34話 ゾンビの世界は自由の楽園だ
今回は敵の視点です。ご気分を害するような描写がありますので、飛ばして頂いても本編には影響しません。
「大集団でロボットを操ってるだあ? おいおいおい、ゾンビがいるからイカレたのはわかるけどよ、脳みそまでSFに浸ってんじゃねえよ」
89式小銃を片手で持つ身なりが小汚い中年の男が、陸上自衛隊のヘルメットを被った若い男の頭を特殊警棒で殴りつけた。ヘルメットから大きな音が立て、若い男は衝撃を受けた痛さで苦痛な表情をみせる。
「っ痛えなあ……
――違いますよ。ほら、スマホで今朝の証拠写真を撮ってきたんだ、見てくださいよお」
「なんだなんだ、見せてみろ。
――おいっ! いい女がいんじゃねえか」
「もう、ちゃんと見てくれよ。ロボットみたいなのがいっぱいいるでしょう?
――女は前みたいに独占して壊さないでくださいよ」
「ロボットかなんかしらんが、こっちは自衛隊を潰して手に入れた武器が大量にあっからよ、前みたいに皆殺しだ」
中年の男が小銃を上へ掲げる。その仕草に男の周りにいる武装した男たちが一斉に笑い出す。
「あははははは」
「女はほとんどいねえからちゃんと残せよ」
「可哀そうなやつらだ。こっちに来なかったら生き残れたのによ」
「カモネギってやつか?」
「ゾンビに食われる前におれらが慈悲深く殺してやっから、これゼンコーってやつだ」
「てめえがヤるのはインコーだろうが、ロリコンスキーがほざくなよ」
狩猟さながらの雰囲気に全員が血の気に酔い痴れている。
ミニミ軽機関銃や対人狙撃銃など、武装する銃はさまざまだがすべてが軍用品、中には肩に個人携帯対戦車弾を担いではしゃぐ若者が踊っている。
「俺らはついてるぜ。ショッピングセンターに籠ってるやつらを今日こそつぶそうって用意してたらよお、変な車に乗ってきたやつらがボーナスで狩場に入ってきやがったぜ」
「おおーーーっ!」
宣言する中年の男の言葉に全員が興奮して声を張りあげた。
勢いよく酒をあおる男、嫌がる隣の人を叩く男、椅子を蹴り上げて絶叫する男、窓から外へ向かって小銃をぶっ放す男と、まるで錯乱したかのように気勢をあげる様子が部屋の中で大きな音を響かせる。
「――うっせええよ、朝から静かにしろや!」
2メートルに届く大男が窮屈そうに裸体で奥の部屋から出てくる。
右手でにぎっているのは壊れた人形のように脱力したまま引きずられて、抵抗する様子がまったく見られない全裸の女性だった。身体中にひどい暴力を受けたであろうの青あざと血痕が至るところにあって、長い髪を垂らしたままで顔がまったく見えない。
「また潰したのかよ、アッくん。大事にしてやれよ、一日で一人の女子高生はやりすぎやろ」
ニヤニヤして笑っている中年の男の表情は大男を咎めるふうにはみえない。
言葉をかけられた大男は動かない女性の腕を引っ張り上げると、眠たそうな目で見てから、ものを捨てるかのように女性を部屋の真ん中へ放り投げる。
「知らねえよ、一晩だけだっつっのによ、耐えられなかったJKちゃんがわりぃんだよ。
――そのゴミ、捨てて来てくれや」
嫌そうな顔で気の弱そうな男が横たわっている女性の死体を気持ち悪そうに抱きかかえてから、窓辺へ行ってから外へ放り出した。
「向こうの準備はできてんのか? 今日は自衛隊の残党をぶっ殺して、スーパーから全ての物資と女を補充すっからよ」
「ああ、機関銃も無反動砲も位置についてるぞ」
アッくんと呼ばれた大男は大きなソファーに裸のままでどっしりと腰を下ろすと鷹揚に足を組んだ。
「人は?」
「昨日の夕方から待機してる」
中年の男から報告を聞いた大男は専用ソファーの横に置いてある缶コーヒーを取り出して、眉をひそめて一気に飲み干した。
「あー、まっずぅ……よぉし、ケリがついたら梅田の制圧戦開始だ。
――それと、自衛隊のやつらはなるべく生け捕りな。あいつら、ここで縛り首にしてやっからよお」
「おうよ」
中年の男と打ち合わせた大男はお代わりのコーヒーを取ろうとしたときにヘルメットを被った若い男がカメラと化したスマホを差し出す。
「アッくん、昨日の晩にこれを見つけてきたんですけど……」
「なんだコレ……お? 新しい獲物か」
おずおずと差し出されたスマホを見る大男は若い男にとびっきりの笑顔で被ってるヘルメットを力強く叩いた。
「――やんじゃん。なあ、コレどこで拾ってきたの?
