29話 日常が壊れた日は晴れだった
生徒会長の視点です。
ぼくらの日常が壊れたのは晴れの日だった。
一部の生徒が小説の世界が現実となったから、勉強よりもサバイバルだ! なんてことを学校の中で騒いだのだけど、学生の本業は勉強だ。そうでなくては学校に来る意味がない。
でも実際ではゾンビの災害が大都市で発生して以来、学校に来ない同級生がいるので未来への不安がぼくらの間に広がっているのは確かなことだ。
「体育館と格技場へ非常食と水を搬入したが、入りきれない分はとりあえず視聴覚室へ置いてきてくれ」
「はい」
生徒会長の僕は総務主任の先生からの指示で、駐車場に積まれている箱を手の空いてる生徒たちと運ぶことになった。
本来なら業者が運搬しないといけないのに、忙しいから駐車場で受け取ることになったと、小早川先生がブツブツと文句を言ってた。
小早川先生は去年から赴任した商業科の教諭。実年齢はともかく、見た目が若々しくて可愛らしい顔は男子生徒の間で大人気だ。
本人が日頃からわたしは歴女だ! なんて公言してはばからないものだから、一部の女子から熱烈的な支持を受けている。
――歴女なら地理歴史の先生になったらいいのに。
台車を押していると、後ろで手伝ってくれている一年生たちが雑談している。
「なんかさあ、日本海側がヤバいことになってるんだって」
「おう、ネットで見た。外国人の船が来てるんでしょう? 自衛隊も止められなかったらしいやん」
「それな。自分の国にいろってんだ」
「ゾンビの犬もいるからもうあかんかな」
それは僕も知ってる。
ネットの掲示板で、山陰地方にある市町村へ漁船で到着した不法入国者が勝手に上陸したらしく、その際に犬のゾンビや船でゾンビになった人が混じってたという話だ。
政府からなんの発表もないから、今のところはうわさに過ぎない。
「こーら。くだらないこと言わないでちゃっちゃと運びなさい」
気だるそうな声で小早川先生が一年生たちに注意した。
副会長の吉井さんから聞いた話で、電車やバスなどの公共交通は災害が再発した恐れが高いため、先生が参加する愛好会が開く予定の九州オフ会が中止になったみたい。
それで気落ちした小早川先生は、歴女の吉井さんたちに愚痴をこぼしてた。
やる気がなさそうな小早川先生も人の子ということだ。
「山岡、ここにある医療品や機材も視聴覚室運んでくれ」
「……多いですね」
「ああ。この地域で避難所に指定されたのは小学校のほうだ。ただ物資の一部をここで貯蓄してほしいってことになったので、運ばれてきたんだ」
駐車場で積まれた大量の段ボール箱を見ている総務主任の先生は、戻ってきたぼくに追加の指令を出した。
人使いが荒いと思いつつも、ここまでやったんだから、今さら拒むのもどうだろうと思い直した。
文句を言い出す小早川先生とお手伝いの生徒たちを連れて、僕は視聴覚室の三分の一が、山積みされた段ボール箱に占領されるまで非常用物資の運搬に精を出した。
自主的に休暇を取る生徒が増える中、僕らは授業を受けるために電車が止まるまで学校へ出席していた。
雲一つないくらい晴れきったその日に、学校のすぐ隣にある町へ、ゾンビ犬の集団が前触れもなくいきなりやってきた。
町にいた人たちがやられている間、校長先生が総務主任の先生に校門を封鎖するように指示した。
元からフェンスで囲まれているこの学校、主な出入り口は校門となる。
校門にある引き戸に隙間はあるし、高さがないということで小説好きで知られる教頭先生の発案で、災害が治まるまでは高さ2メートルの鉄板が張られている。
教頭先生自身は市内まで出張に出かけて、結局戻ってくることもなかったが、その処置でしばらくはゾンビの襲撃を防ぐことに成功した。
運び込まれた災害物資のおかげで、体育館と格技場に立て籠もった先生32名と生徒338名は生き残れた。
最初でこそ家族や外部の人間とスマホで連絡を取り合っていたが、そのうちに途切れがちとなった。
警察のほうからはタイミングを見計らって、救助にくると言われたものの、ある時期から警察そのものと連絡が繋がらくなった。
日に日に暗くなっていく生徒を元気づけるために、体育の櫛田先生たち男性教諭は二階建ての住宅が多い町へ様子見を兼ねて、不足する衣類を探しに行くために災害が発生して以来、初めて校舎から出た。
みんなに見送られて捜索に当たった15人の先生、そのうち運よく戻ってきたのは7人だけだった。
彼らは僕ら生徒にはなにも言わなかったけど、深刻な表情で目を閉じた校長を見て、学校の外は大変なことになっていると悟った。
食糧はまだ備蓄があるし、雨の日は雨水を災害用浄水器で飲める水を作ったりした。だけどフェンスの外ではゾンビやゾンビ犬が群がっているため、生徒たちの間で焦燥感と絶望感が広まっている。
このままではいつかは襲われて死ぬ。
それなら打って出ようじゃないかと、運動部の男子生徒たちが無茶な相談を続けてた。先生たちは懸命に生徒たちを宥めてくれてたが、その先生たちにも疲労が溜まっていた。
――そしてついにあの晴れた日がやってきた。
「だめだ! そこは開けるな!」
「うわああー! だれか助けてえー、ここにいたら死ぬんだ!」
数体のゾンビタヌキが体育館に侵入して、一瞬に全員がパニックに陥った。
恐怖でまともな思考ができない一部の生徒が体育館から脱出して、必死に引き止める先生を振り切って、ここから逃げようと校門を開けてしまったのだ。
「ア゛ーヴー」
そこからはもう地獄。
先生も生徒も、知っている人たちがゾンビに襲われて死んでしまった。
「小早川先生! こっちです!」
「え? え?」
最後列にいたために運良く助かった先生を見かけた。
どうすればいいかがわからず、とりあえず生徒会長についていこうとする生徒たちと、呆けている小早川先生とともに、僕は最後の砦となる視聴覚室へ逃げ込むつもりだ。
あそこは校舎から突き出すような設計で、廊下と接しているのは扉のある壁だけだ。
「来ないでえー」
「ア゛ア゛ーヴア゛ー」
「外へ逃げろ!」
「ウォン! ウォン!」
校外へ逃げようとするみんなとは逆の行動で、僕らはまだゾンビがいない校舎にある階段を駆け上った。
次話も生徒会長の視点です。
山岡玲人(17):生徒会長。穏やかな性格で学力はかなり高い。
小早川知代(25):教育熱心で気さくな性格してる。顔の良さはそれなりだが、こじれた趣味が玉に瑕。
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