53話 お偉いさんは信用すべきじゃなかった
大阪城の拠点は特に何ごともなく、みんなの日常は平穏そのものだと滝本さんが無線で連絡してくれてる。
一度だけ谷口たちが衣類などの日用品を携えて、交易についての話を進めたいと訪れたようだ。
セラフィとゴーレムの護衛で対応した滝本さんは、俺が近場へお出かけ中と断った上で交易についてはまだ検討中と返事した。手土産の返礼に野菜を渡された谷口たちはお礼の言葉を述べてから立ち去ったと滝本さんは事情の経緯を教えてくれた。
俺が滝本さんと定期連絡する場面を見た有川さんは、前川さんに自衛隊が使用する無線機を俺に渡すようにと、半ば無理やり連絡手段を押し付けられた。
自衛隊の各種車両についての受取りは、前川さんがかなり迷いをみせた。
「本当はすぐに受け取るべきだけど、今は整備士が足りないし、ガソリンがな……」
維持管理できる人員が少ないこともさりながら、早い話、和歌山市では余分に使えるガソリンがない。
ガソリンについて、築港の東に油槽があったので、どうにか使えないかと小林知事が復興事業の会議で、市職員や専門職の市民を交えての話し合いが行われてるらしい。
なじみの小谷小隊長さんから話を聞いた俺は、そこまで興味を持てなかった。いくら貯蔵されているとは言え、使ってしまえばそれまでだし、海外から輸入されない今、石油なんて先のない資源だ。
「どうだ? 芦田君が持つ大型ゴーレム車と交換しないか」
「あのう、ここにある装甲車って、自衛隊の資産ですよね?」
「うむ。まあ、そうだが。
そこはゾンビとの交戦で廃棄せざるを得なかったということにする」
「なんでやねん」
車両を預けることで俺と定期的な連絡を取るという思惑があったようだけど、最終的に前川さんは俺が持ってきた自衛隊の車両を受け取った。
「ガソリンと整備士の件については市と相談してみるつもりだ。
こちらの体制が整うまでの間、使わない車両をそのまま預かってくれないか?」
「いいですよ」
中隊の規模に対して車両の数が多いため、メンテナンスなど整備が行き届かないことを考慮して、現時点では一部の車両は引き続き保管してほしいと申し出があった。
もし和歌山市でガソリンの供給が可能になったら、その時に返却すればいいことだ。俺としても自衛隊の車両を対ヒャッハー戦のときにブラフで使えると考えたので、前川さんの申し出は承諾した。
大阪市と違って、和歌山市は災害のときに行政が機能してたから、生存者による市内各所に対する物資の略奪はそこまでひどくなかった。
工事の合間に俺とグレースは、市内のガソリンスタンドで地下貯蔵庫から回収してきた分の7割を行政側に分けることで、市の担当者との協議が済んでる。
お米や小麦粉を中心に食糧などの物資は、自分たちに影響しない分を供給した。市民たちから一番喜ばれたのは収穫してきた野生化した野菜や果物、それと拠点で作った魚の干物だった。
イノシシなどの獣肉も人気が高く、川瀬さんたちが生産した牛乳と玉子は幼児を対象に率先的に支給された。
「納品書の控えのほうは大事に持っておいてくださいね」
「ありがとうございます」
食料品や日用品など、有川さんの要請に応じて供給した物品は市の担当者がちゃんと記録してくれた。ゾンビがいる世界で今の貨幣が価値を持たない以上、市側は俺に支払うべき報酬についての協議が行われた。
協議した結果、金銭にしろ物品にしろ、報酬の内容については俺が納得できるとした上、市の運営が落ちついた時期に改めてプリントアウトした納品書の控えを提出することで、等価交換で報酬に相当するものが支払われると双方が契約を交わすことに合意している。
契約書が交わされた後に、俺からみたら小林さんと有川さんはくれくれ団の親玉のような気がする。
もっともそれらの品は、人たちが災害で荒んだ心に希望をもたらしたのは否めない。首長たちは市民の食糧事情を改善したいがために、俺との契約を急いだ。
ご飯の供給が安定するにつれ、多くの市民は内輪もめよりも保護地域の完成を待ちのぞむようになった。市役所へ足を運んだ市民たちがなにか仕事はないかと窓口へ問合せしたと、有川さんがものすごい良い笑顔で話してくれた。
「芦田あっ! こっちは終わったからやってくれていいぞ」
「はいよ。任せてください」
「頼むぜ。寝不足でめちゃ眠たい」
「ちゃんと休んでくださいよ」
市から工事を請け負った建設会社が昼夜に渡る突貫工事で急いでくれたおかげ、道路沿いの鋼板防壁は着々と設置していった。
「じゃあ、わたしの番ね」
「ああ、お願いな。今度は川のほうだ」
「契約はちゃんと履行してちょうだいよ」
「落ち着いたらな。今は体力がない」
グレースが隊長を務める警察と自衛隊の混合部隊は、防壁で囲まれた地域内に潜んでたゾンビを地区ごとにしらみつぶしで一体も残さずに殲滅していく。
彼女が頑張ってくれてる間、俺はゴーレムと一緒に鋼板を錬金しては川辺に防壁を建てた。
3週間もの間にここで防壁工事で頑張った。
安全となった保護地域内では行政が定めた建物以外、グレースとストーンゴーレムの助力を交えて、復興事業には不要と指定した建物が建設会社の重機で急ピッチの解体工事が進められた。
ある程度のガソリンが確保できたことで、気まぐれに持ってきた重機がここで大活躍をみせた。
廃材は種類ごと分けられて、コンクリートの塊はリサイクル砕石として使われる予定だし、鉄筋は俺が錬金でインゴットに再生させた。解体された家の木は用途が多いので、指定された置き場に積まれていく。
「ねえ、もう帰らない?
