54話 人の話を聞くのは大切なことだった
今でも各地の生き残った自治体は、沖縄にある臨時政府と連絡し合っていると小林さんは教えてくれた。どうやら多くの首長たちが那覇市に一時避難しているようだ。
ただ、連絡のほとんどが不足物資の援助と人員救助の要請に占められており、政府としてもほとほと困っていたらしい。
「ここと同じようにな、沖縄のほうでも登録されてない小型漁船の処分に困ってるんだよ」
「処分、ですか……」
民間人に漏らしてはいけない情報だけど、小林さんはそれとなく沖縄のほうでも難民の小舟が自衛隊の敷く防衛網をくぐり抜けてると、上手な言いまわしで匂わせてもらえた。
言えないことを遠回しに伝えてくる老練なお人だなと、話の内容を悟った俺は苦笑するしかない。
その中でここの自治体だけはそういう喫緊の要請を出すことがなく、なおかつ自力で災害の拡大を防いだことが、日常の定時報告で知られてしまったようだ。
そこで政府のほうから、小林さんと有川さんに情報の開示を求められた。
俺の存在を隠しては到底説明できなかったことだし、自衛隊の前川中隊長と警察の二階堂本部長も直属のお偉いさんたちから説明を追求され、そこで俺のことがバレたみたいだ。
国は俺を拉致しろと航空自衛隊と陸上自衛隊に命令を下そうとしたらしい。
だけど俺のことを知るここの上層部がそうした場合、だれも幸せにならないと懸命に取りやめさせるように説得を続けてくれた。
政府としては有能な戦力を保持したい思いがあったらしいけど、小林さんはその場合に俺が国外脱出してしまうかもしれないと警告を発したので、命令は取り消しになったと有川さんが打ち明けてくれた。
もっとも国としても民間人である俺に強要する大義を持たないので、小林さんと有川さんへ、俺に対してなんらかの対策を打つように求めたことが今回のお話に繋がったというわけだ。
——要するに使えそうなやつなら囲んでしまえってところか。
大局から見る視野は違うらしい。
異世界にいたときも、爵位を持つやつらや各地の領主とよく衝突したものだ。騎士団長は丸くなれ、大義を取れっていつも言ってきたけど、どうにも最後まで馴染めなかった。
だから俺は、世界を救うために小さな犠牲があってもそれは仕方がないんだ! なんてことを平気で抜かしやがる勇者の野郎どもが大っ嫌いだった。
要所を抑える城塞を救うために平和だった小さな村を見捨てろ!
退却する討伐軍のために女子供を含む難民の群れを置き去りにしろ!
追撃を遅らせるためにエルフや獣人が住む原生林を焼き払え!
人間こそ世界を救う唯一の光だ!
――マジでクソくらえってんだ。
そういうことだから、ゾンビの世界で移動できる超大容量積載可能輸送者と戦術級歩行兵器が国の政治を担う人たちから目を付けられるのは、大阪城で拠点を作りたいと考えた時点から覚悟してた。
だが覚悟は覚悟でしかない。
覚悟したからって、やらなければいけない道理なんてどこにもない。
ただ俺のことを配慮してくれた人には気を遣いたい。だから小林さんと有川さんから提示された共同事業を、条件付きで引き受けるつもりだ。
「こちらが出荷できるものについては、拠点が消費した上で余剰の分しか渡せません。
……牛乳と玉子については渡せる量を検討してから返事します」
「……」
くれくれ視線がひしひしと伝わってくる有川さんが怖すぎたので、畜産品は妥協することにした。
「自治権とかいうご大層なものじゃなくて、少なくてもこちらの運営に口を挟まないでください」
「強姦や傷害などの犯罪行為は許しませんよ」
「当たり前のことを言わないでください!」
——有川さんは人のことをなんだと思ってるのかな。
法律に反することは特殊の状況がない限り、一応は違法行為しないつもりだ。
規律ってのは一から作るのが難しいこと。俺が自律するためにも、拠点の住民に他律させるためにも、現行法をそのまま使用したほうがなにかと便利だ。
「お互いの安全を期するために、中継点となる人工島で取引してはいかがでしょうか」
「ふむ、なるほどね……
わかった、芦田君がその中継点となる場所を整備してくれるなら、こちらも特に問題はない」
少しだけ考えた小林さんが、中継点の設置に同意を示してくれた。
この中継点にはもう一つの目的がある。
避難している市民の中で製油所で働いてた人がいるらしく、大阪湾に一大製油所があるということで、自衛隊の前川中隊長が奪還作戦を検討していると、迫撃砲の撃ち方を教えてくれたときに小隊長の小谷さんから聞かされた。
和歌山にも製油所は存在する。
ただそこは陸続きであるため、自衛隊を交えての防衛対策会議で検討した結果、周囲を海に囲まれてる人工島の製油所を使用したほうが、防衛に当たらせる人員を減少させられると結論付けられた。
各地に貯蔵されてる原油は、できるだけ早い時期に貯蔵可能な対策を施しておくべきだと、市の担当者から意見が出されたそうだ。
——貯蔵可能な対策ねえ……って、俺じゃん!
そういう軍事機密をそれとなく伝えてきたのは、俺が作戦に参加することを期待して、小谷さんを通しての漏洩だったが、石油なんていらないと考えてた俺にも落とし穴があった。
——漁船を使うには燃料が必要じゃんか。
そうだった。今まで枡原さんたちの求めに応じて供給した燃料が少なくなってきた。
「わかりました、それはこちらに任せてください。
ただ、人工島の安全のために橋を落としたほうがいいと思いますので」
「うむ、会議でもそういう議題はあがった。
——そこでだ、芦田君がそう判断したのなら、そうしてくれたまえ。
どのみちこのまま放っておいても使われない施設だからな。そこの事情は政府に伝えておこう」
「前に中隊長さんから製油所の奪還についての打診がありましたが、それは並行してやってもいいですか?」
「大いにやってくれたまえ。
それが成し遂げたとき、こちらもなにかと政府のほうに言いやすくなる。
ただし、管轄するは我々のほうということにしてもらえるかね」
「もちろんですよ。
製油所をもらっても管理なんてできません」
小林さんはすっごく喜んでいるし、有川さんも今以上にガソリンが使えるかもしれないということで目を輝かせている。
取り引きの代償を悩んでいたけど、案外早く答えを見つけられた。製油所が稼働したのなら、こちらはガソリンを分けてもらうことで滝本さんたちに報告できそうだ。
「ところで芦田くん。帰る前に子供たちにあいさつして来たらどう?
会いたがってたわよ」
「はい、そうさせてもらいます。
教えてくれてありがとうございます」
連れてきた子供たちは新しい環境になじもうと、市民団体の保護を自分から受け入れてる。
——帰る前に預けた市民団体へお菓子やジュースを寄付させてもらおうかな。
どこぞの未来型ロボットではないですが、異世界帰りの主人公はなにかと現代のエネルギー源を必要としない便利な魔道具を所有しています。
ただ、主人公は異世界で酷使されてきた経験で、等価値の報酬が提示される場合を除き、それらを使いたがらないと設定してます。
ゾンビの世界になったとはいえ、文明の産物が多く残されてる社会で主人公のみ所有する物よりも、人々が使い慣れた道具を使用したほうがいいと、都合が悪くなったらいつでも逃走する予定の主人公はそのように考えています。作中ではそういうつもりで描写してみました。
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