20話 生き長らえることだけが望みじゃなかった
地元から離れたくない加藤さんと小島さんが若松さんと一緒にこの町に残ることになった。みなお年寄りだからいつ死んでも構わないと爺さん婆さんが豪快に笑ってた。
同行してくれる11人の中に漁師が3人と農業を営む4人がいたのは予想外の儲けもの。若松さんの案内で使う人がもういない5隻の漁船をもらった。
空間魔法で収納したときに、唖然と口が塞がらない若松さんたちがとても面白かった。
魔法のことで騒がれてないのは翔也くんが30歳を越えると魔法使いになるって説明してくれたようだ。
――ど、どどどど童貞ちゃうわ! 30歳にもなってないしな。
港の近くにあった警察署に若松さんたち残留組が住める拠点を作った。グレースに護衛された柚月さんたちがコンビニやホームセンターで食料品や日用品を運んできて、俺たち野郎どもは警察署の改築に当たった。
一階と二階にある窓はすべて鉄板で塞いで、出入り口は近くの工場から拝借した両開きの鉄製扉を置き換えた。屋上にタンクを増設して、太陽光発電の設備も設置した。
部屋にある不用品は駐車場に積んでからブルーシートを被せ、一階に食料品や日用品を搬入する。
みんなが警察署内で改築や設備の設置を勤しんでいるときに、ウッドゴーレム警備員を50体ほど配備させた俺は、街の中から災害用浄水器や冷凍庫など籠城に必要なものを探し回った。
警察署の中に拳銃や散弾銃はほとんど置かれていなかった。
若松さんの話によると、避難の指示が出たときに各避難所へ配員したという。たぶんそのときに持って行ったのかもしれない。オフラインマップで探して、表示された銃砲火薬店へ足を伸ばした。
残念なことにその店はすでに廃業されて、古びたシャッターが降りたままの空き家になってた。
それでも残留組のことを考えて、前に拾ったいくらかの銃器と弾薬を残しておこうとしたが、若松さんから断られた。
「わしはスコップがあればええ、銃なんか撃ったこともないから持ってても仕方がねえ。
死ぬときは死ぬもんだから心配するな。ガハハ」
「わかりました……これだけはもらってくださいな」
俺から手渡したのはボウガン、異世界で錬金術に目覚めたときに大量に作ったものだ。
連射ができないこと、整備が必要なこと、それに異世界のモンスターにあまり通用しなかったことで、ずっと収納空間に眠ったままにしてた。でもここなら対ゾンビまたは対人用に使えるはずだ。
「わかった。それならありがたくもらおうかな」
「できるだけ生き延びてください」
法律を守らせる体制が崩れ、人を襲う異形がはびこる世界。
安全な環境を問われてもたぶんだれにも答えられないのだろう。それでも生きていくことを考えたら、思いつく限りのことを惜しみなくしておいたほうが絶対にいい。
若松さんが言う通り、死ぬときは死ぬのだから心配してもしょうがないって話だ。
結局、町の探索と警察署の改築に3日がかかった。その間にも町にいるゾンビの襲撃が絶えることはなかった。
この町と隣の市を合わせて数万人は住んでいたと思われる。
犬の個体数なんて数えたことはないし、野生のキツネとタヌキはいったい何匹がいたことやら。それを殲滅するのはグレースの魔法で町ごと焼却したほうが早いかもしれない。
だけどグレースがこの世界で穏やかに生きていくために、俺はそんなことをさせるつもりがない。
突出し過ぎた力は必ず幸せに繋がるのだろうか。俺にはわからないことだ。
毎晩、夜通しの宴会が開かれたらしい。グレースと海辺の家で過ごす俺は気を遣われてみんなから招かれなかった。
ホームセンターにお酒がいっぱい残ってたし、日中に若松さんたちが船を出して、うまい海産物をたくさん取ってきた。
ちょっとは参加したかった気もするが、たぶん俺がその場にいたら、盛り上がりに欠けてしまうかもしれないと自分で勝手に想像した。
海産物は分けてもらえたので、ある分だけ収納空間に貯蔵する。食べ物は色々あったほうが食事の楽しみが増えるもの、生産と流通が途切れた現在、自分で蓄えることはとても大切だ。
