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48話 拠点の日々は平凡な日常だった

 田植えが始まった。


 中谷さんがものすごい良い笑顔で、農業班の班員と子供たちを連れて、第二寝屋川から引き込んだ水を張った水田に育てた苗を手で植えていく。


 機械植えするための田植え機は収納してあるから提供しようとしたら、中谷さんが最初はみんなで苦労を楽しみたいというので、彼の意見を尊重することにした。


 田んぼほどの面積はないし、全員が十分に食べれるほどの量はないが、キャベツやニンジンにジャガイモと、畑のほうでも野菜の収穫にみんなが楽しみにしてる。


 拠点内の木は実がなる樹種について、農業班の提案で残すこととなった。中谷さんたちが耕す農地さえあれば、俺が意見できることは特にない。



 漁業が再開した。


 谷口から提供してもらった勢力図を見ると、梅田辺りの最大勢力は谷口が統率するコミュニティのようだ。


 船が通っても攻撃しないという口約束を交わしたので、俺は谷口の()()を試すと考えつつ、拠点の定期会議で漁業の再開が決定された。


 みんなから大漁が願われた桝原さんは、護衛のゴーレムを追加した船に乗り込み、船団を率いて再び大阪湾へ目指した。


 約束は守られたらしく、谷口たちからの攻撃は起こらなかった。安全は確保できたが、今度は大阪市役所からメガホンで呼びかけがあったと、桝原さんが滝本さんに報告した。


 面倒ごとになりそうなため、滝本さんや桝原さんたちと話し合った。漁に出る日は隔日にして、航路は東横堀川と道頓堀川を通り、木津川から大阪湾に入るように、大阪市役所を避けるような航路に変更した。


 元博物館を改名して大阪城工房と名付けられた加工場の外では日干しの魚がいっぱいだ。魚醤や燻製、ちくわにかまぼこなど、食堂で食べられる物がどんどん増えていく。同行者を募集して本当に大正解だ。



 畜産は停滞し始めた。


 畜舎ができてから川瀬さんたちは仕事に取り組んだが、最大の原因は敷地が不足しているためだ。肉類は今のところ、道中で屠殺した家畜や家禽、それに途中で狩ったイノシシとシカを収納している。


 ただ野菜や果物と同じように、家畜と家禽はすぐには増えない。牛乳は粉乳で補うことはできるとしても、鶏の卵はそういうわけにはいかない。


 高橋さんが回覧板で肉類の制限と種類の変更をみんなに知らせて、イノシシやシカの肉を俺が定期的に提供することで食堂のほうで新メニューが記載された。今後については時間がある場合は狩りをしてきてほしいと、住民の代表である滝本さんからお願いされた。


 拠点の安全対策が確立されれば遠征するつもりだったので、俺は滝本さんからのお願いを引き受けた。



 はっきり言って、拠点での食料生産は住民の消費をまかなうことはできていない——というか無理がある。それでも稲穂や牛に豚を見るだけでみんなが元気よくなる。


 人に必要なのは明日への希望だから、農業班と畜産班が頑張ってるのは人々に見てもらうためだと川瀬さんが言ってた。


 俺個人としては農作業が間近に見れるだけでも嬉しい。それに子供たちが作業に手伝うことで、技術は受け継がれていくと小早川先生は教育面で喜んでた。



 それはとても良い話だとは俺も認める。


 認めてやるから俺の自宅がある山里丸まできて、ここで淀殿と秀頼が自決したと、歴女たちを連れてお墓参りにこないでほしい。



 ——頼むからお線香だけでも控えてくれ、ここはお墓じゃないんだから。




 ゾンビの行動を監視していた俺はゾンビたちが地下鉄に多くいることを発見した。


 隠形のロープを着用した俺は付近にある地下鉄の構内を見まわした。


 暗闇の中でゾンビたちはただ徘徊するだけ。


 試しに空き缶を投げてみると、ゾンビたちは音がした場所へ目を向ける。人の姿を見当たらないのか、ゾンビたちはそこへ集まることがない。ただし、ロープを外して姿を露わにするとやつらは群がってくる。


