38話 薄汚れた魂は悪魔の好物だった
「どう、まだ見ているか」
「ええ、ものすごく見てきてるわ。ゾクゾクしちゃうわね」
二階が崩壊したスーパーの周りにコンテナのバリケードとゴーレム警備員を配備した。
スーパーに立てこもった人たちは生鮮食品に飢えていたのか、川瀬さんたちは一緒に食事しながら、今までの情報を交換することになった。
大男は少し離れた高層マンションの上からこっちの様子を覗いているらしい。
そこで隠形のローブを着用した俺と、気配が消せるグレースは一旦小型ゴーレム車に乗り、高層マンションから見えないところで下車して、自動運転に切り替える。
離れていく小型ゴーレム車で注意を引かせて、その隙に高層マンションへの接近を図る。追い込み役は俺で捕食するのはグレースだ。
二人だけでの行動なら、冒険者ギルドからヘンタイなご主人様と奴隷ちゃんとからかわれたくらい、阿吽の呼吸で色んなクエストをこなしてきた。
「じゃあ、いくか」
「はい!」
同行者たちと仲良くしているようにみえるが、あれはグレースの擬態だ。
基本的に悪魔族にとって人間の存在はエサでしかないので、彼女の行動原理は俺と生活を送ることにある。
彼女にとって、よりよい生活を築くためには同行者たちが必要なのだから、なるべく死なさないように面倒をみてるみたいなものだ。
「ギャハハハ、バーカ。まんまと釣られてやんの、あいつらはアホだ。
しかしよ、アジトに戻るのは危ないからしばらくはここに籠るか。女はいないのはつれえけどしかたねえ」
屋上から見付けられていることも知らずに、大男は最上階の一室でレトルト食品をのんきに食べている。
男が部屋に入ってから、屋上からベランダへ侵入して行動を監視した。
——こいつは中々狡猾なやつだ。
屋上へ行くまでこのマンションを見てみたが、最上階への階段だけは捨てられたかのように家具や家電で巧みに隠されて、そのほかの階層にいるゾンビには手を付けていない。
たぶんここのほかにも、このような武器弾薬や食料品を備蓄したセーフハウスをいくつか作っているかもしれない。
まさか最上階から侵入されるなんておもっていないらしく、ベランダにある窓は開けられたまま、やつは風で涼んでいる。
こうして人生を楽しめるのは最後となるんだから、せめて食事と食後くらいはゆっくりさせてやる。
「なあ、もういいかな」
「――んな! なんでてめえが!」
いきなり俺が姿を現したことに驚いた大男はベッドから飛び上がった。これでもかと飯を食ったんだから、そろそろいいだろうと思った俺は、ベッドに横たわって寝ようとしたやつの前で隠形のローブを脱いだ。
「それ、撃ってもいいけど効かないよ」
「――くそっ」
ベッドの下に置いてある軽機関銃を取った大男に、俺は事実を述べてあげた。さんざん撃たれた俺が銃器は通用しないことを思い出してか、やつは一転して軽機関銃を掴んだまま、猛然と部屋の外へ逃走し始める。
適切な距離を保ちつつ、俺は大男の後を追った。
やつが地下駐車場へ逃げる気でいるのはわかっている。屋上へ行くまでに、ゾンビがまったくいない駐車場の中で武器や食糧などが積まれてある装輪装甲車が見つかっているからだ。
そこで俺とグレースは二手に分かれた。
「――死ね!」
手りゅう弾を投げてくる大男はやはり頭が良い。
廊下でうろつくゾンビが爆発する音に釣られて押し寄せてきた。
やつは階段を下りながら壁に立てられた廃材を引き倒して、俺の追跡速度を遅らせようとする。万全な準備を怠らないこいつの頭脳にため息が出るくらい、感心させられてしまった。
「汝らに命ず。ゾンビを阻止しろ」
ゾンビの対策に棍棒装備のウッドゴーレム警備員を呼び出す。後は追いつきそうな間隔を維持して降りていくだけだ。
地下車庫への入口はシャッターが降りていて、ゾンビ災害が発生したときに閉められたものだと憶測した。
それでもゾンビの襲来を食い止められなかった。理由は大男が逃げてきた避難階段の存在だと思う。一階にある扉の付近はたくさんの血痕が残されていた。
「――放せ! クソ女!」
「まあ、元気がよろしいこと」
俺が地下の駐車場に着いたとき、すでに大男はグレースに捕まえられていた。
大男は後からグレースにガッチリと搦め捕られて、しきりに手足を動かしてはグレースの拘束から解かれようと暴れてる。サキュバスは総じて豊満な肢体を誇っているので、死ぬまでに少しはその柔らかさを楽しんでおくがいい。
「ねえ、ヒカルン。やっぱりこれは譲らないわよ」
「……はいはい、どうぞお好きに」
「畜生おー、放せっ! 放しやがれえ!」
暴れる大男をグレースがガッチリと拘束中。
その目からはたっぷりと粘り気のある視線で、大男の魂を捕らえて放さないかのように凝視し続ける。
こんなグレースを見るのは随分とひさしぶりだ。
「……なあ、あんた。いったいどんだけひどいことしてきたんだ?
悪魔のグレースに見初められるなんてあんた、ヤバいやり方で人を殺し続けてきたんだろ?」
「あにいってんだ、玉無し野郎が!
