60話 偵察した場所は不思議なアジトだった
谷口たちのアジトから帰る前に、難波のコミュニティについて聞いてみた。
彼がいうには、そこにいるのはアッくんという武装集団に劣らない人でなしの集まりだそうで、近付いたら問答無用の攻撃を仕掛けてくるから、近くへ行かないほうがいいと忠告された。
谷口の表情を見てもうそをついてるようにはみえなかったので、難波でなにか異変が起きているかもしれない。
なぜ俺たちに手を出さなかったかを探るために、偵察してみるのも手だと思った。
1トンほどの米と小麦粉を手付け金として谷口たちに放出したら、年齢層が高めの女性30人と子供30人が、谷口たちの護送でこっちの拠点へやってきた。
今後は一年の間、2週間に1回の頻度で派遣手数料として、谷口たちへ野菜や干物など食料品を提供することで合意が得られた。これには相互の安全保証という意味合いが込められてる。
これは谷口たちの食糧事情をサポートする代わりに、こちらへ手出しさせないための対策だと、会議のときにみんなで決めたことだ。
はっきり言って、俺が谷口たちに負けることは絶対にない。ただ危なさそうだからと一方的な憶測だけで、谷口たちを殺すほど俺は狂ってはいない。
自分たちの余分な食糧を分けることで、谷口たちみたいなヒャッハーさんをこっちへ合流させないための隔離対策費として割り切ればいい。
今後、どこかから不明なヒャッハーさんたちが襲撃してきた場合、谷口たちへ擦り付けることは可能だし、みんなには伝えてないけど、外敵がいたほうが俺たちは集団としての結束する。
要するに俺にとって、現在の谷口は拠点の運営で外敵としての利用価値を持つ相手だ。
不安そうな表情をたたえる新住民たちを、高橋さんたちは食堂で用意したバイキングで出迎えた。
「ありがとう……ありがとう
――う、うう……」
「いいえ。ゆっくりと風呂に浸かってらっしゃいな」
腹いっぱい食べてから、共同浴場へ案内された新住民たちはホッとしたのか、高橋さんたちに感謝しながら泣いていた。
谷口たちのコミュニティの内情を高橋さんと良子さんが聞き出してくれた。
目立った虐待はなかったものの、お腹が空かない程度の食事と水が与えられ、アジトの掃除や屋上から周辺への監視が仕事として与えられて、なんとか今まで死なずに食い繋いできたという。
子供たちの仕事は女性たちと同じらしく、見た目がいい女の子は食事と嗜好品に釣られて、谷口たちの女になっていると女性たちが嘆いてた。
さすがに最低限の良心があるみたいで、谷口たちも小学生の子には手を出していないようだ。
働ける体になるまではゆっくりしてもらう方針で、新住民たちは建築班があらかじめに建てた共同住宅に住んでもらってる。
子供たちは小早川先生の指導で、午後から夕方まで基礎学力を向上させるために、授業に出てもらう計画を立てたそうだ。
新住民たちのことは主に滝本さんと高橋さんが担当しているので、次の日に用意した歓迎パーティーに出席した俺の役割は最初のスピーチだけだ。
「それでは私たちの総リーダーである芦田さんから、みなさまへのごあいさつです」
「えっと、ようこそ来てくれましゅた……
――お、おっほん……
ま、まあ、こんな世にょ中ですけど、頑張って生きていきましゅお――」
「ップ。老師、ダッセえー」
カミカミだった……
——しまらないリーダーなんて今さらのことだ、気にしないわ! グッスン
それとタケ、聞こえたからなお前。おぼえてろよ。
そんなわけで新住民たちが新しい生活に慣れつつ、工房で働き始めた頃に拠点の近くへドローンが飛んできた。
「どこのやつが飛ばしたんだろう」
「谷口たちですか?」
「いや、せっかく友好関係を築いたのに、そうする必要性はないでしょう」
「じゃあ、どこかのコミュニティですか?」
「うーん……見当つかないなあ」
隅櫓には砲台型ゴーレムを設置し、水堀とその上空に入ったものは迎撃対象となっている。そのために飛来してきたドローンは即時に破壊された。
