43話 拠点の防衛隊長は女子高生だ
「襲われた?」
「ああ、帰りに堂島川を通ったときに、梅田の辺りで銃撃を受けたらしい。
ヒカルくんが付けたゴーレムの反撃で向こうが怯んだ隙に、全速で逃げて帰ったから大事にはなってないがな」
高校のときに弓道部に入部してた柚月さんのお願いで、工房で弓を作っているときに、滝本さんから桝原さんたちの船団が襲撃されたと話を聞かされた。
拠点内では建物の工事、農地の整地などで住民たちが生き生きして働いてる。
当面の間は勤務時間を記録して、労働の対価が決まり次第、報酬が支払われることが住民の間で認識されてる。そのために各々は与えられた仕事に汗を流す。
再興のシンボルとまでいかなくても、桝原さんたちの漁はみんなの希望だ。食堂に供される魚の料理を口にする度、生きる実感が体中に沁み込むと高橋さんが話してた。
それって、なにかの病気に感染されてるじゃないのって言いそうになったけど、お局様相手に軽口を叩くのは命に関わることなので、賢明な俺はニコニコ顔で微笑んだだけ。
誰かが攻撃してくるのは想定してたトラブルの一つなので、そのこと自体に驚きはなかった。ただ予想してた脅迫ではなく、いきなり攻撃されたことに俺の見通しが甘かったと言わざるを得ない。
「今まで漁に出た分だけ、大型冷凍庫にまだ保存されてる魚があるから、しばらくは漁に出ることを控えるように桝原くんたちに伝えた。
そこで解決策が必要と思って、ヒカルくんに相談しに来た」
「そうですか……対策が立てられるまで漁に出ないのはいい判断だと思います。
こちらも考えますので、拠点の皆様にこのことを回覧板で伝えてください」
「わかった。桝原くんたちがショックを受けてるから、後で慰労を兼ねて飲み会にするつもりだ。ヒカルくんもくるか?」
「はい。飲みませんけど顔は出しときますんで」
「酒が飲めないのはもったいないぞ――
まあ、7時半頃に来てくれたらもうやってるはずだ」
「わかりました」
滝本さんはタケが入れたお茶を飲み干してから工房から出て行く。
ずっと隣にいた心配そうな顔でタケが顔を覗いてくる。
「老師、物騒なことになりましたね」
「まあ、起きうることだから、それでミスリルゴーレムを付けたけどな」
タケは今、玲人くんに連れられて高校の授業を受けてる。
こいつは長い間ヒッキーやってたので、ついていける学力がなくて勉強で苦しんでるから、前置きもなしに魔法を教えてくれと泣きついてきた。
魔法を覚えて、武闘派女子高生と同じくらい強くなりたいといきなり言い出した。不審に思った俺が真意を質すと、それによって授業へ行くのを免れたいらしい。
ふざけるなと一蹴して、玲人くんに連行を命じた。
こんな世界じゃ進学はできないかもしれないけど、勉強はできるうちにやってもらう。
少なくてもこの拠点で学生という職業についてるうちは、日常の作業がかなり減免される。その上にお小遣いも支払われるという決まりがあるのだから、甘えられるときは甘えたほうがいいと俺は言いたい。
「タケ、ミクちゃん呼んできて」
「ミクですか……老師! 魔法を教えてくれたら僕も役に――」
「さっさと行ってこい!」
うだうだと言い出す前にこいつに行かせる。
今でも魔法とか錬金とかを教えろとうるさい。この世界で広めていく気はないし、覚えたところでいいことなんてない。異能に面倒ごとが必ず付きまとってくるという決まりだ。
——あれ? ブーメランだ。
「師匠、ご用ですか」
「まあ、座ってくれ」
ミクはミクで俺が知ってる体術を教えていったら、面倒なやつになった。老師に師匠って、俺はどこの武闘家だ。
——それとタケ、なにしれっと座ろうとしてるんだよ。
「……タケ。玲人くんが宿題をやるから来いだとよ」
「あ、僕は――」
「行ってこい!」
つべこべ言わさずにタケを追い出した。
茅野さんたち建築班が作った椅子にミクが座っている。こいつは体格がガッチリしていかついし、サバサバした気さくな性格なので、見た目が多少麗しくても、女扱いしなくて済むのが楽だ。
「来てもらってすぐで悪いが、自衛団のほうはどうだ」
「七手組ですか?
