57話 交易の対価は人材の派遣だった
「ようこそ来てくれました。ずっとお待ちしてましたよ」
繫華街だった場所に建てられた目を引かない公共建築物、ここが谷口たちが占領するアジトだ。
「お土産と言ってはなんだけど、トラックの上に積んであるものはすべてさしあげましょう」
ここへ来る直前に周りから監視されにくい場所で用意した軽トラを収納から取り出して、近寄るゾンビを排除しつつ、ここまで運転してきた。
荷台にはお米と小麦粉の袋、それに拠点で作った干物と採ってきた野菜と果物が積まれてる。これならどこに出しても喜ばれると俺は確信できる。
「ヒュー、豪勢な手土産を感謝します。野菜なんか最高ですね。
ここら辺も取れる食べ物が減ってきましてね、ちょうど困っていたところなんですよ」
「気に入ってもらえてよかったです」
今では貴重な品々を目の前にして、谷口がとても嬉しそうな表情をみせた。
俺のことを甘くてチョロいやつだと思ってもいいし、拠点に大量な物資があると思われてもいいし、なんでこれだけの食べ物をくれるのかと警戒されても一向にかまわない。
このままではこいつらは近隣に潜んでる不明な集団でしかない。これらの物資をただでもらえるのだから、俺はやつがなんらかのアクションを起こすことを期待してる。
「船を襲わないという約束、ちゃんと守ってくれてありがとうございます」
「いいえ、人がどんどん減っていってお互いに争っている場合じゃありませんから。
――と言ってもあれから芦田さんところの船は通らなくなったんじゃないですか」
「ははは。
――コーヒー、ありがとう」
案内された部屋は応接室のようで、中学生くらいの子供が慣れない手付きでトレイに乗せてるコーヒーを机に置き、俺のお礼の言葉に軽く頭を下げてから部屋を出た。
「そうそう。芦田さんたちを見習って、私たちも漁に出るようにしたんですよ。
たまにそちらの船団を見かけることがあるんですけど、近付かないように仲間に言付けてありますから、心配しないでくださいよ」
「そうですか、配慮してくれてありがとう」
桝原さんが前に不明の船団を発見したことを滝本さんに報告した。
互いに距離があることだし、襲ってくるようなこともなかったので最初は警戒していたものの、その後は違うコミュニティの船団という扱いで、桝原さんたちは自分たちの仕事に専念するようになった。
——なるほど、あれらの船は谷口たちが出した漁船だったのか。
「それでですね、今日はせっかく来てくれたことですし、前にお話させてもらいました交易については話を進めてもいいんですか?」
「そうですね、仲間たちとは話し合いました。
対等な交易なら問題ありません」
「対等ですか……
――申し訳ないですけど、野菜や米をポンと出せるあなたたちに見合う物は出せそうにないんですよ。
そこでだ、別に人を奴隷にする考えはまったくないんですけど、やはり思いつくのは労働力の提供なんですよねえ」
「そうですか」
「まあ、形的にはこちらから労働者を派遣ということにします。
ただ期限を定めるつもりがないんで、実質的にはそちらへ人が行くこととなります。
それでよろしければ、すぐにでも適切な人を選んでおきますよ」
なるほど、今の言い方からすると、物々交換するについての不利を谷口は承知しているみたいだ。
前回、谷口たちが戻ってから拠点運営の幹部たちと各班のリーダー、それに住民たちの代表を交えての会議で討論を重ねた。
結果、こちらに害を及ぼさない限り、交易する自体については問題ないと全員が前向きの姿勢で決議された。
ただ交換する物についてはみんなが頭を悩ませた。
拠点で必要とする多くの物資は俺が持って帰ってくるので、ここ一帯で取れる日用品や食糧は拠点にとって、交易する価値を見出せない。
そこで俺が住民を増やしてはどうかとみんなに提案した。
拠点にとって、今一番の問題は運営する規模の割には人口が少ないから、労働に回せる人が限られているということだった。
これまで開いてきた運営会議で、奈良県などで防衛工事を強化した市役所から人を受け入れるとか、近場で生存者を探してみるとか、大阪城拠点の人口を増加させる方法について、幾度なく意見を出し合ってきた。
気を付けるべき点はせっかく形になってきた拠点の秩序を、新しくきた人たちによってかき乱されたくないということだ。
