73話 ドラウグルが勇者で俺は魔王だ
ゾンビの狙いに思いを巡らすとそこには俺がいて、一連の作戦は俺を移動させ、徳島市から注意を逸らすがためかもしれない。
ここに対する攻撃は準備砲撃により、自衛隊が築きあげた防衛線は崩れ、空港や港の機能を無くさせた上で艦艇までもが行動不能にさせられてしまった。
徳島市の防衛体制についての情報がゾンビ側に掴まれてると考えてもよさそうだ。
佐山さんの話では大毛島の総隊本部と島へ渡る橋が砲撃に晒され、駐屯する戦車連隊はゾンビの襲撃により島内に留められたとのこと。
鳴門市側に火器で武装した多数のゾンビが発見されたため、現在は橋を渡ることが困難であると、島の防衛部隊から連絡が佐山さんに入ったようだ。
最大戦力となる大毛島の部隊がゾンビによって封じ込められた。
感嘆したくなるくらい、この手の込んだやりよう。
人間が参画しているじゃないかなと疑うほど、徳島市に対する襲撃は周到な準備による完全な奇襲で、俺たちはいきなり苦境へ追い込まれた。
戦いには目的があるなら、それはもう立派な戦略だと思う。
思いあがりかもしれないが、ドラウグルたちの目的は俺そのものじゃないかと考えてる。
もし人間の全滅を狙っての攻撃なら、準備砲撃の後に全方位から一斉攻撃をかけてきたら、たぶん今頃の徳島市はゾンビによって落とされたのだろう。
吉野川より北にある各地はすでにゾンビによって埋め尽くされてるらしい。
多くの犠牲者が出たものの、不幸中の幸いというべきか、避難所へ逃げ込んだ生存者に対して、ゾンビからの追撃が行われてないと佐山さんが本隊からの情報を教えてくれた。
今のところ、阿波しらさぎ橋と吉野川大橋、それに吉野川橋の監視所からゾンビが橋を渡ったという連絡が入ってきていないし、航さんたちからもゾンビに攻撃されたという知らせが入ってない。
こうなるとゾンビの目標は明白的に思えてきた。
殺害か、それとも束縛が目的なのかまでは分からないが、俺がゾンビの標的である可能性が極めて高い。
もし本当に俺目当てなら、こいつらはとんでもないことをしでかしてくれた。
ゾンビがやらかしたのは戦争を仕掛けてきたことだ。
攻撃に加わったすべてのゾンビに武器と防具を作り、水を嫌がるゾンビが船をこしらえて、あげくの果てに攻城塔という鋼板防壁を攻略するための兵器を組み立てた。
しかも昨日の昼からこれで4戦めとなる。
すでに新町川の向こうでは、数えきれないくらいの武者や足軽ゾンビたちが攻撃態勢に移り、なぜか今は動かずに構えているだけ。
攻城塔の進攻速度を遅らせるために検問所のない富田橋などは、橋の上に山で集めた枯木や収納した重機などの廃棄車両を並べてきた。
俺たちが守る橋も同じ対策を施したものの、これだけ準備を整えてきた敵のことだ、気休め程度にしかならない。
『――そっちへセラフィちゃんを行かせるから、頑張ってね』
「わかった。沙希も早く避難するんだぞ」
『わかった。愛してるよ、輝』
足腰が弱い高齢者の乗車で手間取ってる間に、沙希はセラフィにこっちへくるように強く言いつけたらしいが、セラフィは俺から命令されたことを盾に一向に動こうとしない。
俺が言ったことを最後までやり遂げようとするセラフィに手を焼き、沙希が取った行動は無線で俺に連絡することだった。
沙希は俺のことが心配で、こっちにセラフィを来させようと俺を説得した。彼女の気持ちを大事にしたい俺はセラフィを呼び戻すことにした。
最後まで職務に励もうとした職員たちがいたようで、市役所から退去を賀島さんはかなり渋ったみたい。
老人が死ぬときに周りの人を殉死させるのかと、グレースが冷たく言い放ったのは俺の無線でも聞こえてきた。うなだれるご老人は市役所の放棄を宣言し、市の職員とともに徳島城まで避難した。
悪魔に容赦は期待するだけ無駄。そう理解してるからこそ、グレースを市役所へ行かせた。
「やるならさっさとしてほしいわね」
「やかましいわ、戦闘狂め」
ゾンビを迎撃するために、かちどき橋にはアイアンゴーレム30体とストーンゴーレム70体を待機させている。ゾンビが押し寄せてきたら、戦闘に入るように命じてきた。
セラフィは佐古大橋で待機し、彼女には150体のウッドゴーレムをつけた。
そして両国橋でゾンビを迎撃するはずのグレースが、なぜか新町橋を担当する俺のところにいる。
「ひとりぼっちで待つなんていやよ。戦闘が始まったら向こうに行くわ」
退屈が大嫌いなグレースらしい弁明だった。
「あら? これは……
行ってくるわね、ヒカルン」
「おう、頼んだぜ」
静かだった大地に金属の音が耳元でざわめき、辺りの空気がピーンと張り詰め、懐かしい緊張感が体をこわばらせる。
雰囲気が変わったことを察知したグレースが持ち場である両国橋へ駆けていく。
『かかれええ!』
メガホンで叫ばれた声で矢が夜のとばりの向こうからいきなり現れた。俺たちじゃなければこれだけで壊滅してしまいそうなくらい、雨あられのように無数の矢が射られた。