本屋と図書館を回って、役立ちそうな建築や電気など専門分野の本をありがたくちょうだいした。これは俺が学習するというより、同行者たちに見てもらうために集めたものと俺は考えている。
街のお店で生活で使えるものがたくさんある。
しかも今は無料のご提供だからもらい放題だ。グレースは娯楽になる玩具や書籍を集めているのだけど、それはそれでゆとりのある日を送るために必要だと思う。
このまま棚の上で朽ち果てさせるよりも使ってあげたほうがいいと勝手に解釈して、そこら辺にあるものを片っ端から収納した。
若松さんの自宅へ連れて行ってもらった。
長年連れ添った奥さんは近所の知り合いと避難所に行って、未だに帰ってきてないという。若松さんは寂しそうに笑うだけで、奥さんとの写真をカバンに詰め込んだ。
「お礼と言ってはなんだが、これをもらってくれ」
いかにも高そうな釣竿と、釣りに必要な道具一式を釣竿バックごと渡された。若松さんが大事にしてた宝物ように思えたので断ろうとしたところ、何度も頭を振って押し付けてくる。
「あんたは漁師にならんのやろ? 釣りくらい楽しんでくれ。
あいつらがうろつくここでわしはもう船には乗れんし、釣りにもいけんよ。それならあんたが使ってくれたほうがええ」
「……ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
「いい竿だから大事に使ってくれ。ガハハ」
陽気そうに笑っている若松さん、これがゾンビ災害の前に振舞っていた本来の姿かもしれない。
若松さんが拠点となる警察署に持っていく荷物をまとめている間、俺は庭に植えられている木や花を眺めていた。
子供のことについてはなにも言わなかった。
だがリビングに飾られている写真で、若松さんと優しそうな奥さんの周りに子供と孫らしき人がたくさんいた。
今でも子供と孫のことが心配だと思うし、一時期は田舎よりも都市部のほうが危険だったから、子供たちが孫を連れてここへ避難してくると若松さんは思っているかもしれない。
残留組にしてやれることはほとんどない。若松さんたちが一日でも長く生きられるよう、心より祈るしかない。
今夜の夕食は若松さんたちが握る寿司パーティだ。
川瀬さんから聞いた話、宴会では絶賛された絶品だそうで、まだ食べていない俺はとても楽しみにしている。ネタが新鮮だから、回ってるやつしか食ったことがないグレースもきっと気に入るはず。
――漁師さんが作る料理って、最高じゃないか。
「気を付けてな」
残留組に見送られて、俺とグレースが乗る小型自走ゴーレム車の後ろに、川瀬さんたちを乗せた砲台付き大型ゴーレム車が出発する。それを護衛するのは50体のウッドゴーレムと、障害物を排除する10体のアイアンゴーレムだ。
「合間を見て、立ち寄りますよ」
「ガハハハハ!
――年寄りのことは忘れてええ、用事があるときに様子を覗いてくれたらええ」
照れくさそうに若松さんが手を振ってくれた。
ゴーレム車は動き出すときに玄関の扉が閉じられた。
屋上から加藤じいさんと小島ばあさんがいつまでも屋上で俺たちを見送ってくれて、その横に若松さんが加わった。
小さくなっていく屋上の人影。いつかここへ戻ることがあったら、また若松さんの握る寿司を食べたい。それまで生き残っていてほしい。
漁業スキル持ちの漁師さんが同行しました。しかし経験豊富の老漁師さんは仲間になりませんでした。アイテム高級釣竿をゲットしました。知識の本や娯楽玩具を収集しましたが、貴重な銃器は回収できてません。これでコレクター達成率は24%です(ごめんなさい、そんな設定はないです)。
若松辰己(73):漁師一筋のおじいさん。地元の港町で生まれ育ち、仕事以外に町を出ることはない。
加藤茂雄(73):若松の親友で幼馴染。漁業組合で働いていたが今はご隠居さん。
小島好美(71):若松の従妹で幼馴染。若松の仕事仲間と結婚してたが死別。自宅で老後生活を送ってた。
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