ドローンは人が操作するものだし、いくらほとんどゾンビが出なくなったとはいえ、護衛くらいはついてくるものだ。コミュニティという想定は悪くないとして、どこの集団というのが思いつかない。
近くにあるコミュニティと言えば、谷口たち以外に生存していそうなのが市役所に立てこもっている人たち。接触しないようにしてきたので、あっちの内情はよくわからない。
「あたしが撃ち落としたかったですけどね――いったっ」
「弾薬は限りがあるんだ。無駄遣いすんなよ」
ミクが物騒なことを言い出したので、その凶暴な発想を止めるため、脳天に愛の教育をくらわせてやった。
「とにかく俺とセラフィは偵察に出かける。
ここはミクに任すから警戒を怠らないようにな」
「はい!」
自衛隊式の敬礼してくる元気なミクに一応の注意をしてから、偵察へ出かける準備をするために自宅へ帰った。
難波に着いた俺とセラフィは、シャッターが壊れた出入口から無人の建物を最上階まで一気に駆け上った。
「戦闘した痕跡がたくさん残されていますね」
「ああ。問題は死体も武器もここには残ってない」
階段を上って来る途中、所々に銃撃の跡が刻まれてた。
最上階のここは床の至る所に血痕が残され、散乱する薬莢と壁一面の弾痕は、ここで激しい戦闘がくり広げられてたことを物語っている。
ただし、これだけ痕跡があるにもかかわらず、どこにも死体が残されていない。
——これはどういうことか。
「血の跡から見ると、そんなに前のことではないかもしれませんね」
「そうか……
――とりあえず中を見てみよう」
指で血を触れてみたセラフィの判断に肯定も否定もしない。豪華な装飾を施されたアジトの中を、まずは確認してみたいと俺は考えた。
地下階は地下鉄と繋いているため、ここに居た人たちは地下への階段やエレベーターの扉を鋼板で封鎖した。
一階の窓は鋼板で塞ぎ、出入口はシャッターを取りつけて、フロア全体が駐車場となっている。
停まっている車のほとんどに装甲板が取りつけられ、中にはルーフに銃座が据え付けられてるバスもあった。
二階以上は工場や加工場に住居などが設置され、ここは元がホテルだったため、住むには困らなかったのだろう。
途中でいくつもの部屋では大量の血痕が残されているものの、死体はどこにもなかった。
戦闘は階段と最上階に集中したと思われる。
途中で倉庫と思われる階層は食糧や嗜好品、それに日用品と大量の水が手付かずにそのまま置かれてた。
「銃器や弾薬はものの見事になくなっているけどなあ」
「はい。拳銃すらありません」
倉庫となっている階層の一室に鉄パイプ、金属バットや日本刀が床に散らかったままだ。
ただこれだけの規模を誇った組織にしては銃器や火砲、それに弾薬がまったく見当たらない。武装装甲車に銃座があったにもかかわらずだ。
「なにがあったかは今さら調べようもない。
——セラフィ、悪いけど使える物資は回収しといてくれ」
「わかりました。今から全ての階を回ってきます」
「倉庫がある階でいいから」
セラフィは真面目だからちゃんと言っておかないと、ホテルにあるすべての物を収納してしまいそうだ。
ここにいた武装コミュニティはだれかに襲われて、武器弾薬を持っていかれた。人どころか、ゾンビすらいない無人のアジトが戦闘の後に放置された。
「燃えた跡があったよな。火炎放射器にしてはピンポイント過ぎるし、火炎びんなら範囲が狭すぎる……
生き残りが居たら話を聞けたのに」
真実を知ることはできなかったけど、この界隈に異変が起きてることは警戒しなければいけない。
拠点へ帰ったら、撮影した写真を使ってみんなに注意を払ってもらうよう、会議のときにしっかりと伝えておこう。
明日の投稿はこのアジトについての挿話です。
誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。




