挿話2 ゾンビが集団戦を挑んでみた
「なあなあ、大阪城にいるやつらって、ボスがヤベえっていうんやけど、マジでやんの?」
「おうよ。まともにやったら勝てんらしいから、今度漁船が通ったら捕まえて人質にするんだってよ」
ゾンビの災害が起きる前は難波でも有数なホテルの一階で、散弾銃を持った若者が退屈そうに仲間と雑談していた。
彼らは災害が起きた後に、市内の各地で無人となった派出所や警察署から武器を持ち出して、初めのうちは数人でグループを作って、家に立てこもる生存者を相手に略奪や殺人などの犯罪を重ねていた。
そのうちにここで女と食べ物をかき集めてることを聞きつけた。自分の力を過信していた彼らは知り合ったほかのグループと手を組み、無謀にもホテルへ襲撃をしかけた。
罠にハメるようにホテル内のロビーへ誘い込まれた彼らは、気が付いたときには小銃を持った集団に囲まれて、武装解除を強いられてしまった。
死ぬことを覚悟した彼らの前に現れたのは祭りで売られているようなお面を被ってる男だった。
「生きたいなら手下になれ、それが嫌ならゾンビに喰われて死ね。
どっちを選ぶんだ?」
提示されたのは明快な二択で、死にたくなんかない彼らは迷うこともなく前者のほうを選択した。ボスと呼ばれたお面の人は彼らを受け入れ、抵抗しない女と豊富な食べ物を与えた。
彼らの仕事はとても簡単だった。
ここ一帯で生存者を探し出し、無人となった店から食べ物や日用品を漁ればそれでよかった。渡された小銃や散弾銃でゾンビの頭をぶっ放すのは彼らにとって、ただの退屈しのぎの遊びにすぎなかった。
たまにゾンビに噛まれた人がいるものの、彼らはそういうやつをただのバカのようにしか思ってない。泣き叫んでる元仲間を撃ち殺すことはゲームするかのように楽しかった。
ゲームで味わえなかったリアルさ。銃撃で血が噴き出し、人が死に行くさまは心を震わせ、その後に怯える女を犯すことが生きていることを実感させるのに、最高な手段だと彼らはここで過ごす日々を心から喜んでる。
不満があるとすれば、近頃はこの界隈に若い女は少なくなってきたことだ。
「また来てくれねえかな」
「バーカ、あれは運が良かったんだよ。
ゾンビに追われてここまで逃げてきたっていうんじゃねえか」
「あーあ。ゾンビさんもまたそういうお仕事をしてくれねえかな」
この前はゾンビに追われている若い女を含む十数人の生存者がこの付近に迷い込んでしまい、彼らに捕捉されてしまった。
その後はホームパーティーといういつものゲームで楽しんだ。
エレベーターの電源を切り、ホテル内で捕まえた生存者たちを獲物と見立て、階段へ追い込んでから一階から最上階まで追いかけっこを仕掛ける。
恐怖で怯える生存者たちがくるはずもない助けを求めながら、疲れていくさまを後ろから男だけを一人ずつ仕留めていき、狩られる生存者を絶望へ陥れてる。
最後の仕上げは最上階で宴会を楽しみつつ、新しい女たちの肢体を貪るように愉しむことが、ゾンビの世界に生きる彼らの娯楽となっていた。
「アホなことを言ってねえでよ、ボスが言った準備をちゃんとしろよ」
「はいはい。漁船を被せられるだけの網を女たちに作らせたらいいんだろ?
わーったよ」
散弾銃を持つ若者は仲間へ気の抜けた返事をした。
彼が頭を悩ませているのは今夜のお楽しみとしてどこのヤリ部屋へ行けばいいかということだ。
ヤリ部屋の女たちはネームレスたち幹部が使い込んだお下がりばかりで、心をへし折られた女は反抗するどころか、こっちの顔色を窺って迎合してくるので、若者からすればヤリがいがまったく感じない。
「くっそー……
また新しい女が来てくれたらいいのになあ。久々にパーティーしてえよお」
「だからアホなこと言っ――」
「おいっ! 前の道路に女を満載したバスが通ったぜ!」
仲間が若者を叱ってる途中に表から巡ら中の仲間が興奮した口調で叫びながら飛び込んできた。
「マジかっ! いよっしゃあああー!
