40話 入居前の清掃は手間がかかることだ
「大阪城よ、わたしは帰ってきた!」
後ろで川瀬さんや玲人たちがひそひそとなにかささやき合っているような気がする……
――だが俺は気にしない!
「老師、そのネタはカビってるくらい古いっすよ」
「やかましいわ! デフォならちゃんとやらんでなんとする」
タケにどう言われようと、みんなから呆れた目付きで見られようと、俺はやめるつもりがない。
「あら、芦田くんって、大阪生まれだったのね」
「あ、いや。違うんですけど」
なにか納得したような表情をする良子さんに、申し訳ないと思う気持ちが胸いっぱいだ。
長かった旅、ようやく目的地の大阪城にたどり着いた。でもまだ仕事が残ってるから先にそれを片付けてしまおう――
大阪城内には、これでもかとゾンビがウロウロしていた。
「それじゃ、行ってくるんでお後よろしく」
「いってらあ」
グレースに見送られ、大阪城のすぐ隣に大きなホールを真っ先にそこを制圧した。グレースを連れていかなかったのは火災対策、彼女は気に食わないと火炎魔法を使うくせがあるからだ。
ホールの中にはゾンビがうじゃうじゃとうろついてたが、新戦法を用いた俺の敵ではなかった。
第一弾は名付けてアイラブユー作戦だ。
早い話、今まではゴーレムに叩くか魔弾ガンで殺させたに対し、今回は拘束用のゴーレムにゾンビを抱きつかせて、攻撃用のゴーレムがメイスで動けないゾンビの頭をパンッ! と潰させる。
確かに今までよりは時間がかかるけど、その間に俺は和歌山で開発した多機能の鋼板塀をどんどん作っていく。
同行者のみんなには城内にいるゾンビがきれいさっぱりいなくなるまで、制圧したホールのアリーナで待ってもらうように伝えた。
生駒山を越えて時点で同行者の人数は378人、スーパーに立てこもった生き残りが157人で、武装集団のアジトから救い出した人たちも同行したいということで72人が加わり、現時点で俺とグレースを省いて、607人がここ大阪城で生活していく。
「たぶんこれで宿泊はできると思います、良子さん。夕方には帰ってくるので、不足するものがあったらそのときに教えてください」
「わかったわ。芦田くんも気を付けるのよ」
ガソリンを燃料とする発電機を置き、電気工事ができる同行者に手すりに投光器を取りつけてもらい、冷蔵庫と食料品を良子さんたちに渡して、しばらくの間は同行者たちがアリーナで寝起きできるように手配した。
お手洗いは工事の現場で使う仮設簡易トイレをホールの外に据え置き、お風呂も介護入浴サービスで使うものを用意した。
大阪城からゾンビを排除するまでの間、飲用する以外の生活用水は、川の水を災害用浄水装置でろ過してから使用する。
「川瀬さん。これから俺は大阪城内にいるゾンビを片付けていくつもりです。
今後みなさんが拠点でのお仕事と役割をまとめてほしいんですけど、お願いできますか?」
「うーん……大変だけど芦田くんの頼みだからな。
わかった、任せてくれ」
今後の役割については、同行者自身の話し合いで各自で決めてほしいと川瀬さんに伝えた。
ホールの護衛に魔弾ガン持ちミスリルゴーレムが50体、棍棒持ちウッドゴーレムが150体、犬型ウッドゴーレムが50体と建物の外部で配備しているので、数百体のゾンビなら半日くらいは凌げると思う。
——同行者の生活と安全を確保したので、そろそろグレースと狩りに行きますか。
最初に入ったのはホールの近くにある青屋門。
二の丸と市正曲輪や三の丸にいるゾンビは放置して、極楽橋からいきなり本丸を攻める計画だ。
徘徊しているゾンビに目を配ると、警察服を着用しているゾンビが結構いる。
「ア゛ア゛ーア゛ーだーい゛ヴア゛ア゛ー」
「ヴア゛ア゛ーア゛ー」
警察ゾンビが振り下ろす警棒を避けて、ガラ空きになった頭部をメイスで叩く。
ア゛ーヴー以外にもなにか違う声を発したし、なにより力は弱いものの、警棒を使ったことに驚いた。
