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46話 来訪したのは粋がるヒャッハーさんではなかった

 大手門の前に停車しているのは改造した三台の小型バスだ。


 千貫櫓にいる偵察員からの情報によるとルーフに銃座を付けたり、車両の正面にブルドーザーのようにブレードを付けたり、タイヤを含む車体の全周に鋼板を張り巡らせたりして、明らかにゾンビと人間による襲撃を意識した車両の強化だ。


 今のところはエンジンを切り、こちらの様子を窺ってるようだ。



「城門を開いて、枡形虎口に入れよう」


「いいんですか!」


 大手門の多聞櫓で俺の指示を聞いたミクが驚きの声をあげた。



「まあ、大手門の外じゃゾンビがいつくるかはわからないし、こっちとしてはゾンビを殲滅するところを見られたくない。

 それに向こうは話がしたいみたいだから、虎口の中で対応したほうがいいじゃないかな」


「それでも城内に入れることはないと思いますよ」


 意固地にはなってないけど、納得できないような口調でミクが反論してくる。



「いやいや。枡形虎口って、基本的にキルゾーンじゃなかったっけ?」


「開門っ!」


 城門のところで不安そうに待っている自警団員へ、前言を翻したミクがすぐに伝令した。こいつも歴女らしいから、こういう知識は知ってるはずだ。


「とりあえず小銃を突き出して、いつでも攻撃できるような()()して。

 俺とグレースが襲われても危険なことにはならないので、反撃はしなくてもいいから、監視だけに留めておいてよ」


「でも、それじゃあたしが暇じゃないですか!」


「開門! 俺とグレースが出たら閉めてよーしっ!」


 ——この暴れん坊武闘派女子高生め、大人しくしてろよ。




 アイアンゴーレムに門を開けさせて、装甲バスを虎口まで引き入れた。


 バリアの魔道具は起動しているので、ここはあえて武器を持たずに()()に応待するつもりだ。アイアンゴーレムに一応はメイスを持たせているが、あくまで迎撃の主力はグレースだから問題はない。




「こんにちは」


「はい、こんにちは」


 バスから降りてきたのは人当たりの良さそうなお兄さんでサラサラした金髪が特徴的だ。年齢はわからないけど、見た目だけなら田舎から出てきて大学デビューしましたという印象だ。


 その後ろに腰に拳銃入れが見える護衛役の二人が同行している。そのほかはバスの中で待機するようで、バスの扉が閉まるとエンジンを停止させた。



 乗ってきた装甲車や護衛の人たちを見ていると、目の前にいるお兄さんが善人であるとは思えなかったので、ひとまずは話を聞いてから判断したほうがいい。



「はじめまして、谷口と申します。

 今日はアポなしでいきなりお邪魔してすみません」


「いいえ。俺は芦田と言います。

 ——谷口さんは若いですね」


「いやあ、よく言われるんですよねえ。

 大学卒業してから遊んでばっかだから、親にはあまり苦労してないっていつも怒られてたんですよ。

 まあ、今じゃ親がどこにいるのやらわかりませんけどね」


「……そうですか、失礼しました。

 ――それでご用はなんでしょうか」


 ゾンビがいる世界だ。不幸はその人となりとは関係なく、みなに等しく訪れるもの。


 もっとも、等しい不幸だからこそ、その人が今の世界でやったこととはなんの関わりもないと俺はそう考えてる。



 空が晴れ渡って、若干の暑さで汗がにじんでくる。


 殺気を飛ばし合うこともなく、ごく自然に交わす二人の姿に、大学時代にあった他校とのサークル交流会を思い出す。



「いえね。先日に私どもの若い者が()()()()()()で漁船を銃撃したもんでね、お詫びに来たんです」


「なぜその漁船が俺たちの者と思ったんです?」


「そりゃ、いきなり大阪城をこんな立派なアジトに改造したもんですから、船くらいは出しますよね」


 ここではぐらかすのも手の一つ。でもあえて黙認することでこいつの反応をみてみよう。



「それなら謝罪になにをくれるんですか?」


「はははは――おっと、これは失礼しました。

 逆に謝罪のために私どもはなにを献上すればいいですか? 短時間で大阪城を要塞化できるほどの集団にですよ?」


 大笑いしたかと思えばすぐに真面目な表情に切り替えて、谷口というお兄さんは笑った後に、こちらを確かめるように質問してきた。



 後ろに立つ二人は体を動かすことなく、直立不動で俺と谷口の会話を聞いているだけ。


 色々と会話を楽しむように押したり引いてみたりと相手に探りを入れて、真意を引き出すようになやり方で徐々に導いてもいいけど、実にまどろっこしい。


 俺としてはここでヒャッハーさんと面倒ごとにならなければそれでいいので、そのことをストレートにこの人に伝えよう。



「それならこちらへ手出し無用でお願いします」


「手出し、無用ですか? ふむ……

 ところであなたたちは漁業ができるから、できればいくらか分けてほしいんですけど、お願いできませんか?

