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30話 生きようと思った日も晴れだった

引き続き生徒会長の視点です。




 視聴覚室に入ると入口を塞ぐために、大急ぎで室内にある段ボール箱を入口の前に積み上げた。


「山岡くん、ほかの生徒は?」


「わかりません。とにかく今はここにいるみんなを助けなくちゃ」


 小早川先生の問いかけに僕はそう答えるしかない。


「逃げてええ!」

「そっちへ行くなっ」

「だれか助けてあげてよ」


 窓からグラウンドを見下ろす生徒たちは、ゾンビに襲われている同級生を見て泣き叫んでいる。だけど僕らは自分たちを助ける以外になにもできない。



「たすけてえええ――ぎゃあああー」

「ウォン! ウォン!」

「くるなくるなく――やめろおお!」

「ア゛ーヴーア゛ア゛ー」

「おかあさん、たすけてよおかあさん――いやあああっ!」



 校舎の中からも悲鳴が聞こえるようになった。


 扉を塞ぐために積んだ段ボール箱を退かせて、みんなを助けに行こうと思考が働くけど体はまったく動かない。それは僕だけじゃなく、ここにいるみんながそうなってる。


 泣き続けている小早川先生が這うように入口へ行ったけど、アンモニア臭を漂わせてる彼女は、段ボール箱に手をかけたまま動かなくなってしまった。



「お母さん……たすけて……」

「ヒー……ヒュー」

「ア゛ーヴア゛ー」


 同級生たちの悲鳴とゾンビの唸りが鳴りひびき、だれも窓辺へ近付こうとしなくなった。


「うぐ……うう……」


 扉の向こうでゾンビに変わろうとする生徒の呻吟が今でも聞こえてくる中、生者がいる室内で、だれもがただただ泣いていた。




「ア゛ーア゛ー」


 グラウンドと室外の廊下で、同級生や先生だったゾンビが徘徊し続けてる。


 今となって、町の捜索から戻らなかった総務主任の英断に感謝している。僕らはここに運びこまれた非常食で食いつないでる。


 段ボール箱の中に災害用浄水器があったので、雨の日は半分に切った空のポリタンクを窓から突き出した。貯めた雨水は浄水器で飲み水にもなるし、体を拭くための水にも使える。



 最低限度のプライベートを考えて、空になった段ボール箱を使って、部屋を縦方向に分けるための仕切りをつくった。扉のある側は男子生徒がいるスペースだ。


 柱のところに一人が横たわれるくらいの小部屋を作っておいた。僕らみたいな若い男はどうしても()()()ので、一人用の密閉室はあったほうがいい。



 最初の頃は女子が恥ずかしそうに、排せつ行為の音を聞かないでとか言ってたが、そのうちに排せつする音がだだ漏れとなった。


 正直なところ、たとえその現場を見たところで性欲なんて湧かないし、衝動にかられた男子はぼくらが取り押さえた。


 密室での団体行動はなにかのきっかけで崩壊してしまう。実際、体育館でそれが起こったんだから、僕の意見にみんなが従ってくれてる。



 排せつ物は窓の外へ投棄。


 小説愛好家の男子生徒が中世のテンプレと叫びながら排せつ物を捨てた。それでもやつは視聴覚室にあった筆記用具で小説を書いてくれてたので、反論する人はいなかった。


 電気が切れてしまい、スマホが使えないため、娯楽に飢えるみんなは男子生徒の書く小説を待っていたのだ。



 一回だけ見せてもらった。異世界へ転移した主人公がチートという力で強くなるとかなんとか、僕にはその設定がよくわからなかった。


 その前にトラックに轢かれたら普通は死ぬと思った。



 一階へ投棄された排せつ物からは、香ばし過ぎる臭いが立ち上ってきた。辟易した僕らは空になったポリタンクに入れたり、水で薄めたりと消臭するように努めたが、そのうちに無駄なあがきはやめてしまった。


 ポリタンクは雨の日に水を貯める大事な資源だし、水も使い捨てできるほど多くはない。



「自分のう○こだ、我慢しようぜ」


 とある男子が悟りを開いたような顔でみんなに提案したので、その通りだなと僕も思った。採用された最終案はフンだけをビニール袋に詰めて、なるべく遠くへ投擲することだ。


 あれから う○こ投げが毎日の日課となった。




「山岡君は強いね。さすが生徒会長」


「そんなんじゃないんです」


「ごめんね、先生が頼りなくて――」

「ループになるからその話は、はい終わりっ!」


 刃物などの利器はぼくが管理してた。自殺しようとした女子生徒がいたためだ。



 これは生き残るための行動じゃなく、死なないために精いっぱいの抵抗だと僕は自分に言い聞かせた。だれかが死んでしまうと、連鎖的に自殺が起こるかもしれない。


 窓辺は室内にあった折りたたみテーブルを並べて、用事がない限り、近付かないようにルールを作った。



 飛び降りて、その場で死ねたら幸せのほうだ。中途半端な大怪我して、生きながらゾンビに噛みつかれるなんて、僕が生きているうちにその光景をみたくはない。


 目を閉じてそのまま眠りにつく。



 ——起きたらいつもの日常に戻ってくれたらいいのに、僕は北陸にあるあの大学で工学を学びたいんだ……




 死への日常はみんなの混乱と共にいきなりやってきた。

 生への日常は大嫌いなはずだった騒音とともに現れた。



 見たことのない箱型の車両がグラウンドへ入ってきた。


 窓辺でそれらを見つめる僕らの目の前で、一人の男に連れられた人型のロボットたちが、僕らの先生や同級生だったゾンビを殲滅していく。



ゾンビの頭が男の持つ大きな斧で切り落とされる。

ゾンビの体を女が手から出す炎で焼き殺している。

ゾンビ犬は木の色をした犬に噛まれて動かなくなる。



「……リアル無双じゃん」


 男子生徒のだれかがそう呟いた。


 段ボール箱の間から扉に耳を当てて、戦闘による騒音に反応して廊下にいたゾンビやゾンビ犬がグラウンドへ誘導されたようだ。



 ――これは助かるかも……



 暇つぶしに作った槍はある。


 まずは少なくなってきた段ボール箱を扉の前から退かさないといけない。命をつなげてくれた大事なものなのに、今は水が入ってる箱がやけに邪魔だ。



「え? どうするの?」


「廊下にいたゾンビがいなくなったようです。僕が様子を見て来ますので、手伝ってください」


 小早川先生は興奮して箱を運ぶぼくに質問してきた。


 ――いつまでも呑気な人だな、あんたならこの世界でも生き残るよ。



 先生のことを思いつつ、僕の行動にほかの男子生徒が手伝い出す。


 ――生きるんだ!

 晴れた空が広がるこの日、この高校で生き残ったのたったの26人。僕らは命を永らえなければならないんだ。





主人公は無双ですが、異能がない一般の人はゾンビから避難することが精いっぱいです。そういう光景を描写してみました。


明日から本編に戻ります。


ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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