56話 公園は野生動物の餌場だった
製油所がある人工島と接続した橋はすべて爆破処理で落して、陸地に面した側には高さ3.5メートルの鋼板防壁を設置した。
ゾンビを排除してから、島へは自衛隊が小隊を派遣することとなった。
島内は非常時以外は火器厳禁ということで、俺が製作した鎧を着込み、弓や槍を装備した自衛隊員たちはまるで異世界にいる冒険者のようだった。
中継点となった人工島のほうは、沖合漁業するために漁船が停泊している。
元々島内にあった太陽光発電を利用し、隣の島から取ってきたパネルを増設させて、多くの海産物を保存するために設けたのが冷凍倉庫。
漁業班はもちろんのこと、和歌山からきた漁船もここに多くの設備を置くようになり、漁港としての機能を拡大させた。
マグロやカジキなどの料理が食堂の人気メニューとなり、特に限定販売されている大トロ丼は拠点の幹部であっても、口にするのは抽選で運に任せるしかない。
人工島で俺が大トロ丼を食べてることは、今後も穏やかに生きていくために、絶対に漏らしてはならない最重要の機密事項だ。
和歌山市に販売する加工食品や俺が収穫してきた農産物も人工島で交易が行われ、トイレットペーパーや各種の洗浄剤などの日用品も人気の商品。
納入価格は災害前の値段で市の担当者と協議が済んでいるため、納品した商品に納品書を添えれば作業が終了する。
拠点と中継点で業務を担当してくれてるのは高橋さんの総務チームで、その日の都合に合わせて、俺かセラフィで当日の運搬士を務める。
商品そのものは各地で収集してきたものばかりだから元値はただ。こんな儲かる商売はゾンビの世界でなければできない。
拠点で行われた報告会議のときにうへへって卑しく笑ってたら、高橋さんからきつく睨まれた。
今のところ、支払われる商品代は記帳されているため、報酬の内容が決まったらそのときにもらえることで契約されてる。先にもらえる報酬として、漁船で使われる燃料の供給が決定された。
これで桝原さんたちは俺から重油をもらわなくても、隣の人工島へ行けばいつでも給油が受けられる。
大阪城内は牧歌的な日々が続いてる。
「中谷さーん。今年は新米が食べられますね」
「芦田か。
おお、期待しとけ。とびっきりうまいご飯を食わせてやる」
水田では稲はすくすくと育ち、秋の収穫が待ち遠しく思える。
畑で植えてある季節の野菜を含めて、拠点での農作物はみんなに供給するのは無理だということを住民たちも理解を示してる。
それでもここで食べ物を生産していることが全員の生きるモチベーションに繋がってると、滝本さんが会議のときに中谷さんへ感謝の気持ちを伝えた。
それはそうとここへたどり着くまでの間、あっちこっちの畑から採った野生化の野菜や果物を収納してあるから、生鮮食品の供給はまだ大丈夫だ。
「あっ、待て待てえ」
「足元に気を付けるんだぞ」
畜舎では子豚や子牛が元気に走り回り、子供たちが毎日のように遊びに来てる。そんな子供たちを川瀬さんはとても優しそうな眼差しを向ける。
こうして身近で家畜と接することは子供にとっても教育になると、課外授業を引率した小早川先生が、鶏の雛と戯れる子供たちへ温かい眼差しで見守ってた。
建築班は城内での仕事がほぼ完了したので、有川市長の要請を受けて、半分以上の班員が多忙極まりない和歌山の現場へ出稼ぎに行ってる。
小林さんとの協議により、建築班がもらう報酬は漁業班が使う重油で支給され、それを城内の賃金水準で換算した給与が班員たちに支払われる。
ゾンビによる襲撃がほとんど途切れた。たまに拠点へフラフラと現れるゾンビはミクたち自警団、通称七手組がすぐに退治した。
多くの住民は災害が無くなった証だと喜んでるけど、もしゾンビが異世界のグールに似ているのなら、いつかはひと悶着が起きそうな気がする。
ただそういうことは言わぬが花だ。俺自身はもう一度地下鉄へ潜り込んで、ゾンビの現状を偵察してこようかなと思案してる。
提供された勢力図の情報で、警戒してた難波の武装集団からはなんの反応も見られない。
桝原さんたちに聞いてもなんらかの接触があったわけでもなく、川を通るときは至って平穏だと返事してくれた。
「滝本さん。拠点のことはお願いしますね」
「わかった。
こういう言い方は変かもしれないけどな、みんなはヒカルくんのことが心配だから、無理はするなよ?」
「ありがとうございます」