ヒョー、JKちゃんウジャウジャいんじゃん?
で、監視はつけてんの?」
「はいっ! さっき外に捨てたガキの母ちゃんに無線機を持たせました。
あいつ、言われた通りにするから娘に手を出さないでとか言ってましたから」
「そうそう、使えないババアはそうやって役割を与えてやんのがおれたちのお仕事。
死んだのはJKちゃんが悪いし、ババアは仕事さえすればゾンビに食われたって関係ないし」
大男にヘルメットをぐりぐりと撫で回された若い男は、あまりの力に身体ごと揺らされている。
「なあ、褒美はなにがいい?」
「こ、この女がもらえれば」
卑しそうに笑う若い男が指さしたのは画面の端で映ってる薄着姿の豊満な外国人女性だった。
「あー、おめえ、それ俺が――」
「まあまあ、御手洗さんよ、独り占めしないでたまには回してあげなよ。それがコーヘーっつうもんだろうが。
しかしあんたらの趣味わからんわ、女っつったらJKだろうが。趣味わるすぎ」
文句を言い出そうとする中年の男に大男は片手をあげて発言を制した。
「でもこいつらなんか変です。ロボットみたいなのを連れてるし、車は変――」
「心配すんなって、ゾンビより変なやつなんていねえだろ?
せっかく見つけてきてくれた獲物を逃すのはもったいねえよ」
ここにいる全員が口を噤んで大男に注目する。
「おれたちはゾンビだろうと自衛隊だろうとなんでも潰してきてやったんだ。こんなの、いつものように銃で脅して人質を取ってやりゃいいんだよ。
なあ、そうだろ?」
「おおおーーーっ! アッくん、マジ最強っ!」
全員の雄叫びに全裸の大男は満足そうに笑ってからなにか閃いたように口の端を吊り上げる。
「いいことを思い付いたぜ……
プラン変更だ! こいつらを今日の狩場へ誘い込んでやっからよ、待機しているやつらに連絡を入れろ。スーパーにいるアホたちを使って、狩られた獲物の末路を見せつけてやる」
大男は服を着るために奥の部屋へ引き返した。
ゾンビ災害が始まって以来、大男は人手をかき集めては付近一帯を制圧してきた。なにをしてもだれからも咎められることなく、力のあるやつだけが生き残れる状態を彼はかなり気に入っている。
途中でここから出て行ったアホなやつらは梅田に行ったが、野垂れ死にもしないで力をつけてきている。
裏切りは許さない。あいつらから物も女も奪った上に苦しんだ上で死んでもらうと大男の鼻息は荒い。
自衛隊によって守られてたスーパーに立てこもる人たちが集めた物資を手にすれば、彼は次の目標となる梅田へ遠征する計画を立てた。
幸い、この前の攻撃で自衛隊の生き残りを殺すことができた。
残りは自衛隊から射撃や体術を学んだ女子高生、通称自衛隊ちゃんを倒せばスーパーは落ちる。
今日はいい日だと大男は上機嫌で防弾チョッキを身に着ける。
手こずらせたスーパーを今日中に落とすための手は打ったし、おまけに女と物資をたくさん持ってそうな避難者が自分から狩場へやってきた。
愛用するミニミ軽機関銃を取り上げて、腰にある拳銃入れに手を当てて拳銃が入っていることを確認する。
大男は新しい女が手に入ったら、拠点にいるボロ雑巾のような女たちを捜索のときに使う囮に回そうと心に決めた。
ヒャッハーさんたちの話でした。許される環境にいれば、人はどこまでも残酷になれるのかもしれません。
明日は主人公とこのヒャッハーさんたちの直接対決です。
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