33話 魔法を教えるのは危険だ
「石が足りない。石材店でかっぱらってくるべきだった」
「へ? なんですか老師」
「なんでもないよ。
――タケ、今日は車内で寝るように伝えてきてくれ」
「はいっ!」
やっとの思いでゾンビの襲撃を退けたので、今日は進路上にある小学校のグランドで休むことにした。
災害による休校のためか、幸いなことに小学生のゾンビが襲ってくることはなかった。
円陣を組んだ車列の外で45体のスチールメイス持ちミスリルゴーレム、125体の棍棒持ちウッドゴーレムに50体の犬型ウッドゴーレムが警備に当たってる。
夜陰に紛れて忍び寄るゾンビは厳重に敷いた守備体制によって倒され、動かなくなった死体は30体のウッドゴーレムの手でグランドの端に運ばれる。
タケこと鈴谷武雄は俺の押しかけ弟子。
本人は熱望しているけど魔法を教える気はないので、この世界には魔法が使えるための魔道具がないとうそを言い聞かせた。
俺はクソッたれ神によって異世界へ転移させられ、そのときにゲームのステータスに合わせて魔力をもたされた。異世界の人々は初めから魔力持ちで生まれるのに対し、俺たち転移者は詰め込まれた魔力持ちだ。
親友の騎士団長がいうにはアンデットを省いて、生き物が形を成してから魔力を増やすことはできない。信じていない俺たちへ証拠として、ゴブリンを使った試験をみせてくれた。
魔力を注入されたゴブリンは、魔力に耐え切れずに体が破裂してしまったのだ。
そういう経緯があって、俺はこの世界で人体を使った試験をするつもりがない。
魔法を使うには体に魔力がいる。こっちの人間は魔力がないので注入しなければならないが、その結果が死につながるのなら、初めからしないほうが絶対にいい。
それに魔法は言わば一種の武力。
それが法に縛られない今の世界で、人間がどこまで自律することかできるのか、俺にはわかるはずもない。教えたのはいいがヒャッハーさん増殖に繋がってしまったら、それこそ目も当てられない。
だからこの世界で俺は魔法を広めるつもりはない。
その代わりに手が空いているときは、彼と妹の佳苗ちゃんに異世界で学んだ武術を伝授してる。
「先生! 今日も組み手、お手柔らかにお願いしまーす」
「ああ、任せてくれ」
「老師! 今日こそ奥義•飛翔強竜脚をお授けくだされ!」
「タケ、そんな奥義はないから」
川瀬さん所の長男の翔也と高校の生徒会長である山岡玲人たち高校生も、なぜか積極的に参加している。
こんな世の中だ。自力で危険を排除するのはいいことだから、学びたい人がいれたら教えるのはやぶさかでない。
今朝の襲撃で、素材が軽いウッドゴーレムでは多数のゾンビをさばくことができないと確認できた。ゾンビをナメてたおれの判断が甘かった。
金属製のゴーレムなら制圧されることはないが、作れる数が少ない。そのために中間の素材となるストーンゴーレムが必要となってくる。
「そこら辺に落ちてた石を持ってくるべきだったなあ」
グレース任せだった俺は石を備蓄することを怠っていたために、すぐに多数のストーンゴーレムが作成できない。
異世界の石材なら多少はあるけれど、あれは魔法起動の触媒用だ。下手したら魔力暴走を起こすストーンゴーレムが出来上がってしまう危険性があるので手が出せない。
ストーンゴーレムはあったらすっごく便利だが、大阪城はすぐ近くにあるので、同行者たちに拠点の開拓を手伝わせるためにも今はとにかく入城することが先決だ。資源の回収はその後になる。
「老師、川瀬さんからお話があると」
戻ってきたタケが円陣の真ん中で、夜警に当たる俺に声をかけてくる。なんでか知らないが、この頃はタケがこうしてお取り次ぎみたいな役割を担っている。
川瀬さんや滝本さんたち車両のリーダーは、タケに声をかけてから俺と話すようになった。
何度か普通に話してきたらいいのにと言ってあげたにもかかわらず、こうしたほうが気が楽なんて返された日にはなんも言えなくなった。
そもそもみんなが呼んでくる総リーダーという役職ついた覚えがないし、和が乱れない程度、好きに生きればいいと俺は考えている。
「まあ、気にするほどのことではないので、わざわざ改めることもないでしょう」
