42話 拠点運営の要はお局様だった
「芦田くん、パソコンはそこに出してちょうだい」
「ここでいいですか、高橋さん」
「ええ、そこでいいわよ。それと文房具も人数分だけ用意してね」
「あーい、多めに出しときますんで、置く場所だけ教えてください」
「そうだわ。片倉看護師が診察所できるまで、ここに臨時の診察室を作るから、医薬品と冷蔵庫を置いてほしいって言ってたわよ」
「了解です。合間を見て片倉さんと話してきます」
拠点を運営するために、総務チームのリーダーについたのは高橋さんという48歳の女性。
彼女は外資系の会社で課長職についていたらしく、女性が多い総務の職場を管理してほしいと、彼女の経歴に期待した滝本さんたちの推薦で引き受けてくれた。
高橋さんの統率力と気迫により、今や拠点内でもっとも恐れられてる部門となった。
同行者の中に若い医者と数人の看護師さんがいたので、拠点の医療チームを設立をお願いした。リーダーは年配者だが、すっごく有能な片倉さんにやってもらってる。
医薬品はある程度病院や薬局で取ってきたが、保管ができなくなったために使えないものが多かった。
当初はやたらと俺から薬品をねだりがってた同行者たちも、片倉さんの強圧により、本当に医療行為が必要な時以外は口を出さなくなった。
そんな片倉さんにはお好きな羊羹を定期的に奉納させてもらってる。
「ヒカルくん。今度の運営会議は絶対に欠席したらいかんよ」
「ええー? 面倒くさいですけど」
「ハハハ。ヒカルくんは素直だな。
——でも会議は出ろよ?」
「わかりましたよ」
これまでの道中で、色々と手助けてくれた滝本さんは拠点相談役という役職についた。
役職名は川瀬さんたちを話し合って決めたので、俺はみんなさえ良ければ事後報告を聞くだけでいいとお願いした。
相談役は各リーダーから専門的な作業に関する要望を調整したり、城内に住まう人々の意見や問題を聞いたり、起こったトラブルを仲裁したりと大変忙しい。
そんな面倒くさいことを率先してやってくれる滝本さんへ、俺からは定期的に差し入れを贈呈した。
彼のおかげで俺は自分しかやれない作業に集中することができるので、付近一帯の酒屋さんから商品をかっぱらう暇を作るようにしてる。
「芦田さん、太刀と脇差を標準装備でもらいたいんですけど」
「ないからね?
拠点に必要なのは武士団じゃなくて自警団だから」
「芦田さんはわかってない!
人を守るというのは、気持ちからやらないと気合いが入らないんですっ」
「んな刀から入るような気合いなんかいらんわ」
大阪城に来てから、俺と話す機会が一番多いのは武闘派女子高生の美紅ちゃんだ。
自衛隊と警察に鍛えられた腕は天性の体格と才能が相まって、俺とグレース以外に、拠点では抜きん出る武技を所有してる。
拠点の防衛については滝本さんと相談して、俺が不在のときに、緊急事態に対応できる自警団を設立することとなった。
自警団の本部は本丸の玄関たる桜門に新築予定の多聞櫓に置かれる予定だが、当分の間は二の丸にある修道館を使わせてもらうと、ミクちゃんが滝本さんから許可を得た。
組織名はミクちゃんの強い希望で、組織が一つしかないのに七手組と名付けられた。
——いくら大阪城だからって、七手組はないだろう……
そんな彼女を他薦と自薦で大阪城御馬廻七頭の筆頭についた。嬉々として武器弾薬貯蔵庫となった焔硝蔵で働く彼女に目を向けつつ、もはやなにも言うまいと賢い俺は口を噤む……
筆頭と言ってもミクしかいないし、その前に現代戦に馬は乗らないし、そもそも拠点に馬はいない。
「小学校と中学校の教科書を取ってきてほしいわ」
「いいですけど、高校のは必要ないんですか?」
「なに言ってんのよ、芦田君。
前にうちの学校から取ってきた教科書を預けてるでしょうが」
「あ、忘れてた」
「それと勉強用の文房具をたくさん持って帰ってきてよ」
「わかりました」
以前に高校で救助した女性の小早川教諭が子供たちの教育に力を入れてる。彼女がいわく、こんな世界になったからこそ子供たちは未来のために学ばないといけない。
滝本さんを初め、拠点運営に当たってくれてる人たちも小早川先生の意見に賛同して、今は元博物館の中で子供たちの学年に応じた授業を開始しようと準備しているところだ。
もちろん、俺としてもその方針には全面的に賛成する。
暇を持て余すガキらが魔法をみせろ、魔法を教えろってうるさいのだ。
ただ小早川先生は初対面から美紅ちゃんとものすごく仲が良い。レズってる? と疑うくらい良過ぎる。
一度だけ二人が話し込んでいる場面に出くわした。
「ねえ、先生。大阪城はこれで征服できたわ。次は江戸城攻めよね」
「バカねえ、国取りには順序があるのよ。御三家よ御三家。
徳川を倒すためには力を削がないといけないの。
次は和歌山城が目標ね。芦田くんには関白になってもらわなくちゃ」
この二人は前川中隊長さんが率いる自衛隊と戦う気なのかとおののいた。
足早にその場から去った俺は、自分の賢明さを褒めてあげたく思う。
ゾンビの世界で国盗り合戦なんてしたいやつはいないはず。君子危うきに近寄らずって巷で言うから、ここは距離を置いたほうがよさそうだ。
それと、自殺する気はないから関白にしないでほしい。
そんなこんなで漠然に農業や漁業でもして、腹を空かせることなく住めればいいやと思っただけの俺と違い、拠点作りに同行者たちは各々の仕事に熱意をもって没頭してる。
「グレース、ちょっと付き合って」
「もう、昼間からあなたも好きね」
「ちゃうわ!
——って、スカート脱ぐな!」
本当にグレースもブレないやつだと感心させられた。
航路を確認する理由で、俺は異世界で使ってたゴーレム船に乗って、大阪湾にある無人の人工島まで足を運んだ。
大阪城で収納した数多のゾンビ死体はグレースにお願いして、そこで火炎魔法を用いた火葬で燃やした。
ここなら市内にいそうなヒャッハーさんたちが煙を見かけても、大阪城の拠点はバレないし、死体を焼く匂いが周りに影響しない。
大阪城で拠点を作りあげるのは、ゾンビの世界で安全な生活を送るための最初の一歩。
次は安全かつ不足のない生活を過ごすために拠点の周囲を偵察して、ここ一帯の情報収集と物資収集に努めたい。時間があればストーンゴーレムを作るときに必要な石材をどこかで手に入れたいものだ。
お城の石垣は大事な防壁だし、歴史的な価値があるので、それらを使うつもりなどとんでもない。
ひとまず拠点の建設と運営が始まりました。
高橋知恵(48):勤めてた会社でも総務チームでも、お局様と呼ばれるかなりのやり手。
片倉結良(61):迫力のある看護師。勤務中は病人たちから修羅様と恐れられてる。
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