23話 ヒャッハーさんたちがヒャッハーしてた
みんなの守りはグレースに一任して、魔法防壁が張れる魔道具付きミスリルゴーレム10体と魔弾ガン持ちミスリルゴーレム50体を彼女の下に付けた。
魔石の消耗は激しいものの、敵が襲撃してくる場合に備えて、全力で撃滅してもいいように一応ゴーレムの魔石セーブモードは解除させた。
「グレース、やるなら中位魔法までにしろよ」
「ええー。つまんないの」
グレースが本気を出したら、虐殺が始まってしまう。異世界にいた頃のグレースは敵よりも、俺たちの味方に恐れられてた記憶がある。
ゴーレムは俺の命令で行動する人形だってことは同行者の間で知られてるので、道具が多少暴れても俺とグレースが動くよりは安心するのだろう。だが暴れたグレースは彼らから恐れられると俺は危惧している。
まだ同行者たちと確かな信頼関係が築かれていない今、なるべくグレースに対する拒否感を抱かせたくない。そのために彼女へ控えめな迎撃方針を与えた。
それでも本当にヤバいやつなら、グレースはちゃんと判断して敵を排除すると信じてる。
俺がだれかに銃撃されたことがショックだったのか、夜間偵察の結果次第、海辺のルートから山寄りに変えることを川瀬さんたちは理解してくれた。
話し合いの中で一部の方々はなにか言いたそうな表情を浮かばせていた。
俺に危なくないかもしれない相手と直接に対話をしてきてほしい、でも危険な目を遭ってきてとは口に出すこともできない。
そんな考えがヒシヒシと伝わってくる。
そいつらがしているのは、できれば俺が自覚をもって、自ら相手のところへ出向くように志願してくれないかと言わんばかりの表情だった。
――ああっ? アホかってんだ、人をパシリにすんじゃねえよ。お前らをここに置いても、俺とグレースならいつでも逃げ切れるぞおい。
もちろん、本気でキレても口に出さないのが今の俺。それを口に出して言うのならこの人たちを誘ったりはしなかったし、勧誘したのが俺なんだから、それなりの責任はきちんと果たすつもりだ。
夜陰に紛れて黒衣姿の忍者が海辺を走り、河口を遊泳で渡り切った。
昼間に渡った川とは異なる川を暗闇の中でさかのぼり、マップで調査した通りに三つ目の橋の手前で上陸を果たす。そこからは接敵の危険を最小限に抑えて、市役所の近くへ最短距離で接近することができる。
夜になると隠れている場所から出てくるゾンビの集団は非常に厄介だ。音を立てずにゆっくりと川から上がった俺は、岸辺で水滴が止まるまでジッと息をひそめた。
足音を立てないように慎重に踏み出す。
堤防と併用する道路にいるゾンビたちは、歩き出した俺に気付かない。目の前をゾンビ犬が通り過ぎていき、この世界でも隠形のローブがゾンビを相手に通用することは証明できた。
極力距離をおいて、息を殺しつつ忍び足で点在するゾンビの間を抜けていく。急ぐことはない、一歩ずつ前へ確かに進めばいい。
室内から漏れる照明の明かりで季節外れの電飾かのように、真っ暗闇で光を放つ市役所。以前はごく当たり前だった情景が、今では不気味で異様な夜景のように目に映る。
ゾンビたちが誘蛾灯に誘われたかのように市役所へ近付こうと、国道沿いに並べられた車両やフェンスなどの障害物をガチャガチャと揺らしてる。
ゾンビがなにをしようと関係ない。動いてるこいつらの速さに合わせて、俺は自分のペースで密偵のように目的地へ向かえばいい。
家電量販店の隣に、窓の割られた百円ショップがまるで廃屋のようだ。
かつては賑わいをみせたはずの店内に、倒された棚やゴミが散乱している。ここで購入すれば生活ができるくらいの商品は、なにも残されていなかった。
百円ショップの屋上に広告塔が立てられていて、その上へ登れば市役所を双眼鏡で覗くことができる。店内からは屋上へ上れないので建物の周りを探してみた。
建物の裏へ回ったとき、外壁に設置されてる梯子が見つかった。
威力偵察も選択肢にはあったが、市役所で立て籠もっている人たちの実態を俺は知らない。
間違った選択をすれば、きっと異世界の暗き森にいたダークエルフたちのように与えられただけの情報を頼ってしまって、殺してはいけない人々まで皆殺ししてしまう。
ああいう後悔はもう、二度と嫌だ。だから俺は見極めるために、こうして夜陰に紛れてここへやってきた。
屋上広告塔の内側にある骨組みフレームを登り、広告塔の縁から覗けるように頭部だけを出す。ホームセンターで取ってきた安全帯を使って体を固定させ、隣にある家電量販店の屋上駐車場に人がいないことへ目を配る。
――よしっ、夜間なら監視する人はいなさそうだ。
昼夜兼用の双眼鏡で市役所を覗き見る。
――やはり当たりだったか。
道路でゾンビが出すアーウーの唸りに交えて、時々女の悲鳴が夜のとばりを切り裂いてた。
市役所の外廊下で野郎が裸をさらけ出した女のお尻を掴んで、叩きつけるように腰を振っている。
——クソが。本当にいい趣味ですこと、そのだらしない顔へ魔弾ガンをぶち込んでやりたいぜ。
ただいきなり断定するのはよくない、ひょっとしてその行為は女の趣味かもしれない。
性行為をピーピングする興味などとうに失せた。
異世界で偵察や伏兵で待機を強いられたとき、盗賊の巣窟で仲間が来るまでに気が狂いそうになったくらい、犯される女の悲痛なる絶叫を何度聞いてきたことか。
視野の中に若い女の髪を引っ張る野郎が廊下へ出てきた。
抵抗する女を拳で殴りつけ、着ている服を破り捨て、隣で今も腰を振る野郎が大笑いしているようだ。
助けを求める若い女の悲しい叫びは、野郎たちの嘲笑とゾンビが唸る合唱に混ざってしまいってる。それは救いのない世界へ奏でる憤怒の狂騒曲かもしれない。
……うしっ、やるか――って、待て! 今なすべきことを知れ!
