でコンビニは行くべき-
武闘派女子高生四方田美紅が主役を務める予定の挿話です。
「じゃあ、採集へ行ってきます」
「おう、気を付けてな……
ヒャッハーすんなよ」
「わかってますって! うるさいな、師匠は。
ヒャッハーってなんなんですか!」
四方田美紅が隊長を務める大阪城拠点自警団第1次物資採集隊が、総リーダーの芦田と相談役の滝本に見送られ、拠点から東へ向かって出発したのは夜が明けてからだ。
拠点が市に返還されることが予測されてるため、開かれた定期会議のときに芦田は美紅たち自警団が行う大阪市内での採集活動を提案した。
滝本と高橋以外のみんなが驚く中、ゾンビ災害後に放棄された地区で自警団が探索に慣れること、自警団の活動範囲を拠点外へ広げること、芦田は淡々とした口調で二つの目的を告げた。
これまでに芦田が住民たちの安全を考慮して、住民を拠点から外出させたがらないことを知る美紅は喜んで提案を受け入れた。
ただ美紅は芦田が次の拠点運営を見据えていることまで見抜くことはできなかった。
「よろしくね、セラフィ」
「はい、美紅ちゃま。こちらこそよろしくお願いします」
セラフィがホムンクルスであることは、彼女が芦田から紹介されたときに聞かされたが、美紅には気にならないことだった。
ゾンビがいる世界だからホムンクルスがいてもおかしくない。
美人のセラフィさんよりも、サキュバスのグレースさんとゴーレムを駆使する芦田さんのほうが、物語で出てくる異能者だと美紅は認識していた。
「隊長! やっと外へ出られたよな」
「ああ、師匠に認めてもらえたのかな。
でも気を引き締めてよ、宮脇さん。
ゾンビは潜んでいるだけでいないとは師匠も言ってませんからね」
「おう、任せとけって」
セラフィを含めると総員10人の第1次物資採集隊。
そのうちの一人、宮脇という青年はボウガンをみせるようにして、注意する美紅へ笑顔で返事した。
当初では全員が小銃で武装することを申請した美紅に対して、芦田はセラフィを護衛につけてるという理由で、美紅以外の採集隊員が銃器で武装することを拒否した。
他の隊員には言っていないが、芦田は銃器で武装した採集隊が危機に瀕したとき、過剰な反応を起こすことに危惧している。
その代わりに芦田は初めて、美紅たちに異世界で使う武器と防具を貸し与えた。
隊員たちは芦田が普段からオーガレザーアーマーを愛用すると知っていたため、彼らは銃器を禁止されたことよりも、芦田と同じの装備を与えられたことに歓喜した。
こうして、異世界で現れそうな冒険者パーティのような集団が人のいない街並みで闊歩する。
「――隊長、コンビニ発見コンビニ!
ゾンビ世界のテンプレだから行こうぜ!」
やや興奮気味の宮脇が落ち着きのないはしゃぎっぷりで、道沿いにあるをコンビニエンスストアを指した。
芦田から斥候を出すように言付けられてるけど、美紅を含める全員が初めての外出に浮かれていた。
「皆様。ゾンビがいないとは思いますが、不用心な大声は敵対勢力をおびき寄せる恐れがありますので、お控えください」
低い声音だが透き通る声で、セラフィが採集隊の全員に聞こえるように注意を促した。
「固いことを言うなって、セラフィたん。
あんね、僕たちはこっちに来てから初めてのお出かけなの。ちょっとは好きにさせてよ」
宮脇に続いて、走り出そうとした駒井という若者が軽口を叩くように反論した。
「駒井さん。芦田さんからセラフィさんのいうことを聞くようにって言われてるでしょう? 口を慎んでください」
「ちぇ。わーったよ。
ごめんな、セラフィたん」
美紅のきつめな口調に駒井は頭をかきながらセラフィに謝った。ただその言葉遣いに悪びれた様子は見られない。
「じゃあ、宮脇さんと駒井さん、それに酒巻さんの三人でチームを組んで、コンビニを見て来てください。
無線連絡は密にお願いします」
「了解」
「あいよ」
「わかりました」
物静かな振舞いをみせる酒巻という青年が 宮脇と駒井の後ろに続いて、荒れてるようにみえたコンビニエンスストアへ向かった。
「セラフィさん、先はすみません」
「謝らなくてもいいですよ。
マイマスターひかるんです☆キラリン様がこのような状況になるでしょうと聞かされていますので、わたくしは気にしてません」
「え? 誰それ? マイマスターひかるキラリンって――」
「ひかる様です。先のは忘れてください」
珍妙な名前を聞いた美紅の目が点になり、呆けた表情でセラフィに質問した。だけど慌てることのないセラフィは冷静に自分の発言を訂正してみせた。
「え、えっと――」
『隊長! コンビニにだれもいません』
「……わかった。そちらに向かいます」
聞き直そうとした美紅のトランシーバーに、宮脇からの連絡が入った。ひょうひょうとする表情のセラフィに目をやってから、美紅は宮脇たちと合流することに決めた。
「ひどいな……」
