52話 拠点は強化するものだった
和歌山城がゾンビの大軍に囲まれている。
「汝らに命ず。突入して攻撃しろ」
岡口門の門前で、俺の命令を受けた300体のメイス持ちストーンゴーレムがゾンビの群れに突入した。
包丁や角材などを手にするゾンビたちが反撃を試みるも、石でできたゴーレムにダメージを与えられるはずもない。
武器が通用しないと感じたのか、ゾンビたちはゴーレムを抑え込む作戦に切り替えたが、ウッドゴーレムよりも重さがあるストーンゴーレムは簡単に押し倒されない。
「ひかるか!」
「はい」
城門の櫓から俺を呼ぶ声がしたので、すぐに返事した。
「俺は小谷だ! 助けに来てくれたのか」
「まずはここにいるゾンビを倒しますので、お話は後にします」
ここがゾンビの集団に襲撃されるなんて思わなかったし、そもそも頼まれた弾薬を持ってきただけだから、助けに来たというわけではない。
ただ顔見知りの人たちの危機を放っておくのは寝覚めが悪いので、とりあえず今は目の前のゾンビは撃退する。それに拠点の防衛対策のためにも、今までのここで起きたことを聞いておきたい。
道中で襲ってきたゾンビのように、ここのゾンビたちも敵わないと考えたのか、多くの死体を残したまま撤退した。
城や県庁の周りに倒されたゾンビが腐敗して、異臭が辺りを漂っていたため、グレースに死体の回収と人工島での火葬をお願いした。
俺は駐屯地から取ってきた多くの武器弾薬と各種の物資を、中隊長の前川さんに引き渡した。自衛隊員たちは補充ができたことにすごく喜んでいたけど、私用にネコババした分は前川さんに内緒だ。
連れてきた子供たちは市民団体が引き受けてくれて、俺は知事や市長たちと和歌山城の天守閣で会談を行った。
今まで人を見つけ次第に襲ってきたゾンビはなぜか集団を組むようになり、その数も日に日に増えていくと、疲れ顔の小林知事が教えてくれた。
そのために避難民を収容した一部のマンションや学校を放棄せざるを得ず、食糧を含む物資が少なくなっていくにつれ、市民の間では前に合流した外国人に対する批判が高まっているという。
自衛隊と警察は拠点防衛のためにすべての人員を割り当ててる。今ではゾンビがうろつく市内への捜索はもちろんのこと、小豆島での農作業と築港での漁獲も含めて、物資の収集と食糧の生産がストップしたままだ。
「もしそちらで余分の食料品があったら、無理のない程度で寄付してくれるかしら?」
「……検討してみます」
「芦田君にも都合があるだろうがどうかね、ここで別荘を構えてみないかね」
「すみません、拠点のほうでみんなが待ってますから……」
小林知事と有川市長からの物資支援と滞在の要請に、俺は少しためらった。
ゾンビの変化に伴い、ここの拠点は生産ができない以上、今後のことを考えると、そう遠くないうちに市政の運営が破綻してしまうのだろう。
たぶんそのことをここの上層部はハッキリと認識している。そうでなかったら話の合間に、俺に滞在してほしいような言い方をしてこない。
だがそれについては断らせてもらった。
大阪城で自前の拠点を持っているというのもあるし、なによりここに来てしまえば俺は異世界と同じように、ただの戦力としか扱えてもらえない。それは俺として受け入れられないことだ。
だから俺は逆に提案させてもらった。
「――新たに壁を作る?」
「ええ。高さのある鋼板を俺が立てていきますので、壁の内側で生存と生産の空間を確保して、人間とゾンビが住み分けるようにするんです。
念のために、俺が去ってからでも防壁の内側にコンクリート防壁を作ってはいかがでしょうか」
「ふーむ……」
お二方は俺からの提案を考え込んでしまってる。
ここに留まることがしたくない以上、なにか代案は出すべきじゃないかなと、自分が納得するためにも密かに思案していた。
水堀を新たに作ってしまうという手もあったが、ゾンビが進化するするのなら、いつかは渡ることができる。
本当なら大阪城みたいに水堀と城壁があればいいんだけど、それをやろうと思ったら一大土木工事になるので、ここに居ようと思わない俺が簡単に言い出せることではない。
「……わかったわ、わたしは提案を受け入れたいと考えます。
小林知事のほうは?」
「有川市長がそういうなら反対する理由がない。
それに芦田君の言う通り、行政としてもこの先のことを視野に入れておかねばならんだろうな」
二人から同意が得られたからには、取り囲む範囲を定めていかねばいけない。
いたずらに広げ過ぎると防衛対策が立てにくくなり、どこかで突破されてしまうと守りが崩されてしまう。
そのためにも実務的なことは自衛隊の前川中隊長さんと警察の二階堂本部長さん、それに県庁と市役所の担当を交えて、これから話していくこととなった。
――正直に言って……面倒くせえ!
ここ一帯の要塞化は、和歌山市特別保護地域建築工事と名付けられた。
市役所の設計担当者は俺に、この計画を和歌山城拡張工事という名称で上層部へ提出したと話してくれた。だがその名称は市長に一蹴されたと嘆いていた。
若き担当の上村さんとはそのときから語り合える友達になった。
築地川から県庁前交差点までの和歌山港線、県庁前交差点から中央通りを南へ向かい、堀止交差点で東方向へ曲がって、新堀橋までの間を道路の外側に高さ3.5メートルの鋼板を立てる。
二次工事として、鋼板の内側にコンクリートによる防壁工事はすでに計画されている。
報酬の支払いについては協議で決めていくとして、使用するセメントや鉄筋などの建材は、俺がこれまで収集した分を有償で提供することになってる。
区域内で市堀川と和歌川に面する岸は、高さ2.5メートルの鋼板を設置して将来の異変に備える。
ゾンビの変化は、現場から報告を受けた前川さんと二階堂さんが小林知事と有川市長に伝えていたため、俺からグールの情報を聞いたお二方が起こりうる事態として捉えたようだ。
市堀川と和歌川にかかっている橋は築地橋・堀詰橋・新町橋・新堀橋の四つを残して、そのほかはすべて封鎖することとなった。
四つの橋には鋼板で作られる鉄門が置かれることとなり、保護地域側に二次防衛のための枡形虎口が作られることを上村さんから聞いて、二人でガッチリと握手したのは今でも覚えている。
鋼板防壁設置工事の着工前に、前川さんから駐屯地のことを聞かれた。
カメラと化したスマホで彼に撮影した写真をみせると、それをしばらく見てた後、前川さんがなにも言わずに敬礼してくれた。
――力があっても、世の中はままにならないことが多いよな、本当に。
お知らせ:
ゾンビの正体が発覚したということで、物語の展開に影響を及ぼすと考えられます。ゾンビの設定については後の投稿に後書きで記載します。それほど待たせることはいたしませんので、投稿されるまでお持ちになっていただければ幸いです。
ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。




