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50話 子供が生きるには厳しい世界だ

 岸和田城を通ったときに、お仲間、見っけ! って、叫びそうになった。


 俺と同じようにだれかが城跡を拠点にした。


 しかも巧みに土のうやコンクリートブロックを積み上げ、市役所とグランドを取り込むような形で、規模のある避難所に仕上げてる。


 海でクルージングを楽しむグレースは後で合流するとして、岸和田城の近くまで覗きに行ったとき、中に人が立てこもってることは確認できた。



 城に近づこうとするゾンビがいたので、どう対応するかと離れたところで観察させてもらった。何枚ものフェンスを重ねた自作の城門から長い鉄パイプ槍を突き刺し、距離をおいてのゾンビ倒しはよく考えたものと素直に感心させられた。



 ここで拠点を築いたコミュニティの性質は、避難する人たちと会話してみないとわからない。ただ見る限りでは今すぐ助けが必要というわけではなさそうなので、むやみに接触を試みなくても構わないと判断した。


 あいさつを交わしたい気持ちを抑え込み、この付近で物資の回収はしないように、俺はグレースを探しに海のほうへ向かった。



 ——いやあ、城跡を拠点にするなんて、先見の明があるのは俺だけじゃなかったんだな。



 関西空港はどうなったかなと気になりつつ、今回は素通りすることに決めた。


 小型のジェット旅客機をコレクションにしたいと一瞬だけ無駄な衝動を起こした。でもよく考えたら使いどこなんてどこにもないので、余計なことをせずに和歌山へ目指して南下を続けた。




「ここは行っとかないともったいないよなあ」


「お宝ね、お宝よ」


 海辺にある大型ショッピングモールの駐車場で海風に吹かれて、嬉しそうに浮かれているグレースが人の気配がない店内へ突入した。


 ゾンビがいるかどうかを全く気にしていないあの様子を見ると、お洋服や嗜好品を探す気満々だ。


 グレースもゾンビ無双するが面倒になってきたのか、気配を遮断してゾンビから逃げるようになった。



「俺も行ってくるか」


 ここなら高橋さんが満足する化粧品は手に入りそうだ。


 こんなご時世だから、化粧に気を遣うゾンビもいないだろう。そんなわけで店内に置かれたありとあらゆる化粧品は、献上品のために余すことなく回収するつもり。



 ここ一帯は工場や倉庫が多く、避難所は離れている場所にあるのじゃないのかな? と思うくらい、店内にいるゾンビの姿がまばらだった。


 そんなに荒らされたようには見えなかったので、ゾンビ災害後にここへ来た人は少なかったかもしれない。


 戦利(けしょう)品はつつがなく入手できた。



 食品コーナーを訪れた俺はゴミと化した生鮮食品を無視して、乾物や菓子類があまり取られずにまだ残ってたので、これらももらえるだけもらっておこう。


 もちろん、拠点で大人気の調味料や酒類に水などの飲料水も収穫だ。


 ウキウキと収納作業を続けていた俺のところへ、近寄るゾンビを蹴りで倒しながら、暴れるなにかを抱えたグレースが近付いてくる。



「ねえねえ。()()見つけたけど、どうする?」

「――」


「コレってねえ……」


 グレースが抱えてたのは小学校高学年の男の子だ。


 口元と手がグレースによって押さえられていので、男の子はひたすら泣きながら怖がる表情で俺を見つめる。


「あと十数匹いたけどね、逃げてしまいそうだから縛ってきたわよ」


「……案内してくれ」


 グレース(こいつ)は俺がガキに()()ってことを、異世界のときから認識してた。




 わんわんと泣き叫ぶ騒々しいガキたちだ。


 そういえば食品コーナーにも二十数体のガキゾンビがいた。こいつらの仲間だったのだろうか。


 ショッピングモールにいるゾンビを一掃したので、今はただのしかばねとなって、後で火葬するために俺が収納した。



 ゾンビじゃない大人がここに来て、久しぶりの食事を腹いっぱいに食べて、子供たちは安心したのか、ほとんどがうつらうつらと船を漕ぎ始めた。



「助けてくれてありがとうございました」


「いいよ。それよりもご飯を食べなよ」


 先の男の子は岩下(いわした)(いつき)、彼が仲間を代表してお礼を言ってきた。


 彼がいわく、食べ物を取って来るだけでも命懸けで、これまでに半分以上の同級生たちがゾンビにやられたという。


 長い間まともな食事を口にしなかった彼らは、出してあげた熱いご飯を食べただけで、親や家のことを思い出したみたいだ。



 イツキがこれまでの経緯を話してくれてる。


 イツキの家族は父親が仕事に行ったまま帰ってこない。おじいちゃんとおばあちゃんは畑からの帰り道に噛まれてしまい、避難を求める母親に別れを告げて、二人で海に身投げしたらしい。



「――僕らは避難所となった防災拠点にいたんです。

 知ってる人がみんなそこに集まってて、しばらくの間はなんもなかったんですけど、食べ物が少なくなってきちゃって、先生たちが食べ物を探してくるって、車で防災拠点の外へ行ったんです」


「そうなのか」


「違うところからこっちに通ったとき、ゾンビが出たから僕らと一緒に避難した人がいたんです。

 あいつらはその時に車で帰るってうるさくて、先生たちと一緒に門から出たんです」


「ほう」


「そしたらあいつらはいきなり車でまた戻ってきて、閉まっている門を突き破ったんです。

 後ろにゾンビをいっぱい連れて……」


 悲しそうに話すイツキがぽろっと涙を流した。


 さしずめ、逃走しようとしたところをゾンビに襲われたので、ビビッて戻った迷惑なやつらが車で校門へ突っ込んだといったところか。



「お母さんと先生たちは僕らを逃がそうとゾンビと戦ったんです。

 僕らは逃げたんだけど、ゾンビにやられた子が多くて、妹もそのときに……すん……ううう――」

「もういいから」


 ずっと泣かなかったのに、家族のことを思い出したイツキは耐え切れずに泣き崩れている。


 眠たがっていた子たちもイツキの涙に誘われて、一斉にまた泣き出した。彼らのことをよく知らない俺は、かけるべき慰めの言葉を持たない。


 こういう場合は変に気遣うよりも、黙って見ているほうがいいだろう。




「――さて、お兄さんはこれから和歌山へ行くつもりだ。

 君たちをこのままにしておけないから一緒にきてほしい」


 子供たちが泣きやんでから、落ち着くまで待った俺は思いついた提案を切り出した。ゾンビを片付けたグレースが携帯型ゲーム機で子供たちと遊んでる。



「あのう……お外に出ても大丈夫ですか?

 ゾンビがいっぱいで……」


 女の子が怖がっている様子で聞き返す。


 彼女の気持ちはわからないでもない。大人がいるといっても、ここに居るのは俺、それに子供を相手にゲームで本気を出す大人げないグレースだけだ。



「大丈夫。俺もだけど、ゲームでは君たちに負けっぱなしのグレースさん、彼女はリアルならゾンビなんかに負けっこないくらいとても強いぞぉ」


 頼りなさげに見つめてくる子供たちへ、なるべく優しげな表情を作って、彼らを安心させようと気遣ってみせた。





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