27話 拠点作りの手助けは自分のためだ
約2話分5千文字超の長めな一話となります。
「老師、言われた資料を有川市長に届けて来ました」
「おうよ、ありがとうな」
サッパリした自宅警備員こと、鈴谷武文は目下魔術師になることを目標にして、俺に付きまとっていた。
そのストーカーっぷりに辟易したので、しかたなく弟子入りは認めてやった。
なあに、こいつなら30歳になれば魔法使いになるだろうと思ったことが間違いだった。
身なりをまともにして来いって命令したら、小太りした中々の美男子が俺の前に現れた。
そういえばこいつの家族は揃って美男美女の夫妻と美少女の妹であることをコロッと忘れてしまった。こいつの見た目なら30歳まで魔法使いを守るのは至難の業。
もっとも、それは平和の世の話だ。
一応は弟子入りを認めたのでそれなりのことを考えてやらねばならない。そんなわけで和歌山城拠点改築工事のお手伝いで使い走りとして使ってあげてる。
鈴谷夫妻も息子の変貌に喜んでたし、美少女の佳苗ちゃんにも兄の更生で喜びの抱擁されたし、世の中万事丸く収まってめでたしめでたしというわけだ。
——それはいいんだけど、老師ってなんだよ老師って。指摘するのも面倒だからそのままにしてるけど。
雨の日は外で活動するのにちょうどいい日だ。
ゾンビたちも水を嫌ってか、雨が降る日に限っては建物内で隠れている。それでも逃げ遅れて雨に濡れたゾンビが雨の中で踊り狂うかのように暴れてる。
その滑稽な姿は見ていて微笑ましく思えて、ゾンビも最強ではないことに気が付く。
多くの生存者はこの習性を利用して、外での食べ物捜しや移動に勤しんできたらしい。もっともショッピングセンターなどの食糧がある建物で、中にいるゾンビにやられることもしばしば起きているみたいだ。
銃眼付き鋼板塀は俺が錬金で作ってる。
ここに自衛隊と警察が駐在しているので対人戦は考慮しない。既存の石垣があるので鋼板塀の高さは3メートル、下にある武者返しは鋼板を60センチほど外側へ折って作る。上のほうは内側に幅1メートルの鋼板を折り、庇としての役割を果たすとともに、そこへ太陽光発電パネルを乗せる。
これで幅が1メートルの多機能の鋼板塀が出来上がったというわけだ。
鋼板塀を置く場所はあらかじめ基礎を作り、埋込アンカーボルトを埋設して置く。
鋼板塀と鋼板塀は溶接するのではなく、ここはチート技である錬金術を使い、2枚の鋼板塀があたかも一枚物のようにつなぎ合わされる。次々と建てられていく鋼板塀は 最終的に見た目がつなぎ目のない完璧な仕上がりとなった。
――天衣無縫とはまさにこのことを指していうもの、ワハハハハ!
設置作業は自衛官や同行者たちにも手伝ってもらい、とくに同行者の場合は拠点での工事に大いに役立つと思う。有川市長は鋼板塀の運搬でクレーンが必要じゃないかと悩んだらしく、なんでもガソリンの備蓄は置いておきたいと指摘してきた。
心配ご無用、ミスリルゴーレムに任せれば、幅1メートル鋼板塀程度なら軽々と運んでみせる。
ただ困ったことに鋼板塀が運搬されるところを目撃した有川さんはゴーレムを分けろとうるさかった。気持ちはわからないでもないがはっきり言ってかなり辟易させられた。
櫓は自衛隊の意見を取り入れつつ、避難民の中から大工だった人たちが作業を手伝ってくれた。建築工事のほうはウッドゴーレムを助手として派遣しているので、現在は急ピッチで工事がすすんでる。
城の周囲にあった木はほとんど切り倒して、平地になった場所に自衛隊の仮設住宅が着工中だ。
天守閣は自衛隊の作戦本部が置かれ、今まで借りていた県庁の事務室は返却された。その先行工事と同時に、普通科連隊が使用する装備や車両は全部城内の広場にへ移された。
「ひかるのおかげだ。これでようやく僕らも自分たちだけの城が持てた」
「なあ、それダジャレか? 小谷さん」
警察の場合は県庁の横に警察本部があるから今まで通りに仕事はできてたが、自衛隊の場合は肩身が狭かったと自衛官たちが嘆いていた。出来上がった櫓や鋼板塀などの防御施設を嬉しそうに眺める小谷さんはくだらないことを言ってきたりする。
なじみの小隊長である小谷さんの話によると、民間人からしきりと武器弾薬の貸与が申し込まれており、ときには県会議員や市会議員からの圧力もかかったりと、そういう無茶な要求を躱すのが大変だったらしい。
市内北部探索隊が結成したときに民間人へ募集をかけてみたが、応募した多くの人たちは不慣れの作業に耐えられなかったみたい。
そんな人たちが自動小銃を持ったとしても結局はただの足手まといだと考えるのは俺だけじゃないはず。
紀の川を河口からさかのぼると小豆島という中洲がある。
そこなら周りが川に囲まれているので、農業を営むのに最適と俺は思った。安全性を考えて、河川を渡る部分の橋を落としたほうがいいと市の担当者に提案した。
