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75話 決戦のルールは城攻めとなった

「アリシアからの知らせでお前が和歌山の地でライオットを退けたことは聞いた。

 さすがだな、()()


「部下が殺されるのに、よく仇を相手に平然と話していられるものだな」


 ドラウグルとは立ち話するほどの仲ではないから、癪だと思いつつも収納から座り心地の良い椅子を出してあげた。



()? よくわからない概念だ。

 ライオットが負けたのはお前より弱かっただけだ。()()()()()()()あいつも満足したはずだが?」


「あーそうかい」


 やはりドラウグル野郎(こいつ)とは理解し合えない仲、できたらこいつらからなるべく離れた遠い場所で暮らしたい。



「夜通しの攻撃で潰せるかなと思ったが、さすがだな」


「このくらいでは負けないよ」


 本当は疲労で今にも倒れそうなんだけど、弱さを敵に見せないために口だけは強がってみせた。



「メリッサが作り上げた軍勢はどうだ?

 人間には負けないだろう」


「勝手に言ってろよ。

 俺たち人類が健在なら、そんな古い装備の軍勢なんて航空攻撃だけであっという間に全滅だ」


「爆撃ならメリッサの策略でしのいでみせた。

 それに俺たちが全盛の世界で、お前が言うことはただの負け惜しみでしか聞こえないぞ」

「くっ――」


 悔しいがこいつの言う通りだ。


 俺が言ってることは、昔に千人の社員を抱えたと、落ちぶれた元社長が場末の酒場で嘆いてるようなくだらないセリフと変わらない。



「名乗り上げたし、お前とは語り合えるとも思えないしな。

 人間とおれたちは初めから仲良くなれるはずがない」


「そうだな。お前とは通じ合えるとは思わないが、今の言葉だけは共感してやるよ」


 腕だけではなく、ドラウグルは俺の前で偉そうに足まで組んでみせた。



「今回の攻撃で人間はおれたちの相手にならないことが確認できた。

 手強いのはやっぱりお前だけだが……

 前夜祭が済んだということで決着をつけよう」


「どうやってだ」


「明日朝9時、総攻撃をかける。

 ()()がおれたちに勝ったら、一度だけ今後のことで交渉に乗ってやってもいい」


()()()が負けたら?」


「お前たちの言う同類(ゾンビ)が増えるだけだ」


 目の前にいるドラウグルとは思いが混じり合えない仲だけど、こいつの考えはわりと好きだ。



 力こそがすべての源泉、()()()があるから正しいというわけじゃない。


 だけど声高らかに正義を叫びたかったら力を示せということだ。


 ――ドラウグル。あんたがなにしてたのか、どこにいたのかは知らないが、人間であるうちにお会いしたかったぜ。



「勝ち負けの決め方は?」


「簡単だ。おれがお前を殺すか、拘束するかでおれの勝ち。

 お前がおれを殺すか、拘束するかでお前の勝ち」


「それ、わかりやすくていいな」


「化け物同士の戦いはどこかでし――」

「しゃべるなと言ったはずだ人間っ!

