22話 悪意はいきなりやってくるものだ
地方都市に入ったところにふ頭がある。そこで車列を止めさせて、いつものように俺とグレースが物資の収集を兼ねて、市内の偵察へ出かけた。
市内に入ってすぐのガソリンスタンド。そこでガソリンを収納しようとした俺は地下貯蔵庫が空になっていることに気付いた。
「グレース。ここは一緒に回ろう」
「わかった、そうするぅ」
川を越えてから俺とグレースが気付く程度、この街にいるゾンビは微妙に少ない。それと国道の車道に乗り捨てられ、列を成す車が見方によってはバリケードに見えなくもない。
国道沿いにあるコンビニの棚に商品がほとんど残されてなかったし、本屋などのお店を確認しても同じ状況だった。
ここは今までの町となにかが違う。
「だれかが見ているよ」
「え?」
悪魔族のサキュバスは負の感情に満ちた人間の視線にとても敏感だ。色欲や敵意とか、恐怖や絶望とか。
彼女たちからすれば、人間が発する情欲は魔力を吸収するチャンスを知るためのサインのようなもので、数が少ないサキュバスたちにとって、敵視を感じ取ることで敵を排除してきた。いずれも種族の生存に関わっているだそうだ。
その能力はこの世界へ来ても変わらないため、同行者の野郎どもから受けた淫欲をいつも俺が解消させてる。
――男はつらいぜ。
「どこからだ」
「向こうにある屋上に人がいるし、ちょっと離れた場所からでも見られてるよ」
あえて方向を指さないグレースは手前にある二階建ての建物を眺める。
ゾンビがたまに現れる国道で、堂々と歩く俺たちは向こうからすれば丸見えだ。近くにある建材店で物資の拐取を控えた判断は正しかった。店内の物がいきなり無くなるところを知らないやつらに観測されたくはない、それが敵となる集団ならなおさらのことだ。
「どうする?」
「とりあえずこのまま進もう」
監視するやつらから襲撃されるかもしれないと考え込んだ俺は、これから同行者を連れての行動方針を再検討するため、敵側からアクションを触発させたい。
――ここは気を引き締めて偵察の続行といくか。
「攻撃して来たらまずは一旦引く」
「反撃しないの?」
「物騒な……敵が少ないならそうするけど、ここはちょっとおかしい。そんな気がする」
「わかったよ」
頬を膨らませるグレースがとても可愛く見える。だけど騙されちゃいけない。
俺の場合は色んな戦場で慣らされてしまった経験があるだけで、こいつの場合は瞬時に人間の倫理や都合を一切考えないシリアルキラーになれる。
俺の奴隷というストッパーがなければ、ゾンビであろうと人間であろうと、目の前にいるすべての敵を笑いながら殲滅できる。
それが元魔王軍の幹部にして、血染めの凶魔と呼ばれていたサキュバスのフレンジー・グレースだ。
前へ進むほどゾンビの数が減少する。
周囲は廃車やフェンスなどで巧みにバリケードが築かれていて、まるで市役所へ誘うように車道が空けられていた。
『止まれ! 武器を捨てろ』
市役所の向かいにある家電量販店の屋上からメガホンで叫ぶ男の声が聞こえてきた。素早く道路の両側を見まわすと、家電量販店と市役所の屋上から銃を向けてくる複数の人が見えた。
「戻るぞ!」
来た道へ全力で脱兎がごとく走る。
辺りに響く銃声も、追いかけるように地面を抉る銃弾も、怒声を放つ男たちの脅迫も、今はすべてを無視して逃亡する。
市役所の駐車場に止められていたのは自衛隊の軽装甲機動車に大型トラック。それにタンク車も目に映ったので、ここに自衛隊が来ているのは間違いないだろう。なぜ民間人である俺を銃で撃ったのは理解できないけれど、射撃された事実は確かだ。
フルオートで撃ってくるところに容赦を感じない。
「左に曲がれ!」
「はーい」
緊張感がまったくないグレースの返事。
自動小銃程度なら傷すら与えられない彼女は、俺が走る速度と出した指示に合わせて、ピッタリと横について来る。
車で遮られた小道へ入り、市役所から遠ざかるように足を速める。来たときに通った橋より上流にある橋を逃げ道に選び、家々の間に縫うような小道をグレースに監視の視線を確認させつつ、とにかく今は素早くここからの逃走を図るだけだ。
なぜ銃撃された事情を探るために夜になったら暗闇に紛れて、ここへ偵察しに来るつもりだ。
「橋の手前にある工場の屋上に人がいるよ」
「マジか……最初に橋を渡ったところから監視されてたのか」
「そうだよ」
「なんで言わなかった?」
「なんで聞かなかった?」
首を傾げる仕草をするグレース。
なんだか彼女を見ていると疲れが一気に噴き出してしまい、問い詰めることすら諦めるほど気抜けした。
「橋の向こうは?」
「視線を感じたのは橋を越えたときなんだから、橋を越える前はだれもいなかったはずよ」
すでに見られたならしょうがない、ここは橋の上を強行突破して待機中のみんなと合流を図る。
夜の探索だが、自衛隊と関連するなら暗視スコープくらいは使ってくるかもしれないから、収納に死蔵になってた隠形のローブを使ってみるつもりだ。
隠形のローブは気配遮断ができる盗賊ギルドの高額アイテム、当時はこれを買いたいがために熟練冒険者の同行を頼み込んで、かなり無理した高ランクのクエストを受けたもんだ。
「橋を突破しよう。相手に俺らの能力を見られたくないから、ゾンビを避ける方針で魔法と物理の攻撃は無しだ」
「ふーん……まっ、いいけど」
橋の車道でまばらに散らばり、放置された車の間をうろつくゾンビが数十体。
俺の指示にあっさりと頷くグレースの身体能力なら簡単にゾンビを避けられる。グレースほどではないけど、一般の人に比べると身体能力が高い俺ならゾンビに捕まえられることはない。
さっさとここから退去して川瀬さんたちと合流する。偵察の結果次第によって、進路ルートの変更を考えなければならない。
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