25話 お偉いさんは苦労するのが仕事だった
逃亡を急いだとはいえ、途中で得られる物資のことを考えると放置していくのはもったいなかった。
そんなこと思いつつ、ウッドゴーレムが車道で徘徊するゾンビを排除して、最前方にいるアイアンゴーレムが自動車道の上に放置されてる車両を進路の邪魔にならないように移動させた。
着いた先は和歌山市、人口がほかの市町村に比べて多いのか、街並みの荒廃っぷりは今までで一番ひどかった。市内の至るところから現れるゾンビを撃退して、向かう先は銃声が聞こえてくる和歌山県庁だ。
「止まりなさい!」
「みなさん、こんにちは。お勤め、お疲れさまです」
「……その乗り物はなんですか」
「ゴーレム車ですよ」
「ご、ごーれむ車ぁ?」
厳重に守備態勢を敷く県庁で出迎えてくれたのは自衛隊と警察の連合部隊だった。
廃棄したバス、かき集められた建材、解体された家の廃材などを積み上げて、近くにある公共施設を連結するように構築された防衛網の中は数千人に市民を収容している。
「変な乗り物が近付くものだから、こちらとしては警戒せざるを得なかったよ」
「本当にねえ、まさかファンタジーのゴーレムがあるなんて想像もできなかったわ。ゾンビがいる世の中になってなかったら信じる気にもなれないわね」
「市長さん、こちらとしてもゾンビがいなければ、こんな力を示すつもりはありませんよ」
県庁の中でお髭が渋めのおじさん知事の小林さんと容姿端麗のおばさん市長の有川さんが対応してくれた。
防衛体制を固めるために市役所は放棄され、生き残っている人たちは県庁に集められたみたいだ。
お米を含む各種の食糧、木材やセメントなどの建築資材を提供したのはすごく喜ばれた。
「本当に助かったわ。動ける範囲内の食料品はほとんど回収したの」
「お役に立ててよかったです」
南下してきたゾンビ犬の波に飲み込まれた和歌山市は多くの市民が犠牲となった。食糧対策が整えられないまま、今まで市内にある商業施設で、自衛隊と警察の捜索隊が日々の探索で食料品を集めてきたという。
それでも市民へ食事の供給が途切れがちで、和歌山県へ派遣された普通科中隊では、今でも続くゾンビの来襲に対応しきれないらしい。
「ぜひここで落ち着いてくれ」
「ごめんなさい」
小林さんからの熱い要望は即刻お断りを入れさせてもらった。おじさんの落胆っぷりは見るに気の毒だったけど、大阪城拠点化計画に変更はない。
その代わりに一月ほどここで滞在して、これまで放置されていた紀の川より北部の探索を手伝うこととなった。
俺がもらえる報酬として、これから収集する物資の二割、それとこれまで県内で色んなものを収納してきたことについて、知事公認で無罪釈放だ。
そして俺にとって最も大事なのは、理念が異なる一部の同行者と、高齢者を含む地元を愛する人たちがここに残留することを、小林さんと有川さんの計らいで決定されたことだ。
有川さんは別の会議があったので席を外した。ほかの担当者を交えての会談は進み、小林さんはジッと俺の提案に耳を傾けてくれた。
「——和歌山城を改築するとな」
「はい。俺の力なら短期間でゾンビを防げる施設に変えることができると思います」
市内には今でも十万単位のゾンビが生存者に襲いかかろうとうごめいてるし、武器よりも弾薬が心ともなくなってきた自衛隊と警察では、いつまで防げることが問題とされてきた。
そこで俺は和歌山城を堅固な最終防御用の拠点に改築すればいいじゃないかと、話の流れで知事さんにそれとなく伝えてみた。
北側と東側は水堀を活かして、南側と西側にある石垣の上に銃眼付きの塀を設置すればゾンビの侵入を防げるはずだ。
ただ残念なことに、現在の和歌山城では生存者を収容するのが精いっぱいで、農耕地など住居以外の用地を確保することはできないと思う。
ここで住まう人たちの未来は小林知事と有川市長の采配に託すほかない。
同席した前川さんという自衛隊の中隊長は、今の陣地ではいつかゾンビに落とされると考えていたらしく、和歌山城拠点化計画について、小林さんから可否を問われたときに反対はしなかった。
「ふむ……防衛するための拠点は悪くないな。
——わかった。私が責任を持って有川市長に説明するから、拠点化計画の準備に取りかかってほしい」
「わかりました」
警察本部長である二階堂さんは国の史跡に建設行為を行うなら、少なくとも有川さんに伝えたほうがいいと注意を促したので、それは知事さんが引き受けると引き受けてくれた。
「まずは生き残ってなんぼの世界ですから、お城を公園に戻すはそのときの人たちにお任せしましょう」
