19話 ご主人様は契約を履行すべきだ
船に乗っていた15人が良子さんの作ったおにぎりとお味噌汁、それと牛肉と大根の甘辛煮をとても美味しそうに食べている。
「――ふぅー……生き返ったわい!」
元気そうなおじいさんである若松さんが赤ら顔で日本酒をがぶ飲みだ。
おじいさんはゾンビが港町を襲撃してたときに船で漁に出ていて、ふ頭へ逃げてきた知り合いを船に乗せた。
しばらくの間はふ頭にある倉庫へ食料品や水を取りに岸へ寄せたりしてたが、いつの間にか若松さんの船を監視するゾンビ犬がふ頭に居ついたので、補給することができなくなったらしい。
「……そうか、大阪に行くのか」
「はい。ご一緒しますか?」
船に乗った人たちが飲み物を手に持ったまま、若松さんへ確認するような視線を向ける。そんな人たちを見てから若松さんは目を閉じて、黙ったまま物思いに耽る。
「……助けてくれたのはありがたい。だけどわしは生まれ育ったここを離れたくないんじゃ」
「そうですか。それならお米や飲料水を援助しますよ」
「ここに残って、ゾンビを倒してもらえんのか」
「すみません。先を急ぐのでここには残れないんです」
若松さんの縋るようなお願いをお断りさせてもらった。
ここで引き受けてしまったら、この先に現れるかもしれない人たちの町をすべて手助けしないといけない。そういうのは警察や自衛隊がすべき行為で、ただ生き残ろうとする一介の民間人はその気にはなれない。
若松さんたちだけではなく、川瀬さんたちからも若干責めるような視線は感じたけど、見なかったふりで流してやった。
「ここから離れていた船もあったんですね、どちらへ行かれましたか?」
「うーむ。ここは食べ物も水も無くなりかけたから、どっかの港へ探しに行ってみるとは言ってたがな」
気まずそうな雰囲気の中、話題を逸らすように川瀬さんが若松さんにほかに生き残った船の行方を聞いてみた。ほかにも若松さんたちと同じ境遇の船があったそうで、ちょっと前に若松さんの船を残して、違うところへいったみたいだ。
合流したてのときに若松さんたちは町役場や町立体育館、ホームセンターや学校に避難した人たちの現状について、問合せしてきた。グレースから聞いた話と俺が見た限りでは生存者を発見することはできなかった。
気落ちした人たちを慰める役は川瀬さんたちに任せて、俺は鋼板や鉄パイプなどが置かれている建材店へ回収しに行った。
今後はセメントやコンクリートブロックなどを含めて、拠点に必要な建材を収集していかねばならない。
——あー、忙しい忙しい。
「一晩だけ考えさせてはもらえんか」
「いいですよ」
若松さんたちは川瀬さんたちを交えて相談したいと言ってきた。とくに断る理由がない俺はゾンビの巣窟となった製材会社へ木材を取りに行く予定を立てて、今夜はグレースと海辺で見つけたおしゃれな家で一泊するつもり。
そろそろお勤めを果たさないとあいつが本気でキレそうだ。
空いっぱいの星、今なら異世界の夜景と変わらないほど美しい。
波の音を聞きながらグレースと砂浜を歩く。
ガソリンスタンドでガソリンがたくさん収納できたので満足だ。どこに居ても使う使わんは別として、各種の物資は大切。かき集められる限り集めておいて損はない。
「やっぱり人助けするのね」
「うーむ——自分の中ではより良い生活を送るためにやってることなんだけど」
「そう。それならいいわ」
こいつはこの世界に来てから腕を組むことを覚えた。
なんでも好きなアニメのヒロインがよくやってることで、こうすると心にぬくもりを感じるだそうだ。
「――キャン」
護衛の犬型ウッドゴーレムが忍び寄るゾンビ犬を仕留めたのか、後ろのほうから小さな悲鳴が聞こえた。
夜になるとゾンビの動きが活発となる。ガソリンスタンドにいたときに集団で押し寄せてきたので、怖いというより気持ち悪さで気分が最悪だ。
「ゾンビがウーアー言うだけで怖くないし、魔王様も勇者もいないこの世界は最高ね」
「そうか」
娯楽に満ち溢れるここは堕落で快楽を求めるサキュバスには良い住環境かもしれない。ゾンビ? 数百であろうと数千であろうと本気になった悪魔族の敵ではない。
「インターネットが切れたのは痛いわ。あれがあるなら一日中家に居ても楽しいから」
「なるほどね」
手を握ってくるグレースが力を込めてきた。これは今夜がんばるぞというサイン、明日も元気はつらつでいられるため、寝る前に飲む体力回復剤を横に置いておこう。備えあれば患いなしだ。
やっぱりただの引きこもりだけじゃだめだ。
健全な生活を守るためにもインターネットだけはなんとかして復旧せねばなるまい。そのためには環境と人材が必要。
これは人のためじゃない、健康のためにインターネットができるゾンビの世界を目標に、これからはできる限りの手を打つもりだ。
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