いつもこのことがみんなから懸念されるものだから、新たな住民を受け入れについては先送りするという結論で会議が終わってしまう。
だが谷口のコミュニティから人を受け入れるなら、話が変わってくる。
こちらが提供する物資に応じての人数だから、受け入れる人数の調整がしやすい。
それに労働力が欲しいといっても、最初は工房で働く軽作業員を検討しているので、技能がなくとも女性や子供を受け入れたいと全員が望んでる。
高橋さんが言うにはそのほうが住民にとって、新住民の境地に同情することで受け入れに対する警戒心が下がるということらしい。
それに俺にとっての一番の利点は、谷口がリーダーを務めるコミュニティの実態が明白になることだ。
たとえこちらへ工作員を潜り込ませようと考えても、餌をちらつかせて陥落させてしまえば問題はない。こんな時代だ、美味な食事だって十分に魅力的な誘因となるはずだし、そもそも身一つで来てもらうわけだから、谷口たちと連絡する方法がない。
人質作戦で谷口たちの言いなりになるしかないという場合がある。もしそうなったら、谷口のグループを壊滅させる理由ができる。隠形のローブな俺を谷口たちは防げない。
要するにこっちの味方になったらうまみが多いと思わせることが大事だと俺は考える。
ここへ来る前にすでに滝本さんや高橋さんたちと十分に話し合った。みんなは谷口たちの素性を心配するものの、新しい住民を受け入れることには賛成してくれた。そのために谷口からの条件提示を俺は応諾するつもりだ。
「わかりました。労働者の無期限派遣という条件で交易させてもらいましょう」
「いやあ、芦田さんの決断に感謝します。
——食糧はもらえますし、働きが悪い人は減らせますし、正直なところ、この交易は私たちにとって有利な条件ばかりなんですよね」
破顔する谷口が言いたいことはわかる。
人を抱えるだけで食べ物は減少する。ボランティアなんてのはゆとりのある社会だからこそできたことで、今では地方公共団体以外に理由なく人助けするだけ馬鹿を見る。
「……そうですね、否定はしませんよ」
「あははは。芦田さんはやっぱ話がわかる人だ。
それで派遣する人員はどうします? こちらで選んでおきましょうか?」
「いや、女性と未成年者を中心にお願いしたい」
「女性の年齢層はどうしましょうか。
言いにくい話なんですけどね、私たちのところでは若くて見た目がいい女性は十分に戦力になれるから、ちょっと芦田さんところへは出したくないんですよねえ」
——戦力ね……
対価を支払った上で女性側が納得さえしていれば、谷口たちがなにをしようとこっちからは口出しする権利と義務がない。
「それはいい。お年寄りじゃなくて、健康で中年までなら容姿は問いません」
「ほう、中年までねえ……
――わかりました、三日後に来てもらえれば派遣する人員は用意しときます。
心配しないでくださいよ。私たちのところに高齢者はまったくいません」
「……了解です。それならこちら側が提供する物資の話に入りましょう」
谷口の口ぶりからはこのアジトに高齢者がいないことを明言した。
ただそれについては特に思うところはない。
こっちの拠点にお年寄りはいるが、だれもが素晴らしい技能を持った人たちで住民の間でも人望が厚い。
技能を持たない高齢者なら、前に俺たちも各地の市役所へ預けてきた。
将来の見込みがある子供と違い、生産力を持たないお年寄りたちは国の法制度による保護を受けたほうが、彼と彼女たちのためだ。
ある意味において人を物で交換するようなエピソードでした。
本人たちは極めてドライな視線で交渉してますし、無制限でだれでも助けるという発想はそこにありません。もっとも本人たちからすればそういう救済行為というのは行政側がやってしかるべきことなので、今回のことはあくまで労働者の派遣と受け入れで割り切ってます。
ちなみに主人公は警戒してますが、谷口はすぐにバレそうな策を用いても関係を悪化させるだけで利益にはならないと考えているため、アジトから出す人は食い扶持を減らすつもりで交渉に臨みました。
お詫び:
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『02話の後書きで人間と犬科の動物にしか感染しませんと記載しており、作中では犬やタヌキなどの犬科がゾンビ化してます』
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