28話 襲撃するゾンビの行動が変化した
人は案外しぶとい生き物、進むにつれてあっちこっちの市町村で生存者を発見した。これまでは何度も保護した人々を県庁まで護送して、その度に知事さんから感謝された。
ただあれだけ見栄を切ったものだから、しまらないと言われれば反論できないけど、これ以上は無原則で同行者を勧誘するのは控えたい。
物資の調達は至って順調。
コンパネや足場など各種の建材や灯油を含むガソリン、不足する栄養を補うための栄養補助食品、インスタント食品や缶詰など食料品に袋入りの精米前のお米と小麦粉などが収集できた。
保存がきく梅干しのゲットに川瀬さんが大興奮した。
わりとおいしいのが食品加工場。たとえばこの前に発見した洋菓子生産工場で小麦粉は無論のこと、紅茶葉などが手に入った。さすがにマーガリンなどのものはダメだった。
段ボール箱は使い勝手がいい。物資の仕分けに使って良し、マットで敷いたり仕切りに使ったりと同行者の間で大活躍だ。サランラップはお皿に巻いて水洗い不要、雨の日にはスマホの防水材代わりに使っている
――良子さんがな。
主婦の知恵はすげえなと改めて思わされた。
ちなみにおむつは意外と使えるもの、下車ができない場合はトイレ代わりにみなさんが愛用してるらしい。まだ俺はおむつに慣れてないから、虫に刺されてもゴーレムに護衛させて、青空の下で開放的な排泄を楽しんでる。
――あー、カユい。
「ちょっとお父さん。そんなものを持ってきてどうすんのよ」
「え? だって柚月が大きいテレビが欲しかったって――」
「いつの話なのよそれ! 今時テレビなんて放送されてないでしょうが!」
時にはショッピングモールやホームセンター内のゾンビをきれいさっぱり除去してから、同行者たちが好きなように物を集めてた。
結果的に俺が預かるようになるのだが、好きな物を選べるってことは一種のガス抜きとなって、同行者たちの鬱蒼とした気分を晴らせることができた。
「ここは食べ物のカスすら残ってないわ」
「……そうだな、行こうか」
それと最期まで家の中にこもり、餓死したと思われる遺体もちらほら見かけるようになった。
食料品が無くなり、争った痕跡が残るホームセンターで腐敗した大量の死体に、川瀬さんが吐いたのは先日のことだった。食糧が途切れたことで避難生活が維持できなくなってきたのかもしれない。
それもあってか、この頃になると住宅を捜索するのは控えることにした。得られる食糧は少ないし、墓荒らしになった気分で自己嫌悪に陥りそうだ。
今日は山間にある高校の校舎で生き残った学生を発見した。
校舎から出てきた生徒会長から、学校がゾンビ犬の群れに襲われて、多くの犠牲者を出した上、避難が困難を極めたと聞かされた。ここへ来る前に住宅街を回ってきたけれど、生徒会長のいうことは間違いなかった。
生き残れたのはこの学校にいる生徒たちだけだった。
こんなご時世だ、命があることを喜ぶがいい! なんて無責任なことを疲れ果てた生徒会長に言えるはずもない。
「――ありがとうございます、ありがとうございます!」
「……まずは食事をどうぞ。後でお風呂を用意しときますよ」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
接触を試みた生徒会長が戻ってしばらく、小汚い身なりの女性教諭が数十人の生徒と一緒に校舎の最上階にある教室から出てきた。
若い女性から抱擁されるのは普段なら舞いあがるところだが、臭いのはいけないと思う。そういうことで早く解放してほしい。
学校のグランドに囲んだゴーレム車の内側で生徒たちが熱い食事を泣きながら食べている。柚月さんと刈谷さん、それに佳苗ちゃんが五右衛門風呂を据えたゴーレム車の中で風呂を沸かしてる。
日常の景色となったこの光景に同行者たちはよく手伝ってくれてるから、俺が用意することはほとんどなくなった。