気をかけてくれることは嬉しいことだ。やはり言葉にしてくれると、こっちもやりがいを感じる。
最初は偽の情報を掴まされたと考えたが、北大阪市ならともかく、谷口の勢力圏外である難波のことで、うそをつく必要性がまったく思いつかない。
あいつがなにを考えているかは知らない。それならこちらから出向いて、企んでることを確かめてみるのもいいかもしれない。
そんなわけで俺は谷口のアジトへ出向かう予定を立てた。
「グレース。経験を積ませるということで、今日もセラフィを連れていくからな。
ここの守りは任せたよ」
「いいよお、いってらあ――ちょっとちょっと、どこ行ってんのよバカタケ、モンスターがこっちに来てんの」
「老師! 僕も護衛で行きた――着きましたぞ、グレース殿。んで、いきなりすいませんが回復薬お願いします。
――老師! 申しわけ――今だ! こっちに誘い込んだから罠を置いてくだされ、グレース殿! ――ろう――」
「お前ら! ゲームをするか、俺と話すか、どっちかにしろ!」
この前に北大阪へ遠征するときにグレースではなく、セラフィを同行させた。自生する野菜や各種の物資回収にゾンビの討伐、有能なセラフィは教えたことをすべてそつなく上手にこなした。
師匠から頂いたホムンクルスの高性能に喜んでいた俺は、帰宅後に二人の廃人と再会してしまった。お風呂にも入らず、据置型ゲームで対戦の日々に明け暮れていたらしい。
昔の自分を見ているようで、怒るに怒れない自分にため息をつくほかなかった。
「大丈夫とは思うけど、留守を頼む」
「はい。任せてください、師匠」
「行ってらしゃい、ヒカルくん」
「あ、滝本さん。行ってきます」
小隊長さんから教わった迫撃砲や重機関銃の扱い方はミクに教えたし、一時的に指揮できるように作ったゴーレム操作用魔道具も彼女に預けた。
いつもフラッと城外へお出かけする俺に、みんなは見送るのではなく、お買い物へ行くような気楽さであいさつしてくるようになった。
緊張感がないというか、はたまた気が緩んできたというか、子供たちの笑い声が聞こえてくるここは、ゾンビの災害を忘れさせるような雰囲気が存在する。
俺としては危険極まりない世界で、心の休まるオアシスが築けたことにちょっと嬉しく思った。
大手門から出た俺とセラフィは、あえてゴーレム車を使わずに歩行を選び、北にある谷口たちのアジトへ行く道を進む。
「ひかる様、ゾンビはほとんどいません」
「うん、本当だな」
昔のように人の声は聞こえなく、車や街の喧噪した音もない。
小鳥がさえずり、風が吹く自然の音が大地に流れている。
人間が築いた繁栄を示すコングリートのジャングルも、たまに通っていく猫や猿たちに占領されてる。
「前方に鹿が見えてます。
——狩りますか?」
身を構えるセラフィの視線の先、公園と思われる場所にいたのはこっちの様子を窺う親鹿と、生えてる草を夢中に食べてる小鹿だ。
「いや、いい。放っておこう」
いつの間にか山中で生息しているはずの鹿が一年前までは人間の絶対領域まで進出してきた。
――いや、人間に生きていた場所を奪われたから、山中に追いやられたというべきか。
しかもゾンビは消費活動をしないので、地球にはとても優しい生物と言えるかもしれない。
アンデッドは生き物かどうかが争点になるだろうけど、少なくともやつらにとって自然を破壊する必要がまったくないのだ。
「そんなことはどうでもいい、か……」
自然は大切だエコロジーという意見を、異世界の友人だった人間の熟練冒険者に伝えたら、自然のことを考えたら飯をただで食えるのかと思いっきり笑われた。
隣にいた同じく冒険者のエルフが憤慨して、森があるからご飯が取れると反論したが、そんなことはどうでもいいと熟練冒険者に切り返された。
――飯が食えなければ死ぬだけだ。死ぬのが嫌だからなんでもする――
明快な理屈を持った友人は、補給線が断たれた絶望的な戦いの中で息絶えた。やつは最期に腹いっぱい食べたかったと願っていた。
今ならはっきりといえる。
――俺は精いっぱい生きてみせる。
都会だった場所に鹿が現れ、山へ行かなくても狩りができることを俺は知った。
今は食糧が足りてるため、目の前にいる鹿の親子を狩る必要性がまったくない。警戒する親鹿に見つめられたまま、俺とセラフィはこの場から立ち去る。
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