64話 権力を持ったやつらがやってきた
地下鉄駅の出入口付近を含めて、大阪城の近辺にゾンビがきれいさっぱり一体たりともいなくなった。地下鉄の構内で出会ったドラウグル野郎が引かせたと考えても間違いではなさそうだ。
たまにフラフラと現れるのはどこか違う場所から大阪城へ観光しにきたゾンビ。残念ながら入城させるわけにもいかないのですぐに自警団が出動して、来訪したゾンビをご退場してもらった。
残された死体の処理はミクたちがウッドゴーレムを使って薪で焼却している。
いつまでそういうゆとりのある気持ちを持ち続けられるかはわからないが、見知らぬだれかを弔う思いはこんなときだからこそ持ち続けていたい。
「えっと……東側にある公園ですけど、農地か畜産地にしたいと思います」
ドラウグル野郎はまだ敵対しないとほのめかしてたので、大阪城の外周にある手付かずの公園部分を開拓すると会議で提案した。農業班のリーダー中谷さんはもちろんのこと、畜舎が拡張できると、川瀬さんたち畜産班も歓声をあげるほど喜びを露わにした。
どうやらみんなが待望の拠点拡張だったようだ。
上位種アンデッドのドラウグルが統率するゾンビの大軍なら、どうあがいたって交戦すれば激戦になる。そうなると拠点を広げたところで大した影響はない。どうせ、戦闘になったら放棄せざるを得ないのだから。
しかもあいつらは小銃まで扱えるのだ。案外大阪湾で迫撃砲を撃ったのもあいつらかもしれない。
まずは道沿いに高さ4.5メートルの鋼板防壁を設置した。
これは対ゾンビというより外部の人間による侵入を防ぐ意味合いのほうが大きい。
俺が一般的な生存者なら、ゾンビのいる世界に農地が広がり、家畜が飼われているところを目撃したらまず奪取したいと確信する。
実際、ゾンビが少なくなったことで道路の曲がり角で新設した鋼製の検問所へ押し寄せて、城内に侵入を試みる生存者が出没していた。
「入れろやおらあー! 人助けしないでお前らは人間か!」
「ここは民間人によって運営される避難所です。身分が明らかでない人を入れるわけにはいきません。
どうぞお引き取り下さい」
「あに言ってんだおらあ! 助けろや! 訴えるぞおらあ!」
今日も元気な生存者たちが城門の前でミクと押し問答をくり返す。訴えると言われても、裁判所は長期休暇中なので受付けはできないと思われる。
――しかしこいつは本当に態度が悪いな。もう少し穏やかに対応してくれたら、援助パックくらい手土産に渡したのに。
生存者がここへ訪れるようになってから、その対応についてみんなが会議で頭を悩ませた。
「んだとおらあー! あんなやつらをここに入れたらモメるに決まってんだろうが滝本ぉ!」
「話を聞いてやるの人情だろうが! ああ?」
「やんのかてめえ!」
「口だけが達者のお前に負けるわけないだろ、来いよ」
「――フン、ハッ!」
「カハッ」「ゲフッ」
これまでにない激論が交わされ、滝本さんと20代の住民代表である桑原くんがつっかみ合いのケンカまで発展した。
見かねたのか、桝原さんが黙って立ち上がり、素早く放たれた回転のいいボディブローによって、ダブルノックアウトという形で決着がつけられた。
——物騒なことだよな……今度桝原さんからボクシングを教えてもらおっと。
色んな意見を論議した結果、用地の拡大については人口を増やすことは避けられないものの、コミュニティの文化に沿うかどうかを見極めることが必要という結論に至った。
そこで検問所には高橋さんと良子さんが常時駐在し、こちらのコミュニティに加入したい生存者に対する面接を行うことにした。
納得してもらえたら、滝本さんから住民の権利と義務についての説明を受け、誓約書を提出したら新しい住民になれるという加入手続きが作られた。
「ええ、私ですか……わかりました、頑張りますよ」
食堂の運営はサブマスターだった赤松さんが良子さんに代わって、彼女が大浴場マスター兼任の二代目食堂マスターについた。
ちなみに援助パックというのは、2リットルの水と非常食や缶詰が入ってる袋のことだ。
ここまで来てもらったのに、そのまま放り出すのも気の毒ということで60代の住民代表、江田のおばあちゃんがあげたらどうと提案した。
近頃多く住民の間で訪ねてくる生存者の惨状に対する同情心を持つようになった。その状況を考慮して、会議のときに俺を含めて幹部から一定の期間なら援助してみようということで、江田さんの提案は採用された。