広告塔から飛び出そうとした若かった自分の暴走を自分で無理やり抑え込む。
——違う! 何度も言われてきたことを思い出せ。
俺は正義感に燃えるためにここへやってきたわけじゃない。目的を確実に果たせ! 死んだ熟練冒険者が俺に叩き込んだのは目の前に起きている現象に惑わされないということだ。
——落ち着け! 俺。
ようやく呼吸が整えてきたので、もう一度双眼鏡で市役所の現状が覗ける範囲を、できるだけ詳しく観察し始める。
……市役所の部屋はガラス張りで、電灯の付いた室内がよく見えた。
ほとんど裸の状態の女性たちが集まっている部屋へ入っていく男たち。
食べ物とお酒のビンが机の上にたくさん並べられ、身なりがみすぼらしい子供たちに奉仕させる男たち。
箱が室内いっぱい積まれた部屋。
自動小銃や弾薬箱が置かれている部屋で、自動小銃を抱えたままうつらうつらと船を漕ぐ数人の男。
自衛隊の服を着た十数人の男たちが手足を縛られて、Tシャツ姿の男たちから殴るけるの暴力を受けている。
椅子に束縛されている自衛隊の服を男たちが、女性たちから食事の世話やけがの手当てをしてもらってるようにみえる。
投光器で照らされた駐車場では、長い槍のような武器を持った人たちが、堅固な作りのバリケードに張り付くゾンビを隙間から懸命に刺している。腰が引けているところを見ると、どうやらこの人たちは戦いになれてない様子だ。
その後ろで自動小銃を持った男たちが笑いながら、蹴りを入れたりして、頭をなぐったりとこの状況を楽しんでいるようだ。
――なにこれ? カオスな構図で、殺してやった異世界の盗賊どもを思い出してしまったではないか。
市役所の屋上へ双眼鏡を向ける。
増設されたタンクと太陽光発電パネルの影が映った。
絶対健康のスキルのおかげで多少暗くても見えてくる俺は、動いている人の影がこっちのほうへ、なにかを向けてきたのが理解できた。
——見られてたか、クソっ!
銃声がした次の瞬間、体を揺さぶる衝撃を受けた。
銃で撃たれたとすぐにわかった。バリアが働いてるために着弾しても銃弾は止められたが、距離が近すぎたために固定されてる身体では衝撃を殺し切れなかった。
手早く安全帯を解いて、フレームの存在を無視して、広告塔の中を落ちるように下にある屋上へ着地した。
市役所の屋上から投光器でこっちへ向かってライトが照らされたが、広告塔の裏にいる俺を撃ってきたやつらからは直視できないはずだ。
収納空間から標準装備となったハルバートを持ち出して、犬型ウッドゴーレムを呼び出せるように準備する。
百均ショップの屋上からゾンビがひしめく地面へ飛び降りた俺。
ゾンビ犬のほうは犬型ウッドゴーレムに任せて、数多に群がってくるゾンビたちはこの手に固く握るハルバートで川までの退路を切り開いてやる。
今日から俺のことをチョーウンシリューさんと呼ぶがいい。数で押し寄せてくる敵を相手に、単騎無双するのはこれが初めてじゃない!
お口が悪い主人公は年相応の若者で、我慢や不愉快な出来事に脳内でキレてしまう場合が多々とあります。異世界での経歴はこちらの世界と異なるため、普遍的な社会性はまだまだ培われていません。
主人公が撃たれたのは、昼間の出来事に警戒した敵性勢力が建物の屋上で、微光暗視眼鏡を用いて監視したためです。頭が動いてますし、高所が少ない町だと覗き見できる高い場所が限られてしまいます。
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