すぐにボスへ報告しろ、狩りじゃああっ!」
若者は散弾銃を掲げて、大声で喜びの気持ちを露わにした。
――とろとろと走るバスに20人以上の若い女が乗っている。
狩りの許可を得た若者は装甲自動車の上で、舌なめずりして道を行くバスを双眼鏡で見張っていた。
バスはエンジンが故障しているのか、武装自動車の車列に囲まれても大したスピードが出ないまま、下品な声ではしゃぐ男たちによって、ホテルのほうへ強制的に誘導されていく。
だが男たちは知らない。
その様子を武装したゾンビたちが遠くから監視し続け、その後ろにいる男のゾンビが無線でバスの中にいる女ゾンビたちへ指令を出していた――
夜のうちにホテルの屋上へ潜入した女ゾンビが太陽光発電パネルを破壊するために待機している。地下の封鎖された緊急発電室はすでにゾンビが爆弾を仕掛けて、後は起動させる命令を無線機に耳を傾けている。
男たちが歓声をあげて、ホテル内でバスから降ろされた女たちを最上階へ追い込んでいる頃、男のゾンビが閉ざされた出入口のシャッターへ無反動砲で照準を定めていた。
彼の後ろには鍛え上げたハーレムメンバー数十人と、武装した千体のゾンビが彼の下命を待っている。
自らの気配を遮断できる男のゾンビはすでに数週間をかけて、このホテルの中を隈なく調べ上げ、得られた情報は今日の実戦部隊と共有させてる。
「いいか、一人も取り残すな」
「「はい、アジルさま」」
ハーレムメンバーからの返事に彼は頷き、後ろに控える女ゾンビに声をかける。
「マリア、200体の同類を預けるからここはお前に任す。
逃げ出そうとするやつがいたら――」
「男は殺して女を同類にするわ」
「そうだ、マリアはいい子だ」
マリアと呼ばれた女ゾンビの頭を撫でてから彼は満足そうに微笑んだ。
ここにいるやつらは同類を殺し過ぎた。
対等な戦闘ならともかく、手足を斬り落としてから屋上から落とすなど、同類を弄ぶような殺し方は万死に値する。
「お前たちの鍛えた実力を試すのにちょうどいい機会だ。
遠慮はするな、男は殺して女を同類にしろ」
「「ア゛ヴーばーいア゛ー」」
アジルの指令に武装したゾンビたちは一斉に返事した。
『――アジル様、戦闘開始しました。ここの人間たちは魔法に戸惑って錯乱してます』
武装ゾンビが一斉に返事したとき、最上階に追いつめられた配下から無線で通信が入った。
「そうか。ケガはしてないか」
『アジル様から教わった魔法防壁が銃弾を防いでくれてますので大丈夫です』
「魔法防壁は火砲を跳ね返せないから気を付けろ」
『はい。ここにいる人間に火砲を取りに行かせる時間は与えてませんので問題ないです』
「ならいい。おれたちを待たなくてもいいから、まずはそこにいる人間を捕獲しろ。抵抗が激しいなら殺せ。
下にいる残りの人間はそこへ追い込んでやる」
『わかりました。ご武運を――』
無線の通信が切れた後、男のゾンビはガラスが割れた屋上へ目をやる。
ご武運という言葉が総攻撃の合図だったのだ。無反動砲から砲弾が放たれ、ゾンビの侵入を拒んできた頑丈なシャッターが炸裂した。
「我らの同類に仇なす男たちは地下に持ち帰って、生きてるやつも死んだやつも一人残らず切り刻め!
哀れなる女たちは同類に変えさせてやれ!
往け、ご武運をおっ!」
「お゛ヴヴンんお゛お゛ーー」
大きく穴が開いたシャッターの向こうで、今まで見たことにないゾンビの行動に驚愕した表情で見つめる人間がわずかにいた。
だが800体を超える銃や剣などで武装したゾンビの前に、彼らはゾンビすらなれない運命が待っていた。
ドラウグル・アジルがヒャッハーするゾンビを連れて、人間を相手に無双しました。
食事や経済活動を必要としないアンデッドは本を読む時間がいくらでもあり、吸収した知識をアジルは試そうとします。どんなに能力があっても、知識だけでは使いこなすことができません。アジルはそのことを知っているので、人間を相手に戦いを挑むことで自分たちを強化していきます。
ちなみに主人公の集団が持つ力を知らないため、今のところ慎重的なアジルは主人公を相手に戦う気はありません。
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