44話 師匠譲りのホムンクルスはメイドとなった
製作して頂きました睦月スバル様が同意の上、頂きましたFAを後書きに掲載しました。
しばらくの休暇を滝本さんに申し出て、俺は自宅に立てこもった。タケにも一週間は来るなと厳命したし、ありったけのゴーレムを拠点の守備に当たらせた。
今の守備態勢のままでは俺は拠点から出られない。そう危惧した俺は自分の位を超える錬金術に賭ける、ホムンクルスの起動だ。
ホムンクルス自体は師匠のハイエルフからもらっている。ただし、当時はよほどのこと以外はやめておけって警告されたし、そもそも肝要の素材がなかった。それは悪魔族の血液だ。
「頼む、グレース」
「ホムンクルスね。あなたが本気ならいいわよ」
「まあ、悪魔族のお手伝いがあるなら五分五分って言われているから試してみる」
「わたしは別にいいわ。あなたがしたいのならそれに従うだけよ」
机の上にはマンドラゴラと貴重な薬草であるモーリュをすり潰して、ユニコーンの角とフェニックスの尾羽を粉末にしてから、エルクサーと自分の精液を加える。そうしてできた怪しげな液体に、ナイフで指を切ったグレースが血液を垂らした。
「あなたとわたしの体液でできた子供になるわね」
「そう言われればそうだな」
調合した毒々しい液体を、ベッドの上に寝かしつけてある師匠に似た女性体ホムンクルスの口から飲ませて、俺が持つすべての魔力を送り込む。
「グレース。もしも俺が気を失ったらこの子に魔力を送り込んでやってくれ」
「ええ、いいわよ。わたしたちの子供ですものね」
にやけているグレースの言い方に首を傾げたくなるけど、この際はなにも言わない。
俺が極位の錬金術師になれなかったのは魔力が不足しているからだ。
転移者の中でも俺はかなりの魔力量を持っていたはずなのに、それでも極められなかったのが神魔錬金師とよばれた伝説的な存在だ。当時、唯一の神魔錬金師のハイエルフに弟子入りしようとお願いしたときは様々な試練を課せられた。あの頃は本当に苦労させられたな。
——まあ、それは過ぎた話だから今は関係ないか。
両手から送り込んだ魔力がホムンクルスに吸われて、頭痛と脱力で気が遠くなってしまいそうだ。
「ぐ……れぇ……す……あと……は――」
目の前が暗くなっていきなり気を失った――
「――あ、っと……なにが」
吐きそうな気分に襲われながら目を覚ます。
「初めまして、マイマスター」
儚げな美貌で覗いてくる色白美人が顔の上にいる。懐かしさが込み上げてきて、辛くて楽しかったあの日々を思い出す。
「……ヴェナ師匠、お久しぶりです」
「いいえ、違います。わたくしは創造者のヴェナガン様ではありません」
ただ事実を述べるような平坦な口調で、見慣れたはずの美女が俺のあいさつを否定した。
――そうだった。
目の前にいるこの子は稀代の神魔錬金師、ハイエルフのヴェナガン師匠が自分の血液と肉片で作ってくれた躯体だけのホムンクルスだった。
「初めましてだな、俺は芦田輝。よろしくな……えっと、名前は――」
「まだ名付けしてもらってません、マイマスター」
彼女の返事を聞いた俺は辺りを見回して、グレースがここにいないことに気付く。
「グレースはどこにいる?」
「グレース様なら、タケ様というお方のところへゲームの対戦してくると先ほどお出かけしました」
「ブレないなあ……まっいっか。
――名前だったな。なにか希望はあるか?」
「いいえ、わたくしはマイマスターから名付けしてもらえるとグレース様が言っておりました」
——グレースのやつ、俺に投げやがったな? 名付けって意外と難しいんだよ。
でも師匠が俺に作ってくれたホムンクルスだから、グレースが名付けするのもおかしい気がする。
「……セラフィアギの谷か」
「はい?」
「セラフィ——君の名前はセラフィだ」
「わかりました、今日からセラフィと名乗らせて頂きます。ありがとうございます、マイマスター」
恭しく一礼するホムンクルスのセラフィ。
彼女の名の由来はヴェナガン師匠とドラゴンの肝を求めて、激戦を交わした谷の名前だ。