ただ残念なことに援助パックを狙う不届きな輩が現れるようになり、食料品を手にして嬉しそうな生存者から援助パック強奪する事件まで発展した。
近場なら略奪の現場を目撃した自警団が不幸な生存者を救助するのだけど、離れた場所で起きた強盗事件まではこっちも関与できない。
本当、世知辛い世の中になったもんだ。
「なんでや? 32人で来てるから32人分をもらうのが当たり前でしょうが!」
「はいはい、お疲れ。ウっちゃん、帰ってもらって」
「な、なんやこいつら! おい、放せって。放せやあ!」
こういうふうに、時には団体で人数分の援助パックを強要するバカたちが、図々しく検問所まで押し寄せてくる。そんなときはウッドゴーレムたちが、ギャーギャーと騒ぐバカどもに実力で帰ってもらってる。
あいつらを見ると、善意ってなんなんだろうと考えさせられる。
色々と大変なことが起きる中、少しずつ住民が増えていき、新たに開拓した畑や畜舎で、みんながわいわいと仲良く作業に励んでる。
ホールのほうは住民たちが祭りを催したり、子供たちが運動会を開いたりと週に一度はなにかのイベントを開催してる。
確かにゾンビがいる世界で生きるのは大変だ。
そんな辛い局面の中で、人間の底力が生み出す日々の営みは、なかなか捨てたもんじゃないと思えてくる。
ただ俺は浮かれていたと自覚せざるを得ない。俺たちができたことは、みんなもできるとは限らないことを脳内に留めておかなかった。
いや、忘れたかったというべきだろう。
——ほしいものが手に入らないとしたらどうすればいい?
もっとも早い方法は持ってるやつらから奪ってしまえばいいということだ。
「――なので滞納した市民税や所得税を一括払ってもらいます」
「……」
突き付けられた条件で困り果てた顔したまま、珍しく滝本さんが俺に助けを求めてくる。
検問所の椅子に尊大な顔で納税を告げてきたのは市役所からきた市職員と称した者、その横には拳銃をチラつかせる警官が俺たちを睨んでる。
いつかはこうなるじゃないかなと予想はしたんだけど。
「いやあ、市民税といっても俺たちは市民ではないですし、税金を支払えっだって、なにを基準に計算すればいいかわかりません」
「あのですな、大阪城公園は市に所有してるんですよ。
それをあなたたちは市の土地を不法占拠した上、勝手に公園を農地にしたんです。
本当なら逮捕されてもおかしくないと、こちらは考えてるんですよ」
「……」
「まあ、そこは他の自治体の人とは言え、これまで国民を保護したということで、こちらもある程度の譲歩はやぶさかでないと副市長が判断しました。
そんなわけですから、納付すべき項目はあとで明細を添えて提示しますので、とりあえずは現在そちらで貯蓄した物の2割を現物で税金の代わりに納付してください」
「ああ?」
——得意げな顔で吹っかけてくる市職員、ムカつく。
こいつはバカか? どういう根拠で2割も出せってんだよ。
「ひっ」
俺の表情が怖かったのか、アホな市職員は椅子から滑り落ち、隣にいた警官二人が立ち上がって警棒をこっちに向けてくる。
「――あ、あのう、話は伺いましたので、今日は一旦お引き取り願えませんか?」
キレそうになった俺の腕を掴んだ滝本さんが、地べたに座ってる役人に提案した。
「お、おう……
き、今日はそちらに通達したということで帰りますが、近々また来ますからね」
「くる――なぐー」
「検討させてもらいます」
俺の口元を手のひらで押さえた滝本さんが、当たり障りのない返事してから、立ち去る市職員と警官を見送った。
「むぐー」
——ちくしょう、盗人猛々しいとは役人どものことだ。ミクぅ、塩を持って来い塩を!
援助パックを拠点へきた人々に渡すことについて、主人公たち運営の幹部はかなり悩みました。もちろん、拠点でも援助しないほうがいいと考えてる住民はいますが、それでも基本的に穏健派住民の同情心を満たすことで、拠点内の分裂を回避させようと主人公たちは割り切りました。
援助パックの真意はむしろ拠点の住民対策にあります。尊重というのはするとされるの二通りがありますので、主人公が危惧したのは声が小さくてもそのまま放置したら、拠点に不和が生じるかもしれないと想定してみました。
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