63話 上位種のアンデッドが現れた
驚いたというより、驚かされてしまった。
――目の前でゾンビが小銃を撃った。
長いプラットホームの両端を使い、単射と連射を分けて、しかもマンターゲットまで作っての射撃練習に目を張ってしまった。射撃場の土地が用意できないこっちの拠点より本格的訓練だ。
「単射あ、狙え!」
「ア゛ーばーいヴー」
さらに驚かされたことに、3体のゾンビが若くて美しい女ゾンビの指令に従っている。なにより、ゾンビが喋ってコミュニケーションを取っていることに気を取られてしまった。
「撃てえ!」
発砲音が構内を響きわたり、手で耳を塞いでなかったら大変なことになってた。でもこいつらは平気そうな顔をしてるから音響外傷になってないだろうな。
「休めえ!」
自衛隊なら撃ちぃ方とかの言い方があるとネットで見たことあったが、ゾンビの場合は言葉は短めのほうが伝わりやすいかもね。
「アジル様、訓練を続けさせますか?」
「いや、もういい。体に影響しないけど、うるさいのは好きじゃない。今度から耳栓でもしておこう」
階段の壁に姿が隠れてて、俺からは見えないだれかが女ゾンビは話してる。
——アジル様というのはこいつらの上に立つ者のことか。
できればもう少し観察していきたいところだが、違う形態に進化したゾンビがお目にかかれたことを本日の収穫としよう。
欲張っちゃいけない。トンネル内での戦闘はこっちの不利になりそうなので、今日はこれで撤収すべきだ。
——こんなことならグレースを帰すんじゃなかった。
逃げようとしたときに線路の上に捨て置かれた空き缶を蹴ってしまい、転がっていくそれが金属音を立てて、構内にこだました。
——だれだ! 空き缶はちゃんと分別ゴミ箱に捨てろや!
「何者だ!」
女ゾンビは誰何してくるとともに、目標を定めずに小銃を乱射してくる。
「ごめっ――って違う!」
逃げようと前を見ずに走ろうとしたとき、ゾンビにぶつかってしまった。
思わず出した声に、線路へ降り立った小銃持ちのゾンビたちが一斉にこっちへ振り向く。はずみで隠形のローブが半脱ぎの状態になり、俺の存在がバレてしまってる。
「どけえ――」
「ア゛ア゛ーニーゲーンア゛ー」
「ヴーア゛ヴーア゛ア゛ー」
抱きついてきたゾンビを振りほどき、急いで逃亡しようと思ったときに、俺の前にはゾンビの群れが立ち塞がっていた。
——マジか、囲まれてしまったよ。
「お前、人間か!
——いやっ、人間にしてはなんでピンクのモヤがかかってる」
女ゾンビが声を出すとともに容赦なく小銃を連射で撃ってきた。バリアのおかげで無事に済んだのだから、外にいるときは常に魔道具を起動させる習慣をつけといてよかった。
——ところでピンクのモヤってのはなんだ?
「うそぉ! 銃が効かないなんて――」
驚いてる女ゾンビに目を向けると、小銃を捨てて手のひらをこっちに向けてくる。
「ファイアーっ」
「うそお! なんで?」
——こいつ、ゾンビのくせに魔法を使いやがった! あり得ねえ、マジであり得ねえっすけど。
「魔法も効かない? お前、同類か?
――いや、同類でも魔法防壁がないと防げないはずだ!」
飛んできた火球がバリアに阻まれて、魔法が消散するところを目撃した女ゾンビは絶叫した。
「なんだお前らは! なんで魔法が使えるんだ!」
——それに今こいつはなんて言った? 魔法防壁ってのはバリアのことか?
なぜそんな高度な魔道具のことを知ってる?
「動くな!」
構内に反響する男ゾンビの大声が、俺に襲いかかろうとするすべてのゾンビの動きを一瞬で止めた。
ゆっくりと歩いている中背中肉のそいつはパーカーにジーンズのラフな格好、大事なのはどう見たってそいつが先の女と同じ、人間にしか見えないということだ。
「もういい、マリア。おれがこの人間と話してみる」
「アジル様? しかしこいつはきけ――」
「どうもこの人間は少し毛並みが違うようだ。
話す価値があるからおれに任せてくれないか?」
「……はい、仰せのままに」
女ゾンビを下がらせた男ゾンビはプラットホームから線路へ軽やかに飛び降りると、俺のほうへ体を向けてくる。
「やあ、初めまして。銃も魔法も無効化にできる人間」
「……なあ、あんたは何者だ」
随分なごあいさつだけど、それは無視してやってもいい。話し合ってくれるというのなら、ここは乗ってやるのが手だ。
情報を制すものは戦場を制す。
「何者? ふーむ……」
右手をあごに当ててから考え込む男ゾンビ。
静寂なトンネルの中に音を立てているのは俺の呼吸音だ。しばらくすると、男ゾンビは普通の人間では見抜くことができない、ほんの僅かに魔力によって赤く光る瞳でこっちを見つめてくる。
この目は見た記憶がある。異世界にいる異端のモンスター、上位種アンデッドのドラウグルだ。
「……うーむ。答えにくい質問だな」
——考え込むゾンビって、初めて見たよ。
「——前は人間だったと思うけど、気が付けばゾンビになってた。
人間からゾンビになったはずなのに、気が付けば物事を考えるようになった。
魔法なんて空想だと思ってたが、気が付けば魔法が使えるようになった。
自分がだれだったかも覚えてないのに、気が付けば知識を持つようになった……」
「……」
瞳の奥で魔力が炎のように揺らめき、燃えさかるような目の光は俺の意識を捉えて放さない。
やはりこいつはゾンビとはかけ離れた存在、自己意識を確立させられるなんて、異世界でもアンデッドの進化はこんなに早くはならない。
「なあ、あんた。ここは異世界じゃないよね?
