26話 自宅警備員には人形警備員が必要だ
収納している食料品の消耗を減少させるために、同行者の漁師さんたちを最寄りの港まで送迎して、多くの避難民から喜ばれる海産物の入手に努める。
俺とグレースは警察と自衛隊が構成する探索隊に参加していた。
和歌山市北部の探索はほぼ毎日のように行われ、使えそうな物資や食べられそうな食糧を回収しながら、市内にいる生存者の捜索が続けられた。
本部長の二階堂さんの話によると、橋の上に数百体のゾンビがうろつき、至る所で車が放置されてるため、これまでは橋そのものが大きな障害となったみたいだ。
車両は俺が収納して、市内に設置するバリケードの材料として学校のグランドに積み上げた。ゾンビは排除しても翌日の朝には現れるので、市の幹部たちが協議して、指定された橋の両側に検問所を設置した。
和歌山城拠点化計画については、有川市長を議長とする関係者一同を交えて、県庁の会議室で事前協議会議が行われた。
その一、緊急時であるために市としては県の賛同が得られるなら、避難対策として提案を受け入れること。
その二、拠点化に伴う事業費に提案者側が協力すること。
その三、本案は県警察本部及び駐在する自衛隊に協議し、その指導を従うこと。
その四、市の復興事業が完了し、なおかつ市の安全が宣言できた場合、所在が明らかな提案者側は復旧工事の相談に応じること。
有川市長からは四つの条件が満たせた場合、和歌山城拠点化については俺に一任しても構わないと伝えてきた。
県の賛同ということで、小林知事はその場で賛成すると言ってくれた。
事業費と言ってもやるのは俺だし、拠点化に必要な材料はここまでくるの間に、各地の鉄工所と和歌山市南部にある製鉄所から取ってきたものがある。
材料が不足する場合は、市の北部にある製鉄所から回収してきてもいいと有川さんから承諾が得られた。
前川隊長さんと二階堂本部長は計画書を持ってくるように意見を申し出てきた。
すでに二人からは、和歌山城の平面図に監視塔や塀の位置を簡単に記した図面さえあればいいと聞いていたので、意見を受けた俺は了解した旨を返事するだけで指導事項は解決した。
なにかする前に、関係者たちとすり合わせをすることはとても大事だ。
最後の復旧工事だが、いわゆる言葉のあやだ。
ゾンビの世界で復興事業の完了なんて、今の時点で見込みがまったく立たない。ゾンビがうろついてるために、市からの安全宣言がいつになることやら、だれにもわからない。
ひとまずは県庁のほうで戸籍登録したものの、未来の俺がどこにいるかもわからないし、相談に応じるだけだから、話を聞くなら特に問題はない。
有川市長は俺が和歌山城を拠点化するため、市からの指導があったことで形を整えてくれた。
世の中は一見面倒な手続きがあるだけど、物事をスムーズに進めさせるため、形式というのは欠かせないことを俺も理解しているつもりだ。
探索活動が続く中、市内のあっちこっちで人々が生き残ってた。
その中には婦女暴行罪を犯したヒャッハーさんがいたので、同行する警察が現行犯としてその場で逮捕した。
たまに銃を撃ってくるぶっとんだヒャッハーさんがいたため、小林知事たちお偉いさんの協議で犯行の程度により、その場で射殺することは止むえないとご裁定が下された。
とあるおばさまの市会議員さんが裁判だの人権だのと騒いでいたらしい。心の中でそれならお前が現場に来いと、二階堂本部長から話を聞いた俺はムカついた。もっとも、俺が県政と市政に出す口を持たないから、市長の有川さんに任すほかない。
――そもそも俺はただの民間人だしな。
「その魔弾ガンという銃はいいな。分けてもらうことはできないか」
「ごめんなさい。この世界じゃ魔石が取れないので補充ができないんですよね」
「残念だな」
本当に残念そうな顔したのは小谷という自衛隊の小隊長さんと高山巡査長さん。
補充ができないというのはうそ。
下位モンスターの魔石なら山ほど収納してある。ただこれらの魔道具は政府という組織に渡す気はなく、元より異世界の物をこの世界で流通させる気がないのだ。
和歌山市が災害時に指定した避難所及び避難場所の一覧表を中心に回っている。多くの避難所ではアーウーゾンビしか見つからなかった。探索の範囲が広がるにつれ、探索隊員たちの表情に疲れが浮かび上がっていく。