企画案を見た有川市長はかなり渋ったらしく、担当者から農作業時に作業員の安全が確保するため、現時点は落とさざるを得ず、橋なら復興の時にまた掛け直せばいいと説得してくれた。
周りからの協力があって、ようやく市長から農地整備工事の許可が降りた。
河口の近くに築港という島がある。
そこにから漁船が出れるように、連合部隊と共にゾンビを排除した。その後に県庁が作成した計画で漁港の建設工事が進められた。
避難民から立候補した農作業員と漁業従事者を小豆島と築港まで船で輸送するため、和歌山市役所の北にある川で新たな桟橋が設置されることとなった。
そんなわけで和歌山市役所一帯のゾンビ掃討作戦が実施され、ついでに和歌山市役所にいたゾンビが殲滅された。有川市長は直ちに市職員を連れて、避難する市民からボランティアを募り、市役所の清掃に当たった。
「芦田くんに感謝するね。やっぱり馴染んだ部屋が一番だわ」
「……いいえ、微力を尽くさせて頂きました」
有川さんは市長室に帰れたことが嬉しかったらしく、ご丁寧に俺まで感謝状を出してくれた。そのはしゃぎっぷりに、もののついでだから、なんてことを言い出せそうになかった。
河口でゾンビを退治していたとき、明らかに国内の漁船ではない船がいくつも港に泊まってあった。
その答えは市内の捜索ですぐに見つかった。
外国製の小銃で武装して、言葉が通じない外国人の集団が海沿いの建物に立てこもっていた。集団にいたのは恐怖で怯える栄養不足の女子供たちと、明らかに戦闘に慣れていなさそうなみすぼらしい男たちだった。
肌色を見るとこの集団は東南アジア系のように見受ける。
――遠いところからお疲れさんというべきか、ここまでよく生きてたどり着けたもんだ。
小銃を持つ腕が震える彼らを、しげしげと見つめていた小谷小隊長さんと高山巡査長さんは、揃って俺のほうへ視線を向けてくる。
――はいはい、食べ物を出せばいいでしょう? わかったよ。
お年寄りや子供たちが非常食と水を貪っている間、母親と見られる女性たちが捜査隊員の手を握り、知らない言葉で感謝の気持ちを伝えてた。
早口だし、泣いてるために言葉が途切れて、なにを言ってるのかが俺にはわからない。
幸いというべきか、彼らは英語が話せる小隊長さんの求めに応じ、泣きじゃくったまま武装解除してくれたので、撃ち合うという最悪の結果は避けられた。
「市民でも食うに困ってるのに、国民でない不法入国者の面倒なんて引き受けられん。多少の食糧と水は与えてもいいから、すぐに国外へ退去してもらうべきだ」
県庁まで連行された女子供を含むこれらの外国人集団について、上層部の話し合いが荒れに荒れたらしい。特に市民団体から支持を受けてる市会議員が明確的な拒否反応を会議でみせた。
会議で激しく言い争った末、最後は小林知事の一声で受け入れが決定され、有川市長のほうもその決定を支持すると表明した。
「もちろん不法入国である彼らをこのまま放置するわけにはいかない。だが諸君らがいう、船に乗せて追放するのも非現実だ。彼らは必ず抵抗するだろうし、どこかに追放すると言ってもまた国内のどこかで上陸を企むのだろう。それにゾンビが各地で現れる社会で、諸君は彼らにどこへ行けというのかね。
それならばここで保護して、復旧に役立っててもらうほうが現実的だと考える。ゾンビ災害で多くの人が亡くなった。私の考えは甘いと思うが、こういう大変な時期は人と人の助け合いに今は国籍をこだわるべきではない。
私個人としては困っている彼らがこちらの提示する法規に従い、指導にちゃんと従服し、我々の復興事業に従事するというのなら、これを今回限りの特例として受け入れざるを得ないと考えている。
これからもこういった難民が発見されるかもしれないので、このような混乱を避けるためにも、早急に特別条例や規則を設けるなど、しっかりとした対策を講じねばならない。今後も引き続き諸君らの協力を求めたい」
この話を二階堂本部長さんから聞いたときに小林さんの復興に賭ける意気込みを感じた。
復興というのは人手の数がものをいうから、たぶん小林さんも慈善だけで保護したわけじゃなく、人道にもとることなく、枷がついた労働者を受け入れるつもりでいるのかもしれない。
――まあ、異世界にはそういう事例があったからって、憶測でものをいうべきじゃないのは知ってる。ここは小林知事の腕を見せてもらいましょうか。
元々は在留外国人を保護するために結成された市民グループが市長の指示をうけて、彼らを受け入れるように、医療や住居を含む生活環境を整える最中だと二階堂さんは教えてくれた。
きっと一部の民間人からの反発は出るだろうなと思いつつ、同じ民間人である俺は知事さんの決意を黙って見守ることにした。
——食糧や日用品の提供ならできる限り協力いたしましょう。なんせうちにも不法入国者がいることですから。