 ここで一気に勝負(みなごろし)にしてやってもいいんだぞ」


 俺とドラウグルが決着の決め方を話しているときに、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


 空気の読めない山下さんは、ドラウグルの非常に気合が入った恐喝で黙り込んでしまった。



 相変わらずのは滑稽っぷりで声を出して失笑したくなる。だが山下さんのいうことに俺も賛成したい。


 ()()()なら()()()()()で戦うがいい。



「……邪魔が入ったがお前はそれでいいか?」


「ああ、異論なしだ。条件は付けてもいいか?」


「言ってみろ。受け入れるかどうかは判断する」


「礼を言うぜ。

 ――攻め手がお前で守り手は俺。戦場はここ、徳島城だ」


「城攻めか」


 ――大阪城のときは俺がいなかったからお前たちに取られた。俺が整備した城を奪われた仇じゃないけど、俺がいる徳島城(ここ)で迎え討ってやる。



「それと総攻撃が開始されるまで、ここにいるすべての人間には手を出さないでほしい。

 その間に俺たちが移動してもだ」


「いいだろう。ただし徳島市から外へは出さない。

 それと北側にある島の自衛隊はこのまま封じ込ませてもらう。

 お前が負ければ()()()にいるすべての人間を同類にする」


「……わかった」


「――人間たちよ、これはおれとこの人間の勝負だ。自衛隊を動かしたいなら勝手にしろ。

 その時はおれたちとの全面戦争を覚悟しておいてくれ」


 アジルの恐喝を受けて、後ろのほうで政府と市の職員の間がざわめいてる。どうやら()()()()でこうなったとささやき合ってるようだ。



 要するに目の前にいるこいつのせいでみんなの命を勝手に勝負の報酬とされたから、たぶん俺は()()()()()にみなされた。


 運が悪かったらだれであろうと、ゾンビになるかここで死ぬかだ。ここで俺が勝負に出たのは沙希たち俺を大切に思ってくれる人たちのため。それが譲れない俺の思い。



「同じことをくり返すおバカさんね」


「好き好んでやったわけじゃねえよ」


「はいはい」


 人を救ってその敵となる。グレースの皮肉に俺は笑いたくなった。



「明朝9時、全力で楽しませてもらう」


「……なあ、ドラウグル野郎。

 なんでこんなことするんだよ」


 ずっと知りたかった俺の問いかけに、椅子から立ち上がったドラウグルが笑顔を見せた。


「ゲームだ、人間」

「――」


 脳内に起きた核爆発によって、理性が一瞬で飛ばされてしまった。


 グレースに抑え込まれていなければ、たぶん俺はこいつに飛びかかり、ここで戦闘を仕掛けたことだろう。


 ――あのクソッたれの人神が言ったことをこいつは口にしやがったんだ、チクショーが!




 白川さんと佐山さんが政府のお偉い方々と緊密に連絡を取り合っているときに、俺は徳島城がある地区の北や東の地区で佇む武者ゾンビの間を縫って、カトル石を使った防壁術式を各所にある校舎に施した。


 魔石を最大の出力に設定していれば、三日間は非常に強力なバリアを張ることができる。徳島城に避難中の市民たちはそこで保護するつもりだ。



「あなたも本当に無益なことがお好きね。

 こっちで学んだ言葉で言うとマゾってところかしら」


 グレースが隣でささやいてくる皮肉は無視する。



 俺を非難する山下さんの大声は、ねじ曲がった情報が市民の間で広がってる。


 なんでも俺がいたために各地へゾンビが襲来したとかで話が伝わっているようだ。


 あながち間違いでもないし、今は早く臨時避難所を作っておくことが先決だ。明日の決戦に備えたい俺はだれにも弁明する気がなかった。



「恥を知りなさい!

