58話 進化するゾンビはハーレムを作った
とあるゾンビの視点です。
おれという自分を気付いたのはいつなんだろうか。記憶がぼんやりし過ぎてまるで憶えていない。
自分がゾンビであることは、いつの間にか理解することができた。同類であるゾンビは無視していい、異種である人間は噛みついて同種にするのはおれたちの使命だ。
だれが命じたということも考えないし、考えられない。ただそうすることが自分の存在意義だ。
「ア゛ーヴーニーンゲーン、ヅーア゛ア゛ーイーヴー」
自分という意識を持ってから、おれはむやみに人間を襲わなくなった。同類たちが人間を見つけることに躍起となって動いても、おれはただそれを観察することに徹してるだけだ。
たとえばおれたちは傷ついても時間が立てば勝手に治るとか、人間はおれたちの頭部を狙ってくるとか、とにかくおれは離れた場所からみるだけだ。
自分が滅びないことが確信できるまで、おれは人間に攻撃はしない。
昔の自分は同じ人間だったためか、やつらが持つ知識はおれもおぼろけに覚えている。ただ自分がどんな人間であったのか、どのように暮らしていたのかについてはまったく記憶がない。
人間はだいぶ減ってきたが、生き残っているやつらは同類を殺せる力がある。おれは自分の生き残りにかけて、しばらくの間は人を襲わない。
人間は強い。おれたちと違って、武器を持つことができるからだ。同類たちが銃に撃たれてバタバタと倒されていく。バカな同類ばかり、やつらと同じことすればいいのに。
独りで歩き出したおれは、この界隈で色んな場所に行ってみた。
「ゼーガイ、ギーレイ」
この世界は美しく感じた。
朝日の光は眩しくて一日の始まりを感じさせてくれるし、夕日が街の向こうへ沈む瞬間は気持ちが高揚する夜闇の幕開けだ。緑が広がる山々を見ていると心が落ち着き、道端で咲く名も知らない花が可憐さを訴えてくる。
昔に食べたであろうの食べ物を口にしても味を感じることはない。
なぜかは自分でも理解できないけど、大気に漂っているなにかを鼻から吸えばおれたちゾンビは生きていられる。
多くの同類はたまにしかそれを吸わないのだけど、おれは毎日の午前中はそれを吸収することに徹した。おかげでいつでも身体中に力が漲っているのだ。
文字はゾンビになる前から持っていた知識の一つなんだろうか、人間が遺した本はすぐに読めた。おれは昼の間は本屋を通うことが大好きで、色んな本を見て、様々な知識が得られる。
たとえば頭を撃ち抜かれた同類の体を解剖してみたところ、本で見た人間の解剖図と大差がないということがわかった。
栄養摂取方法などの生物学はおれたちに当てはまらないし、身体にかなりの強度があるために人間に比べたら傷を受けにくいことや、様々な環境で活動できることとかが、自分の体を使っての試験で理解できた。
おれたちの元である人間とは作りが似てても持つ機能が全く違うらしい。
いったいおれたちゾンビってなんなんだろうか?
人間を滅ぼすための存在か?
本を読んだってそれは未だによくわからん。そもそもおれたちの始まりはなんなのか、そういうことすらおれにはわからない。
人間は空想に思いを馳せられるみたいで色んな小説がとても面白く、中でも剣と魔法が書かれているファンタジー小説はいつまでも読んでいられる。
人間を見習って、おれも魔法を撃つことを夢見て、いつか読んだ小説通りにやってみた。
魔力というものを身体に巡らせて、思い浮かんだイメージで魔法を撃ち出す。
「モエロ――ファイアー」
手のひらから飛び出したのは小さな炎ではあったが、おれは一つの本屋を燃やした。
なぜかは知らないけど、おれは魔法を撃つことができた。
しかもなにかを吸い続ければわずかながら魔法が強くなっていく。そこでおれは小説で得た知識を使って、あることを試した。
同類を喰らって力を得る。
最初に喰ったのは美しい女性で、その四肢を貪ることに集中した。味などしないし、同類の性別や容姿になんらかの興味を持つわけではないのだけど、こういうのは小説でみたテンプレというものだ。
わざわざ美しい女性を選んだのは人間でいうと遊び心、ゾンビにもゆとりを持つくらいの気持ちがあってもかまわないのだろう。
――効果てきめんだった。
大した力ではなかったものの、呼吸で得ることに比べるとより多くの魔力と名付けたものを得ることができた。それからの日々は遠くの場所へ行き、魔力の吸収と同類を喰らうことに夢中だった。
居た場所から離れたおれは、いくつもの町で同類を喰らい続けた。色んな魔法を撃てるようになれたおれは、ある日に奇妙なことを発見した。
その日は何体目かは知らないが、少し離れた場所にいる同類を食べようとした。ただ近くまでいくのも面倒のように思えたので、思わずこっちに来るように命じてみた。
「おマえ、こっチにこイ」
おれに呼ばれた同類は本当にこっちまでやってきた。
すぐにほかの同類に同じことを試したのだけど、おれはどうやらゾンビに命令することができる。この出来事がおれにとっては転換点となった。
それからの日常は変わった。
おれは同類を使って、色んなことを試した。同類に共食いさせて、おれと同じのようにゾンビは成長することが確認できた。
知識さえ教え込んだら、同類たちも人間が作った道具を使えるようになった。そこでおれは若くてきれいな女性ゾンビを集めて、ハーレムという小説の定番を作ることにした。
「なるホど、たたナいカ」
人間でいう性行為を試したが、女の同類と接触しても自分で触ってみても、性的な興奮が起きることはない。そもそもなんの反応もないので、男の同類は子を成すことができないのは確認できた。
いつかは人間の男を捕まえて、女の同類に子を成すかどうかを試してみたい。
これは自分を観察してわかったこと。魔力が増せば増すほど、元々人間だったおれたちゾンビの外見は人らしくなる。
それなら人間に対して有効的ではないかな? なんてことを考えたおれは本気でハーレムを形成させることに決めた。本での知識だけど、ハニトラというものが存在する。
いつかは人間の男性に色気のある女の同類を使って、罠を仕掛けてみたい。同類を消耗させずに楽に勝てるならそれが一番だ。
——この頃になると俺は同類を食べなくなった。
いや、食べる必要がなくなったというべきか。すでに同類を食べてもなんの変化も感じなくなったし、魔力は吸収するだけで十分だ。それなら数に限りのある同類を強くしたほうがいいと考えた。
「おまえ、こいつくえ」
「ア゛ーヴーバーいーア゛ア゛」
配下となった女性たちにゾンビを喰らわせて、おれと同じように呼吸で魔力を吸収させる。彼女たちは知力を持ち始め、言葉を話すようになった。
意思の伝達ができたことで彼女たちにも魔法を教えられたし、武器を使っての攻撃も日に日に上達していく。こいつらがおれのハーレムメンバーになるのだ。
とあるゾンビが覚醒しました。
ただし、すべてのゾンビが自ら覚醒できるというわけではなく、作中で今はこのゾンビだけに起きた極めて特殊的な変異という設定になります。やはり異世界帰りの主人公に対抗できるゾンビが現れませんと、作中のパワーバランスが取れないと考えました。
今のところ、このゾンビとハーレムメンバーは主人公の脅威となれるほどの強さはありません。いくら能力があってもそれに似合うだけの経験がなければ、本当に強いとは考えられないと想定してみました。
先日に後書きで予告した通り、明日の後書きにゾンビの設定について記載させていただきます。
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