防護盾を持つ警察ゾンビはウッドゴーレムの棍棒を防いでみせ、横からきた民間人だったゾンビがウッドゴーレムに抱きついた。連携を取っているように俺には見える。
やはり市内のゾンビは知っていたゾンビとは違う。その差については大阪城を占領してから、ちゃんと調べる予定を立てる。
「アーアー」
ヨタヨタと寄ってくるのは幼児のゾンビ。大人のゾンビに比べて発する声に濁音がなく、幾分可愛らしく見えなくもない。
「ていっ」
だけど幼児でもゾンビはゾンビ。
口を開いて小さな歯で襲おうとする以上は、子供ゾンビを放っておくわけにはいかない。鋭い振りで頭を砕かせ、倒れたゾンビを後方へ火葬するために空間魔法で収納していく。
ここにいるゾンビの多くは普段着のままゾンビ化した。
城門が開かれていた青屋門の外側には崩されたバリケードが残されていて、辺りには警察が使用するライオットシールドや警棒、拳銃に空薬莢などが地面に散乱している。
大阪城は避難場所に適しているので、ゾンビ災害が発生したときに多くの市民がここへ避難してきたと思われる。
なにが起きたかは知らないが、確かに言えるのはここがゾンビによって襲われて、避難した人々は混乱のうちにどこかへ逃げたのか、それともゾンビとなってしまったかだ。
それにしても見回してもゾンビだらけ、ちょっと数が多すぎだろう。ゾンビは腐らないというのは、よく考えたら衛生面と精神面ですごく助かる。
「ねえ、燃やしていい?」
「やーめーてー。木があるから延焼でもしたら大変だ」
うざったそうにゾンビの首を手で握りつぶすグレースの暴言に、俺は慌ててその企みを阻止した。
本当に木々が燃えるかどうかは別として、これだけゾンビが密集していれば、こいつは火炎魔法を乱射するかもわからない。
風魔法で切り刻んだら死体がバラバラになって、辺りへはらわたが撒き散らされるので、それはぜひ遠慮してほしい。
しかたない、ここは新作戦第二弾と行こうか。
「汝らに命ず。撃ちぃ方初め!」
水鉄砲を持つウッドゴーレムがゾンビに目がけて水を浴びせた。
「汝らに命ず。うろたえるゾンビを攻撃しろ」
あたふたと慌てるゾンビへ、メイスを持つアイアンゴーレムが襲いかかる。
これはなにも俺が開発した技じゃない。
以前に奈良でどこかの市役所が貯めた雨水を使った、ゾンビの退治を目撃したので、水鉄砲の射撃は言わばその応用だ。
ただし、これも有効なゾンビ対策であって絶対的な手段じゃない。
ゾンビは慌てるが死ぬことはない。
散水栓などで大量な水を撒けるならともかく、ゾンビの群れが襲撃してきた場合、もだえるゾンビの後方から現れてくるゾンビにやられる可能性がある。
「ア゛ヴーヴア゛ア゛」
「ウォン」
「次から次へと――マジでウゼえ!」
「もう! 燃やさせてよお」
——まいったな。
大阪城内は俺の予想よりも多くゾンビがいるようで、これは腰を入れて取りかかったほうがよさそうだ。
まずは門があった場所に鋼板で作る仮の城門を据えて、外部から新たなゾンビが侵入してこないように備えねばならない。
拠点となる大阪城に着きました。
これまで時間をかけて描写してきたのは拠点を作ることが本作の根幹なら、主人公と周囲にいる人々との関わり合いは欠かせない構成の一部だと考えました。
集団を維持するには信頼関係が必要不可欠かと愚考します。十分に社会経験を積んだ人たちが、強さだけで盲目的に主人公についてくるとは考えにくかったのです。
そういう意味で主人公と拠点で共同生活ができるよう、旅でのイベントを通して、お互いに信頼し合える関係を築きいてきたわけなんです。共有できるモラルが存在しないと、閉鎖的な集団は内部崩壊を起こす可能性があるじゃないかと。
今後は拠点作りを含む展開となっていきますので、少しでも楽しんで頂けるなら、書き手としてとても嬉しく思います。
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