 芦田さんがいなければ、徳島市に帰れなかったことを皆さんは忘れたんですか!」


 憤った渡部さんの声に俺は救われた思いがしたし、一早く俺を支持することに決議した賀島市長以下、市職員たちの声援に応えてあげたいとも思った。



「ああ、そのなんだ……

 隊の総意は芦田君に一任するとのことだからな、頑張ってくれ」


「明日の戦いが終われば山下君は私が責任をもって、辞任させるから気にしないでほしい」


「いやまあ、口出しはしませんが、山下さんは俺以外のことなら有能みたいですからね」


 佐山さんと白川さんからのありがたいお言葉に、胸がジーンとして熱い気持ちが込み上がってくる。



 山下さんが俺に対する姿勢についてはウザいと思うくらいで、気にしてやるほど俺も暇ではない。


 彼の仕事っぷりはわりと高評価だと聞いてるし、滝本副社長や高橋総務部長らセラフィ・カンパニーとはいい関係を築いてるとみんなからの話を耳にしてる。


 ところ変われば人も変わるというから、山下さんには俺以外で頑張ってほしいと心がこもらない応援はしているつもりだ。




 先ほど病院へ小谷さんの様子を見てきたけれど、頑丈な小谷さんにポーションは必要がなく、安静にしていれば治るだろうと主治医から呆れられたらしい。


 今の俺ができることは、怪我人が多く運び込まれているこの病院にバリアを張ること。


 小谷さんなら俺が帰ってしまいたいと思ったくらい、幸せそうな表情でハルちゃんからかいがいしく世話してもらってる。



「それじゃ、帰りますね。お大事に、小谷さん。

 ――ハルちゃんもちゃんと休んでよ」


「ありがとうな、ひかる。明日は頑張れよ」

「ひかるん様、頑張ってくださいね」


 熱いお二人のお邪魔虫にしかならないと考えた俺は、念のためにポーションを小谷さんに飲んでもらってから帰路についた。



 体育館食堂で元大阪城拠点のみんなが集まり、白川さんや佐山さんたちもここに来ている。なぜか重い空気に包まれたまま、食卓には今までで一番の食事が用意されてた。



「まあ、飲めとは言わないから食え」


「ありがとうございます」


 川瀬さんとは本当に長い付き合いで、この人とその家族を守りたいと思える気持ちだけで明日は戦場に立ってられる。


「老師。まだ魔法を教わってないんですからな」

「そうですよ、絶対に帰ってきてください」


 タケと佳苗ちゃんが熱い眼差しを俺へ向ける。兄妹が揃って俺を励まそうとしているのだろう。



「師匠! まだまだ師匠から教えてもらいたいことがいっぱいあるんですから」

「芦田さん。僕たちは力がないからなにもできないんですけど、芦田さんが勝つことを信じてます!」


 ミクも玲人も俺の手を固く握り、灼熱なる言葉を恥ずかしげもなく強い口調でかけてくる。



 ハッと気が付いたことがある。みんなは俺が犠牲になると思ってるかもしれない。


 そのためか、高橋さんや滝本さんを含め、大の大人たちが通夜みたいな雰囲気になっている。


 幹部たちは俺のところへ来ることなく、時折俺へ視線を送りながら茅野さんや中谷さんを交えて、マズそうに酒をあおってる。


 桝原さんといえば、白川さんと佐山さんへうまそうな魚の煮付けを勧めつつ、無言でチビチビとおちょこを口元に運んでいる。



 みんなは勘違いしてるよとすごく言ってやりたい。


 ――明日に芦田が死ぬように思ってるけど、俺は死なないよ?



「うち、いつまでも待つからな」


 先から後ろから抱きついてくる沙希が頬を濡らしながら小さな声で呟いた。


 ドラウグルが放つ中位魔法程度なら、俺が張るバリアはぶち抜けない。そのために俺が死ぬことはない自信がある。


 でもしんみりとしたみんなの気持ちを台無しにしそうで、このことはみんなに言い出せずにいる俺。


 まったく困ったことだ。



 それに俺が負ければドラウグルはみんなに襲いかかると明言してるから、暗くなるのは間違いじゃないといえるかもしれない。


 なにせ、ゾンビの攻撃を防げるのは俺たち異世界帰り組だけなんだから、俺が組み伏せられた場合はみんなが犠牲(ゾンビ)になってしまう。


 もっとも、その状況にさせないために俺はバリア付きの避難所を構築してきた。



「あー、カルアミルク、美味しい!」


「もっと飲んでいいよ、グレースさん」


 柚月さんがカクテルをどんどんグレースに勧めてる。間違いなく、柚月さんもグレースが死ぬと心を痛めているところだろう。



 そんな悲壮な思いで思われてるとも知らずに、呑気なグレースはカクテルをじゃんじゃんお代わりしてた。


 なんともあれ、明日が決戦だ。


 ――ここはドラウグルに勝って、絶対にあいつを交渉のテーブルにつかせてやる。





 空気が読める主人公は心の中で汗をかきつつ、決戦前夜を過ごしました。ただし、取り押さえられてしまうと主人公の負けなので、油断はしないつもりと主人公もちゃんと考えてます。


ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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