まだまだですね。一番の難点は実戦の経験が少なくて、対人戦に慣れていないというところです」
「そうか」
——どうしても七手組と言いたいのだな? まあ、いい。
確かにミクの言う通り、同行者たちは人同士の紛争が少ない地域で生き残ったし、道中は極力戦闘に巻き込まれないように配慮したつもりだ。
武装集団と戦闘したときの経験も安全なゴーレム車から見ていただけで、実際に弾丸が飛んできたわけでもない。
「で、どうだ? 近いうちに探索隊を組んで、ゾンビと戦わせるというのは」
「うーん……」
武闘派女子高生が、20代を中心に募集した30人の青年についての戦闘力に眉をひそめる。どう見たって、構図がおかしいだろう。
「ゴーレムさんの護衛付きなら死にはしないと思います。でも守ってもらえる分だけ、緊張感が緩むじゃないのかなあ」
「わからないでもないけど、ここは拠点規模の割には人口が少ないんだ。
命を大事にが今のデフォだよ」
「わかりました。ホールの前なら大丈夫じゃないですか」
「そうするか」
ミクが言ったように、ホールの前にある野球場から寄って来ようとするゾンビは数少なくなったものの、今でも絶えることがない。
ゾンビを撃退するために上り階段を封鎖して、砲台型ミスリルゴーレムを常設している。
「装備はどうしますか? みんなはまだ銃の扱いに慣れていないんですけど」
「慣らしに撃たせようか。
銃器の扱いは俺よりミクちゃんのほうが上手なんで、教え方は任せるよ」
「そんなあ、上手だなんてえ……照れちゃいます」
手をもじもじと揉み、頬を染めるミクちゃんの感性が明らかにおかし過ぎる。今の対話のどこに照れる要素が存在したのかが俺には理解不能だ。
よくわからないし、わかりたくもないのでここは無視の一手だ。
「銃弾の使用は無制限というわけではないので、備蓄量を考えて訓練で頼むわ。
……そうなると弾薬のこともあるし、探索隊を組むのはきちんと訓練してからにするか」
「そうですね、それはあたしも貯蔵庫にある数を見てそう思いました。
今ある量はゾンビ戦なら一会戦分しかないんで心細いですね」
「……よくわからないがよろしくな」
こいつは本当にわかってて言ってるのかと疑いたくなるけど、言わぬが花だ、無視してあげよう。
今ある武器弾薬は滅ぼした武装集団から奪取したものが多い。
定期点検と管理は高橋さんとミクに一任しているので、詳細については資料に目を通すことにしてる。拠点の防衛を長期的に考えると、火器で使う弾薬の備蓄が足りないことは火を見るよりも明らかだ。
ここは以前に和歌山県庁にいた隊長さんの頼みを聞き入れて、駐屯地にある弾薬を輸送するという依頼は真剣に取り組まなくてはいけないかもしれない。
——まあ、一部は輸送代として黙って頂いちゃうけどね。
本格的な襲撃となったら主人公たち異世界帰り組が対応しますが、拠点内警備員としての人材が必要だと主人公は考えてます。そのために戦闘経験がある武闘派女子高生を自警団のリーダーに据えました。
拠点での活動が始まったことで主人公の思想について少々記載します。転移するまでは大学生だった主人公の社会的な経歴は異世界がほとんどだったので、その経験で判断する感じは否めません。異世界での話は本筋ではありませんので作中で綴っておりませんが、主人公がこだわってるのは居る場所の文明レベルと技術による日常の営みということです。
例えば医療についてはポーションを持ってますが、緊急時以外は使用する予定がありません。その根底は主人公がいなければ運営が成り立たないようでは、集団としての長期的な機能が果たせないと考えました。自分がなんらかの事情により、集団から去ることとなってもそこにいる人々が暮らしていけるように手を打つべきというのが主人公の考えです。そのために作中で主人公は運営方法については大まかな方針以外にあまり口を挟みませんし、周りの声を尊重するようにしてます。防衛についてだけは自分の意見が反映されるように努力してます。
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