大陸に生息する種族の中で、凶暴さで知られるドラゴン族の中でも、獰猛にして残酷なブラックドラゴンとの生と死を賭けた戦いは、今でも思い出すだけで戦慄が走る激闘だった。
ホムンクルスに師匠との忘れられない思い出で名前を付けるのは、俺にとってごく当たり前のように思えた。
「セラフィ。君にはいくつか頼みたいことがある」
「なんでも申し付けてください、マイマスター」
メイド服を着せられたセラフィがトレイを持ったままで、ソファーに腰を掛ける俺の横で佇んでいる
——どんな知識をインプットしたか、後でグレースのやつにみっちりと事情聴取してやらにゃいかん。まあ、それは置いといて。
「まずマイマスターと呼ぶのはやめてほしい」
「はい、マイマスター」
一回だけトレイをひっくり返して礼をするセラフィに目をやる。その仕草の意味をあえて問わずに自分の命令を思い直す。
うん。マイマスターと呼ぶのをやめさせる前に、自分の名前を先に教えていなかった俺が悪い。
「えっとな、芦田輝っていうんだけど。
――これから俺のことをヒカルと呼んでくれ」
「はい、マイマスターひかるちゃん」
「違うだろが! ひかるちゃんって、あんたは俺の母ちゃんかよ」
ひかるちゃんって呼ばれたのは子供のときと、グレースと敵対してたとき以来だ。
「いいえ、わたくしはマイマスターひかるちゃんの忠実なホムンクルスメイドでありまして、どう頑張ってもお母様にはなれません」
「母ちゃんになるような頑張りはしなくてもいいんだよ!
――って、ひかるちゃんはやめろ!」
トレイを二回も回転させたセラフィ、よく見ればその素材がオリハルコンであると理解した。
――って、今はどうでもいいんだよ。
それよりマイマスターひかるちゃんって、なんでそう呼ぶんだろう。表情を変えずにジッと見てくるだけでは逆に俺が困ってしまう。
「はい。それではマイマスターひかるんです☆キラリンと呼ばせて頂きます」
「悪化してるよねそれ? ひかるんですって俺は照明器具か? それにキラリンはイタ過ぎだから絶対にやめろ」
——はい、トレイ三回転いただきました。それ、意味はあるのかな。
「困りました。グレースからそう呼ぶように教えられましたが、わたくしはどうすればよろしいのでしょうか?」
「なるほどねなるほど……
――うん、普通にひかるでいいから、グレースが教えたことは忘れなさい」
「はい、わかりました。ひかる様キラリン」
「キラリンもいらないからね」
「わかりました、ひかる様」
トレイがくるくるして回転が止まらない。
本音は様付けをやめてもらいたいけど、このくらいは妥協しようじゃないか。
——グレースのやつもいらん情報を教える前に常識を伝えてやらんかい!
あ、これは俺が悪いわ。悪魔に常識を期待するほうがバカだよ。ごめんな、グレース。
「なあ、セラフィ。そのトレイの回転に意味はあんの?」
「はい。わたくしは感情というものが知りませんのでどうやって自分を表現すればいいのか、グレース様に聞きました。そこでグレース様からこの武器兼用のトレイを頂きました。
なにか心が動いた時にトレイを回転させて表現すればいいと、グレース様からメイドの奥義を伝授してもらえました」
「そうか……わかった、セラフィがしたいようにすればいいさ」
意識を持ったのはつい最近で、意思を表すことに困惑したのだろう。
変化のないその表情に、いつかヴェナガン師匠のような喜怒哀楽が現れると嬉しい。もっとも、師匠の表現方法はオーバー過ぎていつも俺が引いちゃうから、もう少し控えめにしてくれたほうがいいかもしれない。
それと奥義という言葉でトレイの意味が理解できた。
それほどアニメは好きじゃないけど、おもに三山君からの洗脳で三期も見させられた有名なアニメがあった。
主人公の傍に控えているポンコツメイドが持つメインウェポンはトレイだった。
——セラフィよ。別にトレイを使うのは反対しないけど、頼むから、くれぐれもポンコツメイドにだけはなるなよ。
これ、振りじゃないからね。