「……ゾンビしかいませんでした」
「そうか……お疲れさん。食糧が回収できただけでもよしとするか。気を落とすな」
若い巡査が上司に泣きそうな顔で報告した。彼はここにある派出所に勤めていて、彼が県庁の防衛で呼び出されてたときにこの地区が壊滅したらしい。
「――キャン」
「ヒャッ!」
自衛官の青年が辺りへの警戒を怠ったときに、曲がり角から現れたゾンビ犬が素早く足元へ近付いた。犬型ウッドゴーレムが仕留めたからよかったものの、下手したら自衛隊ゾンビさんが増えるところだった。
「……芦田くん、この犬のゴーレムをここに置いてくれないか」
「ごめんなさい。ゴーレムには定数がありますし、俺がいないと修復できないんですよ」
「……はああ」
――そんなため息つかれてもできないことはできないんだ、小隊長さん。それはそうと、なんだかこの頃はごめんなさいを口にしてばかり。
「明日からグレースさんが同行することになったんですね」
「はい。俺は和歌山市拠点化工事に加わらないといけないんで、彼女が一緒に行ってくれますよ」
「……はああ」
またもや深いため息をつかれた。巡査長さんの気持ちはわからないでもない。
最初でこそ見栄えのいいグレースの人気は絶大だった。
だが同行する機会が増えるにつれ、自由奔放が身上のグレースに団体行動の規則は意味をなさない。したいようにするのが彼女で、機嫌を悪くしたら、平気で目の前にある家屋を叩き潰すか焼き払うかの行動に出る。
そんな彼女をなだめるのに、探索隊員たちは疲れ果てていた。
なにやらグレースにしちゃいけないことを記載した規則が探索隊で作られているとかなんとか。実際に見てないからなんとも言えない。
「――出て来ないのか」
「はい……食糧は分けてほしいが、自宅を警備するので避難所には行けませんと」
「はあ?」
「それと、公務員は早くネットを治せと騒いでました……」
「はああ?」
あるコンクリート造住宅の前で、困った顔した巡査が高山巡査長に報告を行っているところだ。
玄関ドアにSOSの張り紙があったので、周りのゾンビを排除したところ、救助に喜んだ中年の夫妻と泣いている高校生の娘が手荷物を持って、家の中から出てきた。
問題はその後に部屋で引きこもり中の長男が出て来ないということだった。
「いいんです、あんなやつは放っておいてください!
お父さんとお母さんをずっと困らせてきたのに、こんな時まで周りに迷惑をかけるなんて
――死なせてやってください!」
憤慨した口調で女子高生が泣きながら訴えてくる。
ハイ、わかりましたと言えたら、たぶん世の中はみんながハッピーになれた。
捜索隊の面々は引くに引かれず、夫妻からはなにも言われてないけど、助けてほしい気持ちは顔を見るだけでよくわかる。
――そう言えばそいつは自宅警備員と名乗っていたな……よし、警備員には警備員だ。
「汝に命ず。二階にいる人間を捕まえてこい」
指令を受けたウッドゴーレムが家の中へ入っていく。
しばらくすると、二階のほうからなにやら雄叫びとバタバタする音がきこえてきた。
「――めろおおっ! ぼくを砦から出すなああ、ゾンビにイジメられるうう!」
「いやいやいや、ゾンビならイジメるじゃなくて噛まれるだろうが」
ウッドゴーレムに羽交い締めされた小太りの若者が連れ出され、やつが叫んでることに、俺はツッコミを入れずにはいられなかった。
「顔は洗えよ」
「――んな!」
髪の毛はギドギドだし、ゾンビ災難の前から風呂に入ってなさそうな野郎へ、収納からいきなり出したペットボトルで水をかけてやった。やつは俺の行動に驚いてしまい、周りで警戒に当たるウッドゴーレムへ視線を向けた。
「……もしかして、あんたが使ったのは魔法か?」
「お前も30歳になったら使えるかもしれないぜ」
「そんな魔法使いはいらねええええーー」
興奮して絶叫するバカ。ゾンビが声を聞きつけて来たらどうするつもりだ。
そもそもいらねえと言われても、今のお前じゃそんな魔法使いにしかならないと俺は思う。
小谷洋一(32):3等陸尉。若手の有能自衛官だが性格は軽い。異世界話が大好きで主人公のことを気に入ってる。
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