ガラスが割られたコンビニエンスストアの中を眺める美紅は思わず呟いた。
店内にある棚は引き倒されて、使えそうな商品がなく、床一杯にビニール袋が散らかされてる。
なにより、電気が切れた冷蔵ショーケースから悪臭が放ってるように臭えてきた。
「なんもなさそうだな。ほかのところへいき――」
「バックヤードはまだですよ」
鼻をつまむ駒井の言葉を被せるように、セラフィは店内の奥にある扉を指した。
「ええー、行くの?」
「宮脇さん、偵察なら最後まで見てください。
ゾンビがいるかもしれませんので気を付けて」
「……ああ、わかった。
――駒井、酒巻、行くぞ」
文句を垂らす駒井を無視して、美紅は宮脇に斥候役を果たすように求めた。
固唾を呑む酒巻の横で美紅の厳しい表情をみた宮脇は与えられた役目をこなすため、バックヤードがある扉へ向かった。
その光景をセラフィはジッと見ているだけで、なにも言おうとしない。
「――うわああっ!」
「し、死体があ!」
「おええー」
扉を荒っぽく押した宮脇たちがバックヤードの中へ入り、間を置くこともなくそのまま青白い顔で飛び出してきた。
3人とも美紅たちを気にせず、朝食だった嘔吐物をカウンターの前で盛大にぶちまける。
「な、なに? ねえ、なにがあったの?」
「オゲエ――
し、死体がいっぱいあったんだ、首つりがおうええ――腐ったやつが――おうえええっ」
状況が掴めない美紅の問いかけに宮脇は吐きながらどうにか答えた。
「てめえおえええっ!
――死体があるのは知ってたな、この人形があ!
おげええううぇええ」
駒井はセラフィを責めながら嘔吐をくり返すという器用な技をやってみせる。
「はい。ここに入った時点で死臭が漂っていましたので、少なからずの死体があるではないかと思いました」
表情を変えることもなく、平坦な声音でセラフィは平然と駒井の怒りを受け止めた。
「セラフィさん。それならあたした――」
「皆様はなにか勘違いしてませんこと?」
「――」
辺りが凍えると一瞬に勘違いしたほど、変化をみせたことのないセラフィが冷然な視線で全員を見まわす。
絶句した美紅へ目をやるセラフィは、黙り込んだ採集隊を気にする素振りをみせないで、美紅だけに言葉を投げかける。
「自警団とは拠点にいる皆様の命を守るという、非常に大切な役割を負っているとひかる様から伺いました。
その自警団が死臭も知らないで、死体を見ただけでこれだけ取り乱すなんて……
――あなたたち、なにを守りたいというのです?」
「……」
「わたくしがひかる様と遠征されるときは、学校の体育館で死体の山を見かけたこともありました。
ひかる様はわたくしに食糧不足や精神不安定によって拠点が崩壊すると、こういうことになる場合があると教えてくださいました。
そのためにひかる様は皆様の安全には誰よりも気を遣っていましたし、あなたたち自警団を外に出さなかったのも、皆様の能力を慮ってのことでした」
オリハルコン製のトレイを三回転させてから、セラフィはゆっくりと店外へ向かって歩き出す。
「美紅ちゃま。自警団を甘やかせすぎたのはあなたよと、グレース様はひかる様を諭しました。
拠点から出るかもしれないこの時期、あなたたちに現実を見てもらったほうがいいと高橋様もおっしゃってましたので、この度の採集活動が企画されたのです」
「……」
背中姿のセラフィは出入口のところで一旦足を止める。
「皆様。務まらないとお思いのなら、グレース様とわたくしが自警団を引き継ぎ致ししましょう。
心配してくださらなくても大丈夫ですよ? ゴーレムの軍団を率いるわたくしに敵う者などいるはずもありませんもの。
外で皆様をお待ちしてますので、ご自分で進路をお決めになられたらおっしゃってくださいな」
うなだれる美紅たちにこれ以上声をかけることもなく、大阪城拠点で最強の一角たるホムンクルスのセラフィは、静かな足取りで静寂なコンビニエンスストアの店内から姿を消した。
セラフィがみせるあまりの迫力に宮脇たちの嘔吐は止まってしまい、残された自警団員が無口になる中で美紅だけは瞳に炎を点した。
「どうするかを決めましょう! 自警団を続けるか、やめるか、今すぐ決めましょう!
あたしは止めないわ、こんな中途半端のままじゃ絶対にやめられないわ!」
美紅が見せる気迫に全員が息を吸い込んだ。だがあまりの臭さで咳きこんでしまったのは致しかたのないことだった。
採集隊員たちは知らない。
たぶんこうなるであろうと予測した青年芦田は、セラフィに最初のお説教は魔力で練った冷気を漏らしながらにしろと命じていたことを、美紅たちには知る由もなかった。
コンビニには収集したくない死体が落ちてました。
主人公が拠点の守りを異世界組で担った弊害がここで出てしまいました。防衛の要である自警団が使いものになってません。
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