 あ、もちろん対価は支払いますよ」

「……対価ねえ」


「はい。こういうご時世ですから、もちろんお金なんて意味のないんですよね? お金がいいのならいくらでも取ってきますけど」


「いや、お金はいらないですね」


「でしょうでしょう?

 私どもは梅田でなんとか生き延びてるんです。そこから取れる物ならリストさえもらえれば頑張って揃えるようにしましょう。

 衣類とか、化粧品とか、酒類とか、なんなら家電製品もありますよ。

 ――あ、電気が来てないから意味ないか」


 ニコニコと笑って、この谷口という人は交渉をやめようとしない。しかもいつの間にか物々交換を持ちかけてきて、話を進めようとしている。


 少なくとも前の武装集団と違って、武力で押しかけて来ないところは評価してあげよう。



「とりあえず仲間たちと相談してみます。交易についてはまたの機会にしませんか?」


「そうですか。残念ですがわかりました。

 私どもとしては謝罪で来たんですので、それを受け入れてもらえれば、ゾンビの中を突破してきた甲斐があるんですけど、いかがですか?」


「いや、撃たれたのは俺じゃないんで、それも含めて仲間と話してみます」


「もちろん、手を出したこちらが全面的に悪いんですけど、私どもの若い者も見たことのないような()()()()で怪我しちゃいましてね」


「ほう……

 俺たちにも非があると?」


 ——顔色を変えないで魔法のことを突っついてきたか。さて、どう切り替えてくるのかが楽しみだな。



「まさか。そういう意味で言ったわけじゃないんですよ?

 先も謝罪したように、こちらが全面的に悪いと思ってますんで。

 ただね……」

「ただ?」


 微笑みが絶えない谷口は指で俺の控えているアイアンゴーレムへ指して言葉を続ける。



「あのよくできた()()()()のように、あなたたちには()()()()()をたくさんお持ちじゃないかなって思っちゃいまして」


「さあ、どうでしょうかね」


 谷口という男はこっちの異常性に多少は気付いている。それでこっちとの距離を測ってるように思えた。


 このまま話を続ける意味を見出せないし、揺さぶられるのも愉快に思えなかったので、このあたりで対話を打ち切ろうか。



「謝罪と交易については仲間と相談してみます。

 それとは別にこれからも船を出そうと思ってますので、お手出しは無しでお願いします」


「もちろんですよ。交易してほしい相手に手は出しませんって。

 ——そうだ!

 私どもが避難しているところへぜひ一度遊びに来てください。住所は資料の中に入ってますので、良ければ見てください」


 谷口は後ろにいる男からA4の封筒を受け取り、すぐにこっちへ手渡してくる。



 ——几帳面で用意周到だな、この谷口という男は。



「交易はぜひご一考ください。

 対価が釣り合わない場合は人をご用意しますよ」

「ああ? ()だ?」


 ——なに言ってんだこいつ? まさか人を奴隷扱いしてるんじゃないだろうな。



「あ、言い方を間違えたみたいだ」

「はあ?」


「すみません、誤解しないでくださいな。人を物と交換してほしいのじゃなくて、()()()()()()()()というか……


 なんせこちらは食糧の割には保護している生存者が多くてですね、食料品が行き渡らないというか。

 もしここで人手が足りなければ、引き受けてくれないかなと思ったんですね」


()()()、ね」


「ええ。もちろん、なんでしたら子供でもいいですよ?

 私どもはそちらのほうがありがたいんですけどね」


 人という言葉でキレてしまった。


 こんな世界で奴隷なんて尊厳のない生き物、異世界で死ぬことすらできない奴隷を見過ぎて、心に傷ができてるから我慢にならなかった。



 ——ふう……とにかく、話はここまでだな。



「機会があったらそちらへ訪問しましょう。今日はお引き取りをお願いします」


「わかりました、いきなりお邪魔してすみません。またお会いすることを楽しみにしてます」


「汝らに命ず。門を開け」


 谷口から別れのあいさつを受けた俺は、アイアンゴーレムに開門の命令を出した。



「へえ、音声式ですか? いいですね。

 ——そうそう、資料の中にこの界隈で避難所となっているいくつかのコミュニティをピックアップしましたので、よかったら参考してください」


「ご丁寧にありがとうございます」


「それと、どちらから来られたかは知りませんが、東側にアッくんがリーダーの武装コミュニティがあるんですよ。

 あいつらは危ないから近付かないでくださいよ」


「……ご忠告、ありがとうございます」


 谷口は機嫌良さそうに手を振ってから護衛の男たちと乗車した。



 装甲バスが城門から出て行くのを見送りつつ、アッくんたちなら俺がきっちりと潰してやったよと心の中で呟いた。





ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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