「君らがやってくれればいいじゃないか」
穏やかな顔で無茶を言わないでほしい。俺はゾンビの世界が平和になれば、スローライフに戻る予定なので、復興の人材はほかに当たってくれたほうがいいと思う。
「すまないが、明日からの市内北部の探索は頼むよ」
「わかりました」
「できれば市民だったゾンビを弔ってくれないか」
「ごめんなさい!」
真摯な顔でしれっと俺にゾンビ掃討令を出さないでほしい。
前川さんも二階堂さんもうんうんと頷かない。こっちは市内をしらみつぶしでゾンビと戦うつもりがない。
一時的に滞在する住居として与えられたのは、放棄されたマンションだった。
ゾンビとなった住民は多くの部屋から現れたので、ウッドゴーレム掃除隊を派遣した。若いときはきっと美人だった有川市長さんは本当に中々のやり手、今後も住処となれる場所の確保を報酬無しでご奉仕させられた。
俺が大阪へ移動した後に、マンションは避難所で住む家族に分け与えられると思う。別に構わないけど。
「芦田くん、ちょっと時間はあるかな」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
臨時の住まいへ帰ろうとしたときに、自衛隊の中隊長である前川さんから声をかけられた。深刻そうな顔して、なにかお話があるのだろう。予想では俺が銃撃された市役所で見た自衛隊のことだ。
案内されたのは県庁の中にある一室、ここは自衛隊が割り当てられた応接間だ。
「君からもらったコーヒーとクッキーでなんだか、飲んでくれ」
「頂きます」
机の上に置かれたコーヒーの匂いが香り立ち、運んでくれた女性隊員が応接間から出て行く。ソファーに腰かける俺へ前川さんが話を切り出す。
「連隊長が受けた命令で南紀白浜空港を確保するように小隊を編成して派遣したのだが、定時報告が途切れたままで連絡が付かない。
君の話によると囚われていると解釈していいのかな」
「俺は見た通りに話しただけですので、囚われているかどうかは断定できません」
「……そうだな」
苦悩する前川さんはコーヒーに手を付けないで腕を組んでいる。
「偵察隊を出したいと思っている。民間人の君には悪いが、同行を願えないのだろうか」
「……俺が行ってどうするんです?
あなたたちと違う力があるのは認めますけど、なんの法根拠もない俺が同じ民間人を殲滅してもいいですかね」
「いや、君には戦闘に加わってほしいのではなく、私たちのサポートをしてもらえたら助かると考えている」
せっかく入れてもらったコーヒーを一口飲んでから、カップをお皿に戻す。
「ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「ああ。なんだろう」
「俺が見た感じではその武装集団が市役所を要塞化してる。
そこを強襲するのは中にいる人たちはもちろん、攻撃側の部隊にも多大な犠牲が出るかもしれないんです」
「……そうか」
「それにそこまで移動するのにゾンビがうじゃうじゃいる市町村を通らなければなりません。
救助にしろ偵察にしろ、部隊の人員を編成するだけでも大変なことじゃないのでしょうか?
――って、素人の俺でも考えつくんだから、前川さんたちはとっくに検討済みじゃないですかね」
「うー」
眉をひそめる前川さんはゾンビみたいにウーウーと唸り出した。
軍隊は仲間意識が強いとなにかの書物でみたことがあったし、実際に異世界でも騎士団の結束力は半端じゃなかった。敵中に取り残された団員を助けるために、副団長がわずかな騎士と突っ込んでいったのだから恐れ入ったもんだ。
「……すまなかった。先のは聞かなかったことにしてほしい」
「すみません」
「呼び止めて悪かったな。今日はよく休んで明日からの捜索は頑張ってほしい」
「隊長さんもおつか――」
部屋を出る前のあいさつは咄嗟にやめた。
両手を目に当てて、屈める中隊長の前川さんの背中から濃い哀愁感が漂っている。
自衛隊が一時でもここから出ることを、小林知事と有川市長が許可するようには思えなかった。
小林義明(67):やり手の知事。県庁で市長と一緒に第2次ゾンビ災害の対策に努めた。
有川明海(54):当選時は美人過ぎる市長で知られ、産業の勧誘などで市政に力を入れてた。
二階堂和哉(49):辣腕本部長。災害時に自衛隊との提携を指示し、被害を抑えることに成功。
前川健太(46):1等陸尉。災害時に和歌山市へ派遣された。
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