バリケードのつもりで置いた不要の車両が次から次へと引き剥がされ、重機などの大型車両には手こずってるようだけど、車両の間から槍を持った足軽ゾンビが姿を現し始めた。
「グレース、セラフィ。橋での防衛は持ちそうにないから、佐山さんから突破された連絡が入った時点で最終防衛線のお城まで後退しろ」
『わかったわ』
『はい、ひかる様』
無線で異世界組へ連絡を入れる。
橋の近くにある監視カメラを防衛拠点で見てくれているのは佐山さん。この地区へゾンビが侵入したときに通知してくれるようにお願いしておいた。
最初から防衛拠点での防戦という選択肢は確かにあった。でも沙希が生存者の救助に走り回ってるときに、ここで敵を引き付けるのが漢というものだ。
「汝らに命ず。ゾンビを殲滅しろ」
俺から芦田親衛隊と勝手に名付けた20体のアイアンゴーレムがメイスを構えた。
捕獲されてしまうかもしれないから、今はミスリルゴーレムを出す気がない。
「ア゛ヴーじーねア゛ー」
「ア゛ア゛ー」
「ウォンウォンウォン」
ゾンビながら感心させられたのが、犬にタヌキやキツネの動物ゾンビまで可愛い鎧を着せられているということだ。
「うらああっ!」
アダマンタイト製のハルバートが槍を持つ足軽ゾンビを鎧ごと切り捨てる。
アイアンゴーレムが振るうメイスでゾンビの鎧がひしゃげられ、大剣を持つ武者ゾンビが倒されていく。
犬とかタヌキとかが果敢に足元で噛みついてくるものの、俺の体にはバリアが張ってあるので、あいつらの牙がボロボロになるだけだ。
異なる視点から見れば、いきなり現れたゾンビという種に人間は生存競争で負けてしまった。
異なる種同士が生存をかけた争いなんて、それこそ歴史上で幾度となく繰り広げられた。ゾンビの災害とは、いわばよくある種間競争。今回は人間が敗者となっただけの話。
理由は知らないがゾンビが現れたのは世界で起きた一つの自然現象、それによって人類は地球という舞台で主役交代を求められた。
俺はそういうふうにゾンビの災害を解釈している。
基本的にボーっと突っ立てるだけのゾンビは人類と犬科の動物しか襲わない。
生い茂る木を伐ることがなければ、山を掘り返すこともしない。そういう視野でゾンビという種をとらえたら、ゾンビというのは自然環境にとても優しい種族だ。
水に濡れない蓋つきの船や攻城塔まで作れるゾンビ、たぶんそれらは人類が遺した書物から得た知識で作ったものと俺はそう憶測してる。
ひょっとすると俺という悪役がいなければ、こいつらも人類が作り出した船や武器という文明の遺産に手を出すことがなかったかもしれない。
そういう考えを脳内に巡らせると、ここで悪あがきする自分はやはり魔王のようなやつに思えてきた。
「おらああっ!」
頭だけを狙うとかふざけたマネはできない、強敵には全力を尽くすのが礼儀だ。
サキュバスのグレースは元魔王軍の幹部だし、極めて強力な異能を駆使するセラフィはホムンクルスメイド。
ゾンビにとってラスボスたる魔王な俺は、役目を果たすべく最後まであがいてみせる。
今なら人神と魔神によるゲームで踊らされたことを知らず、勇者様の手によって命を絶たれた魔王の気持ちに触れた気がする。
――魔王、アレンジはするからお前が死ぬ直前に叫んだのセリフを借りるぞ。
「このままでは負けられない! ここで俺が負けたらみんなが滅ぼされるんだ!」
気合が入った俺はハルバートを乱暴に振り回し、周囲にゾンビの手足や胴体が飛び散りながら散乱していく。
――あれ? でもよく考えたら魔王の悲痛な叫びはお終いの言葉、それを叫んだらフラグにならね?
『こちら佐山。芦田、三ツ合橋が突破されたぞ』
「グレース、セラフィ!
聞いての通りだ、拠点が狙われるから撤退しろ」
想定外のことはよく起きるもの、侵入されたのはこの地区の北にある橋。
二重の検問所を置いてあるから大丈夫だろうと緊急防衛の範疇から外した場所が陥落した。
とてもじゃないが手が回らないのが今の本音。三ツ合橋が突破されたということは、ゾンビが北にある地区へ侵入が可能ということだ。
早く戻らないと徳島城という防衛拠点まで落とされてしまう。
「汝らに命ず。ここを死守しろ」
自慢のゴーレム親衛隊はすでに12体が武者ゾンビに取り押さえられたり、漁網でからめ捕られたりと8体のアイアンゴーレムが俺の周辺で踏ん張ってくれてる。
8体のアイアンゴーレムを回収した俺は使い捨てに20体のウッドゴーレムをここに置いていく。ゴーレムが頑張ってくれてる間に徳島城で立て直しを図る。
グレースとセラフィのように高い身体能力で鋼板防壁を飛び越えられない俺は、検問所の勝手口から地区内へ逃げ込むほかなかった。
戦闘によって主人公のおイタな気持ちが昂ってます。
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