なにかと忙しい日々を送り、時には米などの食糧や生活用品を含む物資を求めて、探索隊と各地にある農業倉庫やショッピングセンターを漁ったり、立て籠もる生存者を救助したり、ヒャッハーする犯罪者を排除したりと、とにかく毎日が大変だった。
そんな自衛隊や警察の頑張りに触発されてか、避難民の中から壮年を中心とした一部の男性たちが自警団を創立させたいと市長さんに申し出た。
救助された外国人を含む市内各地で発見した生存者が増えるにつれ、避難所の治安が悪化した。それに伴う治安維持するための慢性的な人員不足が発生しており、自治体側にとって解決すべき問題であった。
こうした自発的な市民活動を知事さんと市長さんはとても喜んだ。
人員の訓練や組織の編成など、自警団運営全般については有川さんから自衛隊と警察に委託した。こうして少しずつだが和歌山市は再興へ向けて動き出した。
成り行きを外側から眺めていた俺はここから離れることを小林さんと有川さん、自衛隊を率いる前川中隊長さんに二階堂本部長さんに伝えた。
……もっとここにいてくれとしつこく言われたが、とにかく頑なに俺は拒んだ。
運送車両いらずに弾薬消費せず、それに昼夜関係なく働ける万能ゴーレムを抱える俺を手放すのは惜しいと思うのは、自分で言うのもなんだけど、しかたないことだ。
「せ、せめてあと3ヶ月だけ――」
「明後日には出て行きますからね」
――キリがねえよ。
和歌山城拠点の改築工事はほぼ完了した。それと同時に非常食の搬入と災害用設備や施設の設置工事は終わった。
ここならすべての避難民を収容しきれないかもしれないが、ゾンビによる大規模な襲撃にしばらくは耐えられるように構築した。
残りのことは小林知事と有川市長に頑張ってもらい、再生できるように市の秩序を構築していくことだ。それは一介の民間人である俺では関われない話、政治的分野は彼らが専門家だから。
「もちろんついて行きますよ。なに言ってんっすか老師」
「あー、うーん……まっ、いっか」
鈴谷さん一家は大阪へ同行してくれるらしい。
戸締りはちゃんとしてきたから大丈夫ですと、佳苗ちゃんがニコニコの笑顔で伝えてきた。そういう問題か? ここに家があるでしょうにと俺は首を傾げたけど、同行者のうち126人がここで留まると伝えてきたので、4人が増えたところでなんらかの影響はない。
嬉しいことに秘かに離脱の心配していた川瀬さん一家がついて来ると言ってくれた。川瀬さん家で作る牛乳、これがうまいんだよな。牛乳が大好きな有川さんも残ってほしかったみたいでかなり落胆してた。
――そんなことを言われても知らないね。
選んだ進行ルートは東の方向。
米の備蓄は供給でかなり減ったので、東へ進みつつ知事公認の回収作業で奈良へ向かう。そこから西へ転進して生駒山を越えてから一路大阪城を目指す。
「落ち着いたら一度駐屯地を見て来てくれないか?」
「ええ、わかりました」
手渡されたのは一通の手紙だった。
駐屯地と連絡が取れないので、ここから離れられない前川さんに代わって、連隊が駐屯する基地を見てきてほしいとお願いされた。
その後の言葉を口にはしなかったけど、派遣されたときの弾薬がかなり消費したため、言外に持ってきてもらいたいと暗黙の裡に頼まれた
——ような気がした。
中隊長が言わんとすることは理解できる。空間魔法で収納することができる俺だけにできる離れ業だ。
和歌山市での日々はそれなりに楽しかったので、いい思い出は作れたと思う。
――そんじゃ、そろそろ自分たちだけの拠点作りへお出かけしますか。
長めの一話でしたが、これで和歌山から離れて大阪のほうへ移動します。
作中で難民についての描写は作中に難民がいる以上、ここに流れ着いたことを想定してその対応を描いてみたものです。地方政府が統治を維持しているため、パンデミックの拡大につながった一因である難民をどう扱うのは作中の首長でも難しかったと想定してます。ただ、難民だからと言って、排除を試みた場合は双方で犠牲が出ることは作中でも言及しましたし、最初に出現した難民について、無制限の受け入れをするつもりがない代わりに一方的な排除を拒んだ首長は、今後の難民対策を議論するための事案として取り扱う予定で描写してみました。
また、若干非人道的な考えではありますが復興にはマンパワーが必要だったため、明確的に生存権と労働基本権を有する市民と違って、作中の首長は彼らを難民対策の特例として扱い、労働する義務を課することができると思案したのです。
このエピソードは載せるかどうかをかなり悩んだのですが、作中に難民がいると設定している以上、どこかで表現してみたかったのです。
鈴谷武文(17):美男だが自宅警備員だから意味がない。高校生になってすぐ学校へ行ってない。
鈴谷佳苗(16):美少女でモテモテ。災害時は両親と共に兄が心配で自宅で籠城。結果、それで助かった。
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