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62話 人間はしぶとい生き物だった

 前に谷口からもらった勢力図で市内の各地を歩き回った。


 各地にある避難所に忍び込むのに、だれにも見つからない隠形ローブがマジ有能過ぎた件。もっとも、極力人が少ない時間帯を選んだり、人の少ない場所を通ったりして、できるだけの努力はしたつもり。



 北にあるのは梅田は谷口たちの武装グループ、それに大阪市役所に立てこもってるのは役人と警察が主導する民間人を保護しているグループのこと。


 市役所は太陽光発電と浄水装置を設置し、内部には多くの非常食が備蓄されている。常に警察が外へ目を光らせているため、隠形ローブがなければ、簡単にここへは近付けないだろう。見た感じでは役人たちが主導権を握ってるようだった。



 東で最大勢力だったのがアッくんの武装グループだがこれは俺が殲滅した。勢力図には書かれてる自衛隊と警察に守られてたグループは俺たちと合流したミクたちのことだ。


 もう一つ存在するのが大学の構内で大学生が組織したグループ。こちらは近隣に住む市民も寄り集まり、それなりの秩序と備蓄を持って避難生活を続けている。


 俺が偵察しに行ったときは、十数人の警官と自警団らしい大学生たちが襲来するゾンビと交戦してた。



 南は謎の全滅を遂げた難波の武装グループ。それと厳重な警備体制を築いた医療センターで、医療関係者と市民によるグループが現在も籠城中。


 こちらのほうは水こそ浄水装置があるから気にしなくても大丈夫だけど、食料品はほとんどなくなり、全員の体調が見た目だけでわかるくらいかなりヤバかった。


 騒ぎになるとは思ってたが、去り際に空き部屋の中へ非常食と米を置いてきた。



 西にいるのは立派な防壁を構築した工場で避難する近隣住民が集うグループ。


 工場の付近は家が解体されて、俺たちのように田んぼや畑を耕してるし、全員が和やかに会話しながら仕事に勤しんでた。工場内には困らない程度の食糧が箱詰めで保管されてる。


 もう一つは巨大なショッピングセンターに多くの人が集まるグループ。


 駐車場に電化製品や車でバリケードを設置してゾンビを拒んできたようだが、今は内部分裂した様子をみせ、ショッピングセンター内の各所では、築かれたバリケードでいくつもの小グループに分かれている。



 そのほかにも警察署や公民館、スーパーなど、市内の各地に点在する急造の避難所で息をひそめる人たちが生存している。人間ってのは最悪な境地に落とされても、中々しぶとい生き物だと改めて思わされた。


 闇夜に紛れたり、見つからないようにゆっくり進んだりして各避難所の倉庫を見て回った。


結果:猟銃やショットガンは見かけても、重火器の運用になるとごく一握りのコミュニティしか所持していない。

答え:どこにも迫撃砲を所有するところはなかった。




「ねえ、まだ見に行くの?」


「いや、そろそろ帰ろうかな」


「そうして。

 ゲーム……ゲームがあああ!」


 ——お前は禁断症状を起こした危ないやつかよ、グレース。


 ゲームというのは趣味が合うやつと楽しむのが一番のはわかるけど、そこまでいくとさすがにゲーマーだった俺も引いてしまう。



「なんなら先に帰るか?」

「いいの?」


「ああ、いいよ。

 よく考えたら今は拠点防衛のほうが大事だし、俺はもうちょっと回ってみたいし」

「じゃねっ」


 そんな嬉しそうな顔をされると、引き止めるわけにもいかないだろう。大阪城のほうへ急いで去っていくグレースの背中を見つつ、俺は隠形のローブで体を隠す。



 ゾンビがあまり出なくなったと知ってか、食糧を探すために生存者たちが辺りの様子を窺いながら外へ出るようになった。


 自分の身を守るために、ほとんどの人は鉈や金属バットなどで武装している。


 生存者と不意の遭遇で発生しうる無用な争いを避けたいので、なるべく人が通らないルートを帰路に選択したほうがいいと考えた。


 前から調査したい場所と思ってたし、ちょうどいいきっかけとなったので、ゾンビがひしめく地下鉄の線路から拠点へ帰ろうと俺は思いついた。




 ――第二次ゾンビ災害が発生したとき、地下鉄での救助は困難を極めた。


 ゾンビを倒そうにも地下トンネルであるために、自衛隊や警察は部隊の展開に奔走している間、救助で地下鉄の駅入った消防員や医療従事者たちは患者を地上へ運び出すのに手こずっていた。


 そこへゾンビやゾンビ犬が襲いかかった。


 都市部が大混乱する中、救助に難がある地下鉄は放棄される方針が取られ、自衛隊と警察が撤退し、見捨てられた人々は暗闇の中でゾンビの波に飲まれてしまった。


 逃亡に成功したわずかな人たちがネットで悲惨な経緯をネットで訴えたが、ごく少数の人を除いて、同情が集まることはなかった。


 助けてほしかったのは、なにも地下鉄にいた人たちだけではなかったためだ――




 世の中にはナイトビジョンという便利な物はあるらしい。だけど俺の場合は強化された目があるので、真っ暗の中でもスイスイと行動できる。


 選んだ路線は北へ向かうだけで大阪城の近くから地上に出れるので、地下鉄の線路を迷わずに進められる。


「うーん……ゾンビがいない駅もあるってことか」


 以前に拠点近くにある地下鉄の駅へ偵察しに行ったとき、駅の中にはゾンビがうじゃうじゃいたのをよく覚えてる。


 そのために降りた駅の構内がガラガラだったのは少し驚いた。でもこれはこれでゾンビを避けなくてもいいから帰りが楽と思った。



「……もし物資の調達を狙うなら、梅田か難波の地下だな」


 地下鉄は早々と放棄されたことが知られているため、駅の規模によってはドラッグストアなどが宝の山といえるかもしれない。


 商業施設のない駅にはすでに食べられない()()しか残されていないので、わざわざ時間を割いてまで探すまでもなかった。




 時折り線路で佇むゾンビがちらほらと見かけるようになった。


 見た感じではゾンビというより、ボーっとする疲労したサラリーマンのように思えた。もしここで隠形のローブを脱いだら、きっと群れて襲いかかってくるのだろうと傍にいるゾンビに目をやる。


 バリアを張っているから、実害に及ばないだろうがそうする必要性はどこにもなく、ゾンビをからかって遊ぶような悪趣味など、俺は持ち合わせていない。



「ごめんよ、通ります」


 ゾンビの間を通る際にお断りを入れさせてもらった。


 声にピクンっと反応した学生ゾンビが声の出所を探そうと、キョロキョロと辺りを見回している。もちろんのこと、俺は学生ゾンビの挙動を無視して、さっさとその場から立ち去った。



 微かに響く音を聞いた俺は立ち尽くした。



 大阪城でミクたちが練習しているときにさんざんと聞かされた音だから、聞き間違うはずがない。


 あれは間違いなく銃声だ。


 逸る気持ちを抑えて、線路で佇むゾンビと接触しないように慎重な歩調を保ちつつ、少しずつ大きくなる銃声がする場所へ近付いていく。





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