35話 罠に飛び込むのも策略だ
遠くから女性の悲鳴が聞こえてくる。あれは死を前にした絶望感からの叫びだ。
「一人消えたわね」
「そう……」
前方を行くミスリルゴーレムが、ビルや家屋から出てくるゾンビを撃ち倒す。辺りからピリピリした雰囲気を俺とグレースは肌で感じ取っていて、今日はこれまでにない悪意に満ちた戦いになるだろうと予測した。
外の様子が見れるように、各ゴーレム車に防弾ガラス付きの小窓を取りつけた。
これまではゾンビの討伐シーンが見えないように配慮してきたけど、今日は同行者たちに見てもらったほうがいいと思ったので、川瀬さんたちの同意を得た上で設置した。
ゾンビは人を殺す、だけどそこに殺意があっても悪意はない。
人間はゾンビと違って殺意だけではなく、快楽を求めるがため、悪質な意識を伴う場合がある。しかもそういう輩は往々として、冷酷をもって淡々と人を殺せるから、その業の深さゆえに救いの無さを笑うしかない。
もっとも、そういう輩に救いなど必要はない。
「くるわ。それも多くの人間ね」
警告を発するというより、淡々と事実を述べるような口調のグレース。
悪魔も快楽で人を殺める。
ただ悪魔の場合は淫楽を愉しむ外道で魂ごと貪り尽くす悦楽を味わうので、グレースが自ら望んで手を下す輩は、いわく付きのやつばかりだ。
他の者を己が獲物と狙う場合は、自分もまた獲物として狙われてることに、想像力を少しだけ働かせばわかるはずなのに、そういう輩は自分の立場を知ろうとしない。
俺から言わせれば、自分だけが永遠に上位でいられると思わないことだ。
「強い悪意よ、きたわね」
たまに全焼した住宅を目にしながら前へ進み、道の左右を警戒している中、いきなり車列がまばらな銃撃を受け始めた。
「汝らに命ず。反撃するな」
受信機を付けた砲台型ミスリルゴーレムに無線機で伝令した。
襲撃をかけてきたやつらの狙いが知りたい。
そのためにやつらから明白なアクションが起きるまで、こちらの力を示すつもりはない。あくまで鴨が葱を背負ってやってきたというイメージを抱かせる。
装甲を施した数十台の自動車が交差点から現れた。
「どこに行くんだ? 案内してやろうか? ぎゃはははー」
「地獄三丁目にようこそおいでなすった。アハハハ」
「怖いか? なあなあ、怖いか?」
「いい女を乗せてんじゃねえか、紹介してくれや!」
中にはルーフに重機関銃を装備した四輪駆動車まであって、こいつらは中々の重装備をお持ちだ。
車列を挟むようにそいつらは、品のない声で叫びながら空へ向けて銃を撃ち、しかもご丁寧にこっちの進行速度に合わすようにスピードを落とす。
やつらは俺たちを驚かそうと、見せびらかすように時々木造の住宅へ銃撃をくり返し、火炎瓶を投げてはボヤを引き起こす。
——リアル世紀末ヒャッハーさんに、マジでぞくぞくと興奮しそうだぜ。
『だ、大丈夫か、芦田くん』
「大丈夫ですよ、心配しないでください」
無線機の向こうで川瀬さんの震える声が聞こえてきた。全車が俺と川瀬さんの会話を聞くことができるため、彼らを安心させるためにいつもの声音で彼を慰撫した。
『な、なにが大丈夫だ。撃たれてるんだぞ、早くなんとかしろ!
こんなことになるならついて来るんじゃなかったわ』
各車のリーダーではなく、だれかが怒声をあげたのであろう。そりゃこうして通話している間にも相手から絶え間のない銃撃が続いているから、怖がるのはしかたがない。
『静かにしてくれ、あんたが騒ぐとみんなが不安になる。
――ヒカルくん、すまない。こっちでちょっとした混乱が起きてるんだ、気にしないでくれ』
「気にしてませんよ。今までと同じ、ちゃんと皆様をお守りしますので心配しないでください。
それと混乱が拡散しないように、無線連絡はここまでとしますね」
別の大型ゴーレム車リーダーへ滝本さんが代わりに叱ってくれた。各車への無線を切った俺は車外の様子を窺う。
十数体のウッドゴーレムが銃撃で壊されてしまった。
やつらもそれで気を良くしたのか、ウッドゴーレムを集中的に狙って射撃し続ける。やっぱり異世界と同じように、防御力が低い木質のゴーレムは、対人戦闘時の警備に当たらせるべきではない。
ゴーレムの残骸はここに置いて行ってもいいのだが、魔石だけはちゃんと後で回収したい。下位の魔石を惜しむというより、異世界の物を無造作に置き捨てにしたくない。
やつらの誘導に従ったまま、やってきたのは廃車や廃材で厳重に防衛陣地を築いてるスーパーだった。柱や壁に多数の弾痕が見られ、割れたガラスの内側は鋼板で補強したことが見て取れる。
駐車場で停車した俺たちをよそに、やつらは目まぐるしく府道で車を走らせてる。どうやら攻撃するための位置取りをしているみたいだ。
やつらが動いている間に俺も準備を済ませようと、ゴーレム車の中で貴重な魔道具を身に着けた。
これは対魔王戦で特別に創り上げたバリア発生装置、弩級戦艦の艦砲射撃を受けたところでびくともしないはずだ。
『——やあ、初めましてえ。どっから来たかは知らねえけどよ、わざわざきてくれてありがとう』
防弾チョッキを着た大男が、重機関銃を装備した四輪駆動車のルーフに取りつけた鋼板の向こうから、メガホンを使ってあいさつしてきた。
『手っ取り早く話を付けよう。
武装解除してそのロボットを止めろ。死にたくなかったら抵抗するな。
ちょっとでも抵抗してみろ、ハチの巣ってやつにしてやっからよ。ギャハハハハ』
舌なめずりしながら、下品そうに笑う大男は勝ち誇ったように脅迫してきた。これまでの行動を観察した結果、こいつらは暴力の行使に慣れてると直感した。
車から降りて、ちょっとはからかってやろうかなと思い浮かんだとき、スーパーの中から銃撃音が聞こえてきて、大男の前にある鋼板が甲高い音を立てた。
『……おいおいおい、いきなり撃つのは卑怯だろ?
おれたちは立派な民間人だぜ、自衛隊ちゃんよ』
「今すぐ引き返しなさい!
これ以上ここに手を出すことは許しません!」
大男の揶揄に反応して、スーパーの中から女性の怒声が聞こえた。
『今まで何度も見逃してやったけどよ、今日は容赦しねえからそのつもりでな。
お前がおれの女になるなら、命だけは助けてやってもいいけどよ』
「ほざいてなさい、ケダモノ!」
『もういいや。お前らも車に乗ってるやつらもまとめて獲物だ。こっちの温情を受けねえならさっさと死ねや』
会話を聞いていると、どうやらスーパーに立てこもる人と、ヒャッハーさんたちの間には因縁があるように感じられた。
――迷い込んできた俺たちがここへ誘い込まれたのは、決着をつけるために張った罠へついでに落としてやろうといったところか。
大阪城に住むつもりなら、こういう害虫を早めに駆除しておいたほうがいい。
放置したままにしたら、こういう輩はいずれか必ずやってくる。
それなら今のうちにプチっと潰したほうが得策だ。
まずはヒャッハーさんたちのターンです。
ご感想と誤字報告、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。