契約の履行は延期にしてあげてもいいけど、家でのんびりしたい」
「気持ちはめっちゃわかるけどな」
パワーショベルが建物を壊して行き、その光景を眺める俺の隣でグレースが機嫌悪そうに話しかけてきた。
気がつけば馬車馬のように働かされてる。グレースじゃないけど、拠点に帰ってゆっくりしたい。
収納する肥料は災害前に農家を営んだ市民グループに渡して、彼らは行政側が定めた農地の区画で土作りを始めた。
最重要事業の一つとして、築港は鋼板防壁付きの漁港に再整備され、得られた海産物は市民の間に行き渡り、和歌山市の食糧事情は改善されるようになった。
そろそろ大阪城へ戻ろうと考えた俺に、知事の小林さんと市長の有川さんから連名で共同事業が提示された。
大阪城の拠点と和歌山市を繋ぐ物資運搬の船便に協力してほしいと提示された。
——あーあ、やっぱり交易ができることに気付いたか。
「そうは言っても俺たちの拠点が生産した物だけでは、ここにいる人数の需要を満たせるとは到底思えませんが」
「利点がないと芦田君は言いたいのだね」
極めて穏やかな口調で、小林知事は俺が考えていることをズバッと言い当てた。
——うん、そういうことです。お金はいりませんよ?
「確かに同情心で話し合える課題ではないものね」
「すみません。
こんな世の中ですから、生き抜くことが第一義でして……」
有川市長も同意をみせてくれたので、ある程度は本音で話すことができると俺は思った。
「ではこういうのはいかがだろう。
芦田君の身分について、和歌山市が保証するというのはどうだろう」
「はい?」
前置きもなしに小林さんが理解できないことを言い出した。
机に置かれているお茶をすすり、用心深くおじさんの表情と両目を注視する。
「実はですね、政府から芦田君個人に国土の復興事業に手伝ってもらえないだろうかという話が出ているのだよ」
「……」
警戒する気持ちから、敵視する視線に切り替える。
——このおじさんとおばさんは俺のことを国に売りやがったんだな? やはり世界が変わっても政治を司る人たちは信用できないってことか。
「芦田くん、嫌なお気持ちになるのはわからないでもないわ。それでもわたしたちは国と国民に果たすべき役割と義務を負ってるのよ」
「それはあんたらの都合でしょう?
一介の民間人になにを求める?
俺にやらせる根拠はどこにある?
俺はここの住民じゃないんだぜ」
確かにここは出会った人が多く、親切にしてくれたし、生き延びられるように、これまではお手伝いもさせてもらった。
だけどこうなってしまえば、知事と市長に敬意を払ってやる義務もなければ義理もない。
「……はあ、こういう風にこじれるんじゃないかなと思ったから、芦田君に話すのが嫌だったんだよ」
「そうね。でもこういう芦田くんだからこそ、彼は生き延びてきたと思います。
ただのお人よしなら、いくら魔法とかいう力を持てても、だれかに利用されるだけですわ」
「そうだな、有川市長の言う通りだ。
受けた恩を報いるためにもここが頑張りどころだな」
「はい、そう思います。
まずは正直に芦田くんに事情を説明して、彼ならこちらの不利にならないような判断をしてくれるとわたしは思うのです」
小林さんと有川さんが俺に関わることを、目の前に二人だけで話し始めた。
——話がまったく読めないので、これはちゃんと内容を確かめたほうがいいかも。
支援で出した小麦粉をこっちの地元で有名なケーキ屋さんが、とても美味しいクッキーを作ったようだ。
コーヒーと一緒に出されたクッキーを口にしながら、グレースたちの分も後でねだろうと俺はぼんやりと考えていた。
油断できない谷口は様子見を兼ねての偵察行為ですね。
主人公は異世界で自分の都合によって平気で約束を違うお偉いさんについての嫌な経歴があるため、為政者にはかなりのアレルギーを持っています。そのためにそれらしきことが起これば、すぐに拒絶反応を示してしまうと想定しています。
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