17話 意思疎通はしておくべきことだ
就寝前にリビングで川瀬さんたち全員へ厳重な注意をキッチリと伝えておく。
「もし見知らない誰かが暴力を訴えてきたら、やろうとすることを俺はそのままやり返しますんで、そのつもりでいてください」
「えっと……どういうことかな、芦田くん」
一同が理解できていない顔をみせてきたために、川瀬さんが代表して俺に確認してきた。
「具体的に言うと武器でこちらの命を脅かしてきたら殺します」
「――」
全員が息をのんで俺のほうへ驚愕した視線を向けてくる。そりゃそうだ、人殺しをしますって堂々と宣言されたら平和の世の中を生きてきた人の価値観からしたら驚くのかもしれない。
「芦田くん……人を殺すのはマズいだろう。もっと穏やかにだな――」
「ゾンビがウロウロするこの世の中に、放り出すのは殺すのと意味が一緒じゃないですかね」
古川さんが悩んだ表情で諫めようとしたので、話しかけられてる途中で遮った。これから彼らと日々を過ごすのなら、異なる価値観があることを俺はしっかりと示してやらねばならない。
「生き残った人にはそれぞれの事情があるんだ。それをしっかりと調査した上にどうすればいいかを判断してはいかんだろうか」
「川瀬さん、俺は警察になったつもりはないんです。
食べ物にしろ、生きる場所にしろ、生きている人にはだれもがなんらかの事情は持ってるのでしょう。
でもそれが人の命まで強奪していい理由にはならないと思いますよ」
返事を聞いた川瀬さんが苦しそうに両目を閉じて唸り出した。
以前に牧場を襲ったやつらを彼らは追い返しただけ。きっと川瀬さん一家は善良な性格のままで今まで生きてきたと俺は感じた。
「あのね、芦田さん。縛るとか、捕まえるとか、殺すほかになにかの方法はないかな」
「こっちの命を脅かしたやつらの世話をこっちが持つって言うんです?
柚月さん。ごめんだけどそんな余裕はどこにもないし、そんなことしていれば物資なんてすぐにでもなくなるのですよ」
こういう会話は異世界で散々とくり返してきた。
今回と違うのは人助けを願ったのが俺で、止めていたのは異世界に生きる人たちだったということだ。ただそのことを川瀬さんたちに説明する気はない。
異世界の戦友たちも好きなようにやらせてくれた。たとえそれによって彼らが命を落としたとしても、誰一人として俺を責めた人はいなかった。
後悔の念で心が淀んでいるのは俺のほうだった。
「芦田くん。こんな時代だからこそやっぱり人を殺すのはよくないとおばちゃんは思うのね」
優しい声で諭すように語りかけてきたのは川瀬さんのおばちゃん。若者をいたわるような声音に、尖ってるおれの気持ちを和らげてくれる。
「気持ちはわからないでもないです。
ただね、もしそんなやつらが物と女を残せ、男は皆殺しとか言ってきたら、あなたたちがやられるところを黙ってみていろと言うんですか?」
「……」
「言っちゃなんですけど、盗賊に捕まった女たちは見るにたえないひどいことになりますよ」
ゾンビが居ない世界でおれはこんな人々と出会いたかった。
異世界なんか行くんじゃなかった。
盗賊の拠点に四肢を切り落とされ、死ぬに死ねない慰み者となった女性なんか見るんじゃなかった。
野盗に脅され、一人ずつ子供の首を斬り落とされる村に訪れるんじゃなかった。
俺のせいじゃない、それでもなんとかしたかった俺がいた。
「そういうことをもっと前に言ってほしかったな」
「そうですね、そう言われちゃうと否定しませんよ。
それじゃ、あなたたちはどうしますか? 残ると言うのならお米とか調味料とか、できる限りの物資は置いていきますけど」
若い刈谷さんのボソッとした呟きに、俺は笑顔で聞き返した。
血に染めた手を持つ俺の価値観を川瀬さんたちに押し付ける気はない。その代わりに彼らが持つ価値観のすべてを尊重する気にはなれない。
こんな世の中じゃなければどこかの会社でなるべく責任のないお仕事しながら、グレースと風波の立たない人生を送りたかった。だからここが最終確認。
こんな俺なんだけど、ついて来る気はありますかと。
「……あのな、おれもびっくりしただけど、ここは芦田さんのいうことが正しいんじゃないかな」
「……」
全員が俯いてる翔也くんを見る。
けして大きくはないその声は、しっかりとした意思が込められている。
「もし、悪い人が姉ちゃんと母ちゃんたちを犯すって言ってきたらおれは戦うよ。父ちゃんたちを殺すって脅して来たらおれはそんなやつらを殺したい。
芦田さんが殺すのはそんなやつらなんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「それならおれは芦田さんについていきたい。芦田さんはおれらを守るつもりで言ったんでしょう?」
「ああ、もちろんだ」
「本音でいうと、ゾンビが溢れる世界になってもずっと家にいたままのおれは、人を殺せるかどうかがわからないんですよ。
芦田さんに押し付けるようで本当に申し訳ないですけど、どうかよろしくお願いします」
「わかった、頼られましょう」
まだ高校生の翔也くんが率直な気持ちを述べてきたので、それを俺は受け入れるつもり。
ルールがルールじゃなくなった世界で守るべき人たちが生き残れたら、それは自分のためにもなる。
「……わかった、芦田くんの言い分を聞き入れよう。ただ、殺す前にできれば事情だけは聞いてやれないか?」
「そうですね……
わかりました。俺もシリアルキラーではないんで、いきなり武器で攻撃してこない限り、相手に話し合いをする気があれば、事情は聞くだけ聞いてみましょう」
譲歩は片方がするだけじゃない、双方が納得できる落としところは大事だと思う。
人が見ている前で、サクサクと人を殺すのもなんだか落ち着かないし。
ちゃんと妥協したのに、そんな俺を翔也くん以外の全員がうさんくさそうに見てくるのはなぜだ。
「前は魔弾ガンを乱射させたのに成長したね。うんうん」
グレースの余計な一言に今度は全員が青白い顔で引いてる。
——違うんだ、あれは正当防衛だよ。撃ったのはあくまで敵が殺意を漲らせたからだよ。わかってくれ。
今回の説明です:
主人公は進んで汚れ役を引き受けるのではなく、対人戦闘に慣れてる自分が護衛役になる代わり、同行する人たちが生産することに専念してもらいたいという打算的な考えを持っているのです。
アリで例えると、自分のチームは兵隊アリ役を果たし、同行する人々が働きアリの役割を担ってもらう。主人公はそういう社会性のある行動で集団を維持する心構えで対話に臨みました。
ただし、まだ双方にははっきりとした信頼関係がないため、あえて暴力に関わる話題で交渉に乗り出し、自分の力を示すとともに相手の出方を確かめたいという思惑があったのです。
上記の心理的な描写は執筆する際、話が長くなると考えたので削除しました。ただ、主人公がヒャッハーさんではないことを説明するため、後書きに残すことにしました。
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