37話 狡猾なボスは逃げ足が速かった
「ゾンビっ子と一緒、小うるさいのは焼くに限るわ」
魔法の攻撃で燃えさかるマンションを機嫌よく眺めてるグレースはなぜかドヤ顔で頷く。
大男たちヒャッハーさんは反撃することを忘れたかのように、炎に包まれるマンションを見つめたままに立ち尽くしてる。
「やっちまったかあ」
彼女の行動を同意したのは俺なんだから文句の言いようはないが、ちょっとは手加減してほしかった。
グレースに気を取られた俺はゾンビと戦闘中の男たちの声に隠されて、後ろから忍び寄る気配に気が付かなかった。
「死ね!」
なにかの鈍器でしたたかに頭を殴りつけられた。
「よくやったぞ、御手洗さんよ」
「どんなもんじゃい!」
「いった――くはないけどびっくりしたな」
大男がだれかを褒めている声が聞こえる。なにで殴ってきたかは知らないけど、対魔王戦用のバリアだからそんなもので効くはずがない。
後ろへ振り返ると中年のおっさんが開いた口で俺を見ていた。
「な、なんじゃお前は!」
「なんじゃと言われても……」
ため息をついてから引き金を絞る。
目の前で爆散したおっさんから血や肉片が飛び散り、至近距離だったので避けることはできなかった。
音を立てて地面に落ちた武器は鉄パイプだった。
「うへー、気持ち悪っ」
「撃て撃てええー」
「くるなくるなああ」
「ア゛ア゛ーじーね――ヴア゛ア゛ーア゛ー」
呟く俺へ大男は攻撃の続行を男たちに命じたものの、ゾンビとゴーレムに襲われている彼らに命令を聞くだけのゆとりがない。
――それよりも、今ゾンビが死ねって言わなかったか?
やはり市内にいるゾンビはこれまで見てきたゾンビと違う。これは要観察事案だ。
「やっと来たか」
大男の視線を追うと、炎上する装甲自動車を押し退けるように、2台の装輪装甲車がゾンビを轢きながら駐車場の中へ入ってくる。
装輪装甲車に装備してある自動てき弾銃から吐き出されるてき弾は俺の周りで炸裂して、おもわず顔を庇うように腕を上げてしまった。
「そいつを撃ち殺せ!」
装輪装甲車の車体後方にあるドアが開いて、小銃を武装した男たちが大男の指令に従って俺を銃で撃ってくる。
お返しとばかりに大型魔弾ガンでそいつらを爆散させた。
銃弾が雨あられと飛んでくる中、弾が落ちていくだけでまったく無傷な俺を恐れて、一部の男が後ずさりして逃げようとした。
「なんだこいつ、なんで銃が効かないんだよお」
「うわあああ! くんな! くるんじゃねえ!」
「ありえねえ、こんなのありえねえ」
ゴーレムに射殺され、ゾンビに食い殺され、すでに襲撃した男たちの数はだいぶ減ってしまってる。
俺が反撃する間に、突如2台の装輪装甲車が猛スピードをあげて、駐車場から府道へ脱走を果たした。
「おい、逃げたぞ!」
「――アッくんが逃げた?」
「置いて行かれたぞ」
「逃げろおおー」
「うわあああ」
その光景に釣られて、まだ戦っていた男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。動ける装甲自動車は乗車しようとする男たちを見捨てて、逃走した装輪装甲車を追いかけ始める。
「――待て。あの男ならまだ近くにいるわ」
「え?」
ザコをいくら潰したところで、大将首を取らなければ再起する恐れがある。そのために俺はあの大男を逃がしたくなかった。
装輪装甲車を追いかけようと、小型ゴーレム車に乗り込むつもりで扉に手をかけた俺の行動をグレースは言葉で止めた。
「大丈夫よ。あれはわたしがほしいから逃がさないわよ」
「……」
悪魔のグレースがほしいと言い出したということは、あの大男はかなりの大物だ。
見捨てられた男たちはゾンビが追いかけてくれるので放っておいても大丈夫。装輪装甲車や装甲自動車は拠点へ逃げ帰るかもしれないから、犬型ウッドゴーレムに追跡させ、逃亡先のアジトで処理すればいい。
そうと決まればゴーレムに車列の警備を当たらせて、俺とグレースが大男を追いかける。
「汝らに命ず。車を追いかけろ」
稼働中の犬型ウッドゴーレムは33体。
ゾンビ犬に備えるために15体をここに残させて、そのほかは逃走した車を追跡させた。
あっちから仕掛けてきた戦い。最後まで俺と戦う義務があるので、見つかる限り殲滅してやるつもりだ。
「汝らに命ず。死体を道に積め。終わったら引き続き警備しろ」
ミスリルゴーレムがやってくるゾンビを排除しているため、ウッドゴーレムに周囲の整理を当たらせた。
戦闘の後はいつでもひどい匂いが漂うもの。川瀬さんたちには俺が戻ってくるまで、待ってくれるように無線でお願いしておこう。
「ねえ、早く追いかけようよ。あなたに任せたのだけど、あれは絶対に美味しいやつだわ」
「はいはい」
催促してくるグレースに苦笑しながら、俺は無線で連絡するために小型ゴーレム車へ近付く。
「あのう……ちょっといいですか」
「――はい?」
声に釣られて後ろに振り返ると、そこには軽機関銃を抱えた若い女性が立っていた。彼女の後ろにあるスーパーの開かれた入口から、数人の男がこっちへ視線を向けてくる。
「芦田くん、怪我はないか?」
ミスリル製の大型ゴーレム車は堅固な守備力があるので、特に注意を払っていなかった。そのために川瀬さんたち車両リーダーが降りてきていることに気が付かなかった。
——こうなればここで話したほうが早いか。みんなの安全対策に港で大量に取ってきたコンテナを使おう。
「まったく無傷ですよ。
――スーパーの入口を囲うようにコンテナでバリケードを設置するから、この人たちの話を聞いてやってくれませんか?」
「はい?」
指で指名された女性は目を開き、忙しく首を動かせて俺と川瀬さんたちへ視線を向けてくる。
朝のうちにいつもより多めな食料品は各車へ置いてきたし、スーパーにいる人たちはヒャッハーさんにみえそうになかったので、ここは川瀬さんたちに一任しても大丈夫だろう。
それよりもグレースの頬がふくらんできたから、今はあの大男の行方を追ったほうがいい。
作中で主人公がヒャッハーさんに対する行動原理は敵対行為の有無と危険度の高さを基づくもので、そのためにヒャッハーさんたちからのアクションを待ちました。異世界で主人公はそれなりに戦闘経験があると設定してますので、戦闘のときに正義感や倫理は優先順位になく、あくまで敵対勢力をできるだけ撃滅することに専念すると想定してみました。
明日はヒャッハーさんボスと決着をつけます。宜しくお願い致します。
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