21話 人に言いつけるのは簡単なことだ
「あー、テステス。前方にゾンビの集団、各車注意されたし」
『了解』
『わかりました』
『はい、聞こえました』
『はいっ!』
家電量販店で入手したトランシーバーを使って、後続のゴーレム車へ通達した。いつか軍用無線機を手に入れたい。あれなら長距離通信が可能となるので拠点の運営に役立つと考えている。
進路中の市町村を回り、物資の収集に励みつつ人員を募集した結果、今は21台の大型ゴーレム車に438人が同行している。行き先の町で生存者を救助し、支援を行っているうちに大阪城拠点化計画に参加する人が増えてきた。
「右手と後方をお願いね」
「わかったわ」
グレースはおれの傍から離れて、迎撃の網をくぐり抜けたゾンビを火炎魔法の火炎放射で焼却していく。俺のほうも改造した火炎放射器タイプの魔弾ガンで、牙を剥く数体の小型犬ゾンビをまとめて焼き殺す。
魔弾で砕け散ったように、ゾンビを倒してもウイルスが含まれる体液を辺りに散らかせることがないので、今ではこっちのほうを好んで使ってる。
火炎を喰らったゾンビが即死しないという欠点は俺とグレースにとって、数が少なければそれほどに重要なことじゃない。たとえうつることがあったとしても、感染源となる体液を浴びなければいい。
警備に当たる犬型と人型ウッドゴーレムが100体を超えるゾンビ軍団と第一防御ラインで激戦中、第二防御ラインを越えたゾンビは車載砲台型ミスリルゴーレムが射殺する。最終防衛ラインとなるゴーレム車の付近で、下車した俺とグレースがメイス持ちのアイアンゴーレムが車列の前でゾンビを撃破していく。
「ゾンビの集団は撃破した。10分後に前進します」
『お疲れさまです』
『ありがとうございます』
『わかりました』
『はいっ!』
もはや見慣れた光景なので、ゴーレム車にいる同行者たちが騒ぐことは見られなくなった。
中にはゾンビの討伐を手伝いたいと申し出た男連中はいるものの、今や集団のご意見番と尊敬を集めてる川瀬さん夫妻が全員と十分に討論した上で、安全対策は俺に委託することが決定された。
正直なところ、その結論にホッとしたのが本音だった。
ゾンビからの感染を完璧に防げて、近接戦で反撃する手段を持つのは俺とグレース。
もし同行者が討伐に参加して、万が一同行者がゾンビから感染でもされたら今後の士気にかかわる。それにゾンビと対戦するのはそれなりの慣れと装備が必要で、同行者とまだそれほど信頼関係が築けていない今、それ相応の武器や装備を渡すことを俺はためらっていた。
「発車しまーす」
トランシーバーに声をかけてから運転する小型自走ゴーレム車を走らせる。ウッドゴーレムたちが付いて来れるように、時速15キロ程度の速さで次の停車予定地へ向かう。
半島を西側へ進み、北上するあたりから人間だったゾンビの数が増えてきた。
『汝らに命ず。車をどけろ』
ゾンビ犬の数は変わらないのだが、タヌキとキツネのゾンビが減りつつある。
道路に放置されている車の数が多く見られるようになったので、最前方に配備したトランシーバー付き中型アイアンゴーレムが俺からの命令を受けて、進路上で邪魔になる車両を道路の脇へ撤去させた。
道中で寄り道していくつかのファームに立ち寄り、運よく乳牛を含む豚や鶏などの家畜を収容した。
農家を営んだ人のおかげで種籾は確保、野菜や果物の種はある町に生き残った人から教えてもらった種苗店で入手できた。
今にある物資は食べるのに困ることはない。それでもこれからのことを考えて、飢えることのないように拠点で食糧の生産が可能とする準備を進める。
農機具と農業機械は農家の人から聞き出した情報で放置されているものを収納してあるので、田んぼと畑を農家出身の人たちに耕してもらえたら、いつかは自給自足の生活にたどりつける。
――きっとたどりつけるはずだ。うん。
いくつかの町で生存者が作るコミュニティと話し合うことができた。
同行を勧めているものの、コミュニティの人々が住まう町から離れて、大阪城を拠点化する計画に賛同する人の割合はそう多くない。当たり前のことだけど、町で出会った生き残った人たちは自分たちが住んでいる場所の復興を願ってるからだ。
その間にも俺は農業倉庫から精米前の米を回収したり、自生する野菜や果物を収穫したり、放棄された食品工場やショッピングセンターなどの商業施設から保存食を含む食糧や食品の原料は収集したりした。
訪れたコミュニティの中には無制限に善意で供給してほしいと、その無茶な要求に俺はかなりイラついた。
長期的な展望を考慮すると理念が異なる人たちと共に行動することは、いずれか破綻するのが目に浮かんだので、俺としては要求通りまでいかなくても、自分たちの備蓄に影響を与えない程度の物資を与えたつもりだった。
それでもどこかのコミュニティからもっと物を分けて欲しいという意見が出されたし、中には定期的な物資供給とゾンビの掃討は国民の義務だと責任を押し付けてこようとする町会議員までいたのだ。
笑止千万、開いた口が塞がらなかった。
ただ困ったことに同行者の中ではそういう声に同意する人たちがいたのだ。
彼らは俺に向かって声を出すことはない。
翔也くんからの話によると、移動するこのコミュニティの運営は民主主義に基づくべきという議論がなされているらしい。
どうも一部の人は俺のことを独裁を企む危うい輩ととらえているようで、みんなのことを奴隷にするつもりで連れ回していると憶測しているようだ。その証拠にいくつかの町で異論を唱えたコミュニティが置き去りにされたという。
話を聞いた俺はため息をつくほかないし、弁解する気すら起こらない。
無言を続ける俺に恐れてか、川瀬さんたち初期メンバー以外が連絡業務以外に話しかけてくることは少ない。
ただ彼らも滞らない食事と脅かされない安全からは見放されたくないので、正面を切って俺に突っかかってくるような状況は発生していない。
反面に、人という資源をある程度確保したい俺が彼らと衝突するつもりがないので、両者の間は微妙なバランスで保たれているのが現状だ。
そんなわけで俺は同行する人たちの中でわりと浮いてる。
食事のときに柚月さんたちがフレンドリーな態度で話しかけてくれるおかげで、その場面を見ている同行者たちが俺を恐れるような状況にはなっていない。
異世界で色んな経験ができてよかった。異世界風聞は戦闘以外ではあまり役に立たないけど、人間関係では心が荒むほどかなり揉まれたから……
「あなたの世界に来てみたけれど、人って、あまり変わらないのね」
「ははは、そだね。否定できないところが癪だけどな」
グレースの声に苦笑いせざるを得なかった。
人が増えるほど声と問題が多くなる、これは仕方のないこと。
別に仲良くするために集まってもらったわけじゃないから、一緒に生きる努力ができるなら俺は問題視しない。相手がどう思うのは考えるだけ無駄なので追及もしない。
人には選択する権利があるのはごく当たり前のことだ。でもそれは相手にも俺にも言えることだから。
農業スキル持ちの農家さんがいつの間にか同行しました。アイテムトランシーバーと火炎放射器をゲットしました。貴重物資の家畜と家禽、お米などを収集しました。農業・畜産・漁業のスキル持ち村人が集合しましたので、ユニークスキルの食糧生産が発動しました(ジョークですよぉ)。
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