そう自分に言い聞かせた。
「今日はご苦労さん。
ゴーレム車の中から見てたけど大変だったじゃないか」
「そのことで川瀬さんからみんなに伝えてほしいことがあるんですよ。
前に伝えたように、ここに居るゾンビは以前に比べて賢くなってるというか、強くなったのは確かなんです」
「……そんなにか」
「ええ。団体プレイしてくるし、なにより物を持って襲ってくるんですね」
唖然とする川瀬さんに、俺は襲撃の最中に木の棒を持ったゾンビたちがいたことを思い出した。
動きこそただ振り回してくるだけだったが、都市部のゾンビは田舎のゾンビと明らかな違いをみせた。これは警戒すべきことなのだ。
「そんなわけで今後のゾンビ対策は考え直そうかと思ってますが、先に大阪城入りしようかと思ってます。
そこで今まではゾンビを排除した町で自由行動を許可してましたが、今後は確実な安全が確保されるまで、ゴーレム車から出ないように皆様に通達してもらえますか?」
「わかった。それは任せてくれていい」
力強く頷いてくれた川瀬さんが頼もしい。
生駒山を越える前に同行者から17人が市役所行きを選んだ。川瀬さんたちが自主的に団体の規律を運営していることは知っているし、そうしてくれることで俺もだいぶ楽になっている。
本当にありがたいことだ。
誘い出したのは俺だから、大阪城にたどり着くまで同行者から犠牲を出したくない。
「牛乳、飲んでいくか?」
「いただきます」
川瀬ファーム生産の牛乳は味がとても濃厚でウマすぎ。これが飲めるだけでも川瀬さん一家を誘ってよかった。
「おは――」
「気を付けてね。昨日の夜からずっと覗かれてるの」
「は?」
深夜に夜番のグレースがなぜか薄着でグランドをうろついてた。俺も眠たかったので、グレースには好き勝手にさせていたが、なるほど、偵察するための行動だったのか。
「今でもか?」
「そうよ、もうしつこいくらいに悪意で見てきているわ。
ぞくぞくしちゃうの」
これは警戒度を高めたほうがいい。
万が一に備えて各車に積んであったバリアの魔法具を起動させておこう。グレースが視線を感じたのなら、対人戦に備えることが正解なんだろう。
「おはようございます」
「芦田くん、おはよう」
「おはようございます、老師」
「みなさん、おはようございます」
円陣の中には顔を洗う人や朝食を各車へ配る人が行き交っている。いつもならここで警備するゴーレムを交代させる時間なのだが、今日はこのままで出発する。
「滝本さん、おはようございます。ちょっといいですか」
「おはよう、芦田くん。朝一からなんか用かい?」
子供たちに牛乳を配る川瀬さんが忙しそうにしているので、手作りのウィンナーを頬張る滝本さんに声をかけた。
「今日は大阪城につく予定です」
「もう着くか。遠い道だったな。前なら電車で――」
「途中で不慮の事故に巻き込まれる場合があるかもしれません。
そのためになにがあっても、ゴーレム車から出ないように皆様に厳重に注意してもらえますか?」
「……」
雑談して来ようとする滝本さんを遮るような形でお願いを伝えた。彼は俺の目をジッと見てきてから、首を縦に振った。
「穏やかじゃなさそうだね。
――わかった、みんなにちゃんと伝えるよ」
足早にこの場から去る滝本さんを見送り、俺の後ろに男性の注目の的となっている薄着姿のグレースが 手のひらで頬を撫でてくる。
「ねえ、今日は暴れられるかしら?」
「……そうだな。危なくなったらそうしてもいいよ。
でも上位魔法――特に範囲魔法は禁止な」
「いやん。マスター大好きよ」
薄着なんだから、密着するグレースの柔らかさがダイレクトに伝わってくる。この光景にタケを含む多くの男性が歯ぎしりしながら羨ましそうに睨んできた。
お前らはわかってない。グレースがマスターと俺を呼ぶときはバトルモードに切り替えた証拠だ。
こういうときのこいつは美女の皮を被った危険極まりない野獣ということを、あんたたちは運悪く目撃してしまうかもしれない。
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