こんな気持ち悪い女の手を借りないでおれとタイマン張れや!」
睨みつけてくるクソみたいな大男は、幸せなことにまだ自分の救えない将来を知らない。俺と戦って死ねるなら、それがどんなにいいことやら。
でもこいつがグレースに気にいられたなら、救ってやる気など起きやしない。
――っていうか、お前は先から逃げてばかりでなにがタイマンだ。
「なあ、あんた。人に魂があるのって知ってる? ゾンビになってもそれはきっと残されてるはずだ。
死はね、解脱なんだよ。だから俺はゾンビを殺して、解放させてあげるんだ。
もっとも、魂が見えない俺には、それがどこに行くかは知らないけどね」
「ああっ? あに言ってんだこいつ。
頭いかれてんのかオカルト野郎が」
グレースの束縛で動けない男に俺は話の続きを聞かせてあげる。
「グレースに気に入られてるというのはな、あんたに解放されない可哀そうな魂がいっぱいついてるってことだ。
――逝きたくてもいけない、怨念に囚われている悲しい魂。
それを解放させれるのは神官……それと悪魔だけなんだ」
「キモいやつがあっ! ほざいてないでとっととかかってこいや!」
なにもわかってないやつに、こと細かく説明してやる義理はない。
俺が話し続けるのはこいつに意識させるため、それによって囚われの怨霊が成仏できるとエルフ神官様が教えてくれた。ただ、異世界では成仏という言葉ではないのだけど。
「グレースはね、上位の悪魔なんだ。彼女なら可哀そうな魂から生まれた怨念だけを食らって、怨念から解き放たれた魂は逝くべきところへいけるんだよ。
ただね、それにはあんたのような汚れた魂と体を生贄に捧げる必要があるんだなこれが」
「あ、あに言ってんだお前……」
俺の話を聞き続けていた大男の表情に 青白い恐怖が浮かんでいる。
こういう場合は真実を淡々と、一定の音程で語ったほうが効果的であると、親友だった騎士団長が教えてくれた。本当かどうかは、あまり人を脅迫しない俺には確かめようがない。
「あんたの魂は救われない、悪魔に食い尽くされてなにも残されない。
異世界じゃ一番最悪な死に方と恐れられてるけど、そんな異世界の死を迎えられるなんて、自分の幸福に喜ぶがいいよ」
「お、おい。この女に放せと命令しろ! そしたら仲間にしてやってもいい。
――な、なあ、おれの城には弾薬も女も酒も食べ物もすべてがあるんだ。
だからおれと組めって。梅田を落としたら、ここらへんにいる女はお前にくれてやっからよ。なんならもっと分けてやってもいいぜ」
異様な雰囲気に震え出した大男は、命乞いのようなことを言い出した。少しは俺の話を信じてくれたようだから、ここから先はグレースの独壇場だ。
立ちあがった俺は、いつもより妖艶な魅力をたたえるグレースへ一礼する。
彼女が俺のことをヒカルンと呼ぶときは、出会った頃のように対等な立場に戻ったときだけだ。それが悪魔族のグレースが俺の奴隷になったときの条件の一つだ。
——好きなようにやりたいときは自由にさせてとな。
最上の餌と悦楽が目の前に現れたとき、彼女はいつでも伝説の悪魔に戻れる。
「おい! 人の話を――」
「フレンジー・グレース。遅くなるなら先に寝るよ」
「はーい。一つずつきれいにしていくから時間がかかるわ。
久しぶりのメインディッシュはあ、ゆっくりと楽しみたいの」
忙しく俺とグレースの顔を見ていた大男が、危機を察知したかのようにまた暴れ出した。
残念だがいくら頑張ったところで、人間ではフレンジー・グレースから逃れられる術などあるはずもない。逃走したほかのやつらの後始末を付けるために、俺は出口へ向かってゆっくりと歩き出す。
「お、おい! 置いて行くなって。なあ、おれは強いからかなり使えるってえ!
聞いてんのかおい! 頼むからこいつをどうにかしてく――」
分厚い防火扉をそっと閉める。
これからくり広げようとする惨劇は、正直、目の当たりにしたくない。あれを見たらしばらくお肉が食べられない上、グレースと最低一週間は同衾したくなくなるからだ。
スーパーへ戻る前に、壊されたウッドゴーレムの魔石を回収しながら敵のアジトへお掃除してくるつもり。
久々に素材が少ないオリハルコンで中位魔法が使えるゴーレムでも作って、道中の護衛に当たらせるとしよう。
――オーバーキルになるだろうが、悪人が相手なら遊び心ってやつを忘れちゃダメなんだよね。
——グシャッムシャムシャ
「うぎゃあああ! いて以てええ! やめろおー! 食わないでくれえ!」
「こんな短小な一物、喰い応えないわねえ。次は右腕ね」
グシャッボリバリ
「ガアアッ! たすけてだれかたすけてええ」
「まあ、あなたにもそんなセリフが言えるのね。ほら、この子が私もそう言いましたって言ってるのよ?」
「おれが悪かった、謝るから許してくれ! なあ、お願いだから殺さないで食わないでくれえ!」
「うふふ、いい響きだわ。この子たちが喜ぶからもっと鳴いてちょうだいね」
グシャッボリバリ
「グワアア! たすけてかーちゃんゆるしてえ、だれかたすけギャアアーー!」
グシャッボリバリ——
血染めの凶魔は獲物を美味しく召し上がってましたとさ――
作品自体は娯楽小説なので、勧善懲悪するような書き方はしない方向で筆を進めました。
そのためにこの話のお終いは主人公が自ら処刑するよりも、人ではない悪魔に魂ごと喰われたというファンタジーっぽい結末で終わらせました。
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