こんなおれっていったいなんだと思う?」
「ドラウグル。
――とある異世界ではお前ような化け物をそう呼んでる」
「ああ? ドラウグルだぁ?」
ドラウグルが信じられないような表情を見せて、俺の言葉を確認するかのように見つめてくる。ここでうそをついたってしかたないので、俺は頷いて見せた。
「……ファンタジーでいうアンデッドか……
――アハハハハ!」
左手で目の辺りを覆うと、男ゾンビは周囲で静かに佇むゾンビたちと対照に、場に似合わずの大笑いで腹を抱えている。
「アハハハハハ――」
「なにがおかしいんだ」
「――はは……いやあ、あんたノリがいいね、異世界ときたか。
うん、そうだな。それなら説明がつくかもな。
よーし、今日からおれはゾンビじゃなくてドラウグルでいく」
笑顔から平坦な表情に切り替えた男ゾンビ――ドラウグル野郎は納得したように頷いた。こいつがなにを思おうと俺には関係ない。関係ないのだがこいつの目的が知りたい。
「お前はどうするつもりだ」
「ん? 変な質問だな。おれはなにしよ――
ああー、わかったよ。あんた、おれが敵となるかどうかが知りたいんだろう?」
「……」
頭が回るモンスターには情報を与え過ぎないというのが異世界での経験。たぶん、それはこっちの世界でも通用するはずだ。
「話は変わるけど、あんた、大阪城にいる人間なんだな?」
「……さあ、どうだろうな」
——なんでバレただろう。短い対話の中で思いつかせるきっかけなんて一切なかったはずなのに。
「うーん、警戒させたな。
——種明かしすると実に簡単なことだ。あそこは人間の力じゃ説明できないことが多すぎる。
大阪城で倒された多くの同種は実弾じゃなくて、不思議な弾で撃たれた。
それをおれは魔法じゃないかなとずっと疑ってた」
「……」
「見えなかった姿、弾丸も魔法も通じなかった防壁。それにあんたは先、北のほうへ逃げようとした……
だからおれはあんたが大阪城にいるやつと確信した」
「――だったらどうする?」
こいつの手の内はまだ明かしていないが、拠点をまもるためにも敵対するなら、できればここで叩き潰しておきたい。
一人で戦うのは久しぶりだけど、そこはゴーレムと愛蔵した魔道具を活用しよう。
「怖いねえ」
「……」
ドラウグル野郎は人の良さそうな微笑みをみせる。
こいつがゾンビになる前はどんな人だったかが知りたくなった。少なくても俺が知ってるアンデッドは、こんなに豊かな表情をみせることはほとんどないかった。
「あれだけ厳重な防衛に同類を突っ込ませる気はないから、心配しなくていい。
それに魔法を知るあんたをまだ敵には回したくない」
「そうか」
なぜかは自分でもわからないけれど、あっちではドラウグルは人間を騙すために言葉を操ると知っているのに、今のは信用できる言葉に聞こえた。
「耳を塞いでくれ」
「……」
ドラウグル野郎はなんのためにそう言いつけてきたのはわからない。ただ敵対していない今なら、ちゃんと聞いておいたほうがよさそうだ。
「これから見る人間を今だけ通せええええーー!」
咆哮にも似た甲高い叫びが線路の先へ響いていく。こいつの言葉に従って両手で耳元をきつく押さえててよかった。
「今日はお会いできてうれしかったよ。
どうぞ気を付けてお帰りを」
「……ありがとう」
頭が割れそうな感覚は消えたけど耳鳴りが未だにやまない。
——しかし今だけ通すときたか、次はないという解釈なんだろう。
でもこいつの配慮で正体を明かしていない隠形のローブを使わなくても済むから、俺としてはありがたいことだ。
「お前はどうするつもりだ」
「そう言えば先の質問に答えてなかったな……
——ただここにいるだけだ。
存在意義なんてどうでもいい、おれたちはただ居続ける。
人間がまた増えようがなにが起きようが、おれはおれとともにいる同類たちとこの世界で居続ける」
「なるほど……
わかった」
ドラウグル野郎から答えをもらった俺は北にある拠点へ向かって、振り向きもせずに歩み始めた。今のこいつらなら俺を襲うことはないと、なぜかそう思えた。
お互いに名前を聞かなかった。
必要のないことを聞いてもしかたがないことだけは、ハッキリと理解し合えた。
不死者に自然の死は訪れない。
こいつが居ようとする世界に俺は必要とされないし、俺が生きたい世界でこいつは近くに居てほしくないやつ。
もしかして、いつかどこかでこのドラウグル野郎とは衝突するかもしれない……
——もっとも、そのときは全力を尽くして敵と戦えばいいだけの話だ。
ついに変異種とエンカウント!
しかしお互いに力が把握できてないので、激闘するのはまだ先のことです。
作中でピンクのモヤという描写があるのですが、設定を説明します。
魔力が使えるゾンビには体外にある魔力の流れが見えるのです。主人公は魔力こそ多いものの、ほとんど使えてないので、体外では漏れ出した分しかゾンビには見えません。
ちなみにグレースとセラフィならゾンビの目には真っ赤に映ります。人間は魔力がないので、色はかかりません。
マリア(??):ゾンビ化する前は女性で大手商社部長職の娘、いわゆるお嬢さん。ゾンビに噛まれた婚約者を看病しようと頑張ったところでガブリ。アーウーゾンビのまま病院でうろついたところをアジルに見出されて、横にいた元婚約者を置き去りにした。
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