 要するにゾンビは五感を使用していると確認することができた。



 拠点に戻ってから、付近一帯の地下鉄駅の出入口を鋼板で塞いだ。万全を期すことはできないかもしれないけど、これでゾンビによる襲撃の危険が多少は防げるはずだ。



 櫓工事が終わり、建築班が集会場などの公共施設で使われる棚や椅子、それにみんなが待ち焦がれていた家具作りに勤しんでいる。


 

「お出かけするなら、ゴミをどこかで焼却してきてくれないかしら」


「セラフィに伝えておきますからまとめといてください」


 高橋さんから言付けられたゴミの処分は拠点での問題だ。


 生ゴミを堆肥化するなどの対策を取るようにしてる。そのほかのゴミは俺が預かって、今まではどこかの空き地でグレースに焼かせてきた。


 今回は留守番のセラフィが担当するということで彼女に任せるつもり。



 砲台型と魔弾ガン持ちミスリルゴーレムが75体、鉄棒持ちウッドゴーレムは125体、犬型ウッドゴーレムは75体、ゴーレムたちの指揮権をセラフィに預けた。それとは別に生産作業用のウッドゴーレム200体を各班に操作用の魔道具と一緒に渡してある。


 こうして俺とグレースで行く石と物資を調達するための遠征が始まろうとしている。




「行ってらしゃいませ」

「師匠、一緒に行きたかったけど、連れてってもらいたかったけど、見捨てられたけど、気を付けてくださいね」

「早く帰って来いよ」

「問題ないとは確信しているが、まあ、気を付けて」

「輝くん、化粧品を持って帰ってきてね。特に、スキンケアをメインに!」

「「頑張って、ヒカルお兄さん! お土産を楽しみにしてるね」」


「任せてくれ、老師の安全は、この一番弟子のタケが守ってみせる!」


 拠点の人たちが大手門まで見送りに来てくれたので、心の中でちょっと嬉しいと思った。



「タケ、お前も居残りだからな」

「ガーーーン」


 川瀬さんは朝一に新鮮な牛乳を持たせてくれたし、滝本さんと高橋さんは笑いながら手を振ってくれてる。ただ、スキンケアを強要する高橋さんの笑顔がとても怖かった。



 ——ミクもどんだけ残念がってるんだよ、見捨てられたってなんやねん。


 拠点防衛の要であるセラフィの助手を務めるお前は、大人しく大阪城で小早川先生と歴女をやってなさいと取り合うつもりがない俺だった。



「それじゃ、パッと行ってくるわ」


 暑さが増しつつある今の季節。大手門から足を踏み出した俺とグレースは、これまで収集したタウンページを片手に各地にある石材店へ石を確保しに行く。


 進行方角は南。


 和歌山県庁で出会った自衛隊の中隊長、前川さんから頼まれた約束事を果たしたい。



 大手門の横にある千貫櫓の屋根に立つセラフィが、トレイをくるくると回転させながらいつまでも俺たちを見送っていた。




 石なんてどこにでもある物だからこだわることもないだろうが、コンクリートの強度はいまいちだし、建物や公園などに使われている建材や石造を使うのも釈然としない。


 採ろうと思えば、それこそ大阪城の石垣には石がゴロゴロしている。もっとも、拠点の大事な石垣を潰す気はない。


 そんなわけで石材店から回収するのが一番だと思う。



「こんにちは、石を買いに来ました」


「ア゛ア゛ーい゛らーヴア゛ー」


「お代に命は払えませんのでごめんなさい」


 タウンページで探し当てた石材店に入ると、店長に店員と思わしきゾンビたちが手厚く歓迎してくれようとしたので、ハルバートで首を落とした。


 このままにしておくと腐敗すると思うから、収納してからどこか空き地で火葬に処する。



 石材と言っても色んな種類があるため、専門知識のない俺は適当に店内と倉庫に置かれている石を収納していく。これでストーンゴーレムが作成できる。



「こんなもんかな。

 ――汝らに命ず。ゾンビに抱きつけ」


 出来上がったストーンゴーレムは、ウッドゴーレムより重さがあるから、アイラブユー作戦の拘束役をやらせる。ウッドゴーレムのほうは今後、頭部破壊のアタッカー役に回す。



 勢力図の記載によると、難波辺りには武装された一大コミュニティが存在する。


 真実であるかどうかは別として、遠征に関係がないことをするつもりのない俺は難波を通ることなく、南進しながら物資の収集に勤しむつもりだ。





ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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