——ありがたやありがたや。
「着替えはこちらで用意してますので、風呂から上がったらきてくださいね」
刈谷さんはショッピングセンターなどで、かき集めてきた衣類が置かれているゴーレム車の案内を大きな声で叫んだ。
不用心だなと思ったけど、あらかた片付けておいた校舎の中で声に反応するゾンビはいない。
俺が対処してきたので直接的な危険が少なかったために、同行者たちはゾンビに対する警戒心が緩んでいる。
だからなのか、彼と彼女たちはゾンビの変化に気付かなかった。
ゾンビは進化に近い変化をはっきりと見せた。
あからさまに襲うことはしなくなったし、捜査隊員を攻撃したゾンビ犬のように、こちらの様子をうかがってから行動するようになったのだ。
ゾンビを研究していない俺が根拠を示せるわけじゃないけれど、あいつらは俺たちの行動パターンを見て学習しているかもしれない。
明白的なことは50体のウッドゴーレムでは対応しきれなくなってる。これ以上、生存者の救助活動は控えたほうがいいと俺は考えた。
無原則の行動は命を脅かす。俺は拠点を作って生き延びたいだけであって、救世主になりたいわけじゃない。
だからそろそろ原点に戻ろうと決意した。
お腹いっぱいになって、熱い風呂で垢を落とし、身も心もリフレッシュした生徒たちがした次の行動は、これまで救助した人たちと同じだった。
「家族の許へ連れて行ってもらえませんか?」
「家が心配なんです、連絡が取れないので送ってほしいです」
「お父さん……お母さん……ヨウイチ……」
「心配するのはわかるけど、今日はよく寝てから考えようね」
良子さんたち同行者の女性陣が俺に代わって対応してくれてる。以前に俺が救助した生存者の前で、知るかっ! なんて吐き捨てたもんだから、あれから彼女たちが優しく生存者を宥めてくれるようになった。
「――というわけで今後は大阪城まで一直線で飛ばします」
「……ゾンビが進化してたのか」
「ヒカルくんに任せてばかりでごめん」
ゾンビの変化に気が付かなかった川瀬さんがこめかみを押さえた。
その横で滝本さんという青年が頭を下げてくる。
滝本さんは始めの頃に加わった同行者の一人で、人当たりのいい彼はみんなから親しまれている。
災害の前は親から受け継いだ農業を営み、地元で農協と共同でスマート農業を取り組んでいて、これからの農業は地域を巻き込んでの事業にしていかねばならないと、俺にとても熱く語ってくれた。
今後の農業と言われても、ゾンビを巻き込めばいいのか? なんてことが口から出そうになったところで、微笑みにチェンジした俺は偉い。
滝本さんは人望があるし、みんなからの信用が厚いので頼りにさせてもらってる。
そんな彼と川瀬さんは俺からの提案に苦しんでいると思う。なんせ、人助けに慣れてきたところでやめるって言われたのだから、かなりの葛藤が生じたはずだ。
「おんぶにだっこでずっと負担をかけてきたから、おれは芦田くんの意見を尊重する」
「……そうですね。確かに生存者は気になる。
だけどヒカルくんが声をかけてきたのは大阪で生きることだ、目的を見失ってはいけない。
わかりました、従います」
川瀬さんと滝本さんは俺からの提案に反対しなかった。同行者たちの説得なら彼らがやってくれると思うからお任せしたい。
「ア゛ーア゛ー」
「ウォン! ウォン!」
ゴーレム車の外側でゾンビの夜襲が始まっている。
数体のゾンビでゴーレムを押さえこむ動きになったのには驚いたので、この頃は警備に100体のウッドゴーレムを投入した。
人口の多い市町村へ近付くにつれ、ゾンビの数も増加しつつあるのだ。
滝本航(27):農家。地元では若きリーダーと知られてる。
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