70話 狙われた都市は混乱の渦に陥れられた
「隊長! 徳島空港も徳島港も鳴門市と小松島市にある部隊からも、敵襲を受けてる連絡が入りました」
「大規模な攻勢か……
本部はどう言ってる?」
「大毛島も砲撃に晒されてるとのことです!」
「砲撃……」
「偵察にドローンを飛ばしましたが撃ち落とされたそうです」
駐屯地の執務室で部下から報告を受けてる佐山1等陸佐は困惑していた。
遠くのほうで爆発する音を聞きつけた彼は、自宅のマンションから駐屯地へ駆けつけた。部下たちから聞いた話で各地で砲撃による攻撃を受けていることに、彼は敵がゾンビであると疑いを持った。
以前に芦田からゾンビが銃を使うと聞いたことがあった。それなら自分たちの武器が使えるかもしれない。
「とにかく、全員に出動の命令に備えさせろ。
それと非戦闘員の避難を市に連絡してくれ」
「避難ですか?」
「ああ。セラフィ・カンパニーとの協定に基づき、徳島城防衛拠点へ市民の避難を急がせろ」
「わかりました」
退室する部下の後姿に目をやりつつ、佐山1等陸佐は嫌な予感に苛立っている。その予感が外れではないことを佐山はすぐに思い知らされた。
飛来する砲弾が出す音の後に駐屯地の近くで大きな爆発が起きた。
「グランドに停車中の車両から積んでいる装備を外に出せ! ここが狙われてるぞ!」
執務室から飛び出した佐山は廊下で走る部下たちへ素早く命令を下す。自分たちが苦労して築きあげた地域が攻撃されているのだ。
「隊長……敵はだれですか?」
「こんなときだからジョークは飛ばしたくないだがな……芦田君の予想が当たっていればゾンビからの襲撃だ」
頼りなさそうに小銃を持つ熊谷へ、佐山は真剣な面持ちで答えた。
「みく、輝が言った危機対策でやるよ。大規模防壁を起動させて」
「はい、沙希姉え。
……やっぱりこれはゾンビの仕業ですか?」
不安そうな住民たちが自宅から臨時避難所である元商業高校に集まり、沙希は美紅に芦田が用意した校舎全体が保護される防壁を作動させるように言いつけた。
「アタシにもわからない。でも攻撃されてるのは事実よ。
――とにかく、ここら辺に住む人たちが来たら入れてあげて。
アタシはちょっと出かける」
「沙希姉、どこへ行くんですか!」
「輝が言ったんだ。ゴーレム車のバリアなら砲撃にも耐えられるって――だからアタシは市中心へ行ってくるね」
美紅を落ち着かせるために沙希は彼女の頭を優しく撫でた。
「細川さん、市民の保護に行くつもりなのか?」
「副社長……はい、地元ですから役立ちたいんです。
それに畑や漁港で寝泊りするみんなのことを迎えに行かなくちゃ。
なあに、セラフィバスの安全性を知ってもらえるいい機会ですから」
いつもの落ちついた雰囲気と違い、緊張した面持ちの高橋から声をかけられた沙希は、いつものように元気いっぱいの口調で高橋へ返事した。
「気を付けてね、沙希。あんたになんかあったら芦田くんに申し訳が立たないわ」
「くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」
「大丈夫です。これでも鍛えてますからね」
心配してくれる高橋と滝本に沙希は、思いっきり明るい笑みを戸惑っている上司たちに向けた。
「――つよしくん、細川組のみんなは用意できたか?」
「もちろんだ、部長。みんながバスのところで部長を待ってるからな」
「おーし……セラフィバスの緊急勤務だっ!
会長が帰ってきたら危険手当を弾むように交渉してあげる」
「さすがは会長に強い流通部の部長。そうこなくちゃな!
来年分の子供の学費を稼いでやるぞ」
「任せなさい。行くよ」
幼馴染の剛にハッパをかけた沙希は住民のみんなが見送る中、グランドで待機させてる大型ゴーレム車のところへ駆け出した。
「市長、市民に避難するように放送しました。
市長もそろそろ避難を――」
「渡部君。職員たちを連れて徳島城まで避難を急いでくれ」
臨時の執務デスクに座る賀島市長は連絡するために、最上階の大会議室で急遽作られた対策本部へやってきた渡部課長へ避難命令を言い渡した。
「市長はどうなさるおつもりですか?」
「桑原知事はねえ、最期まで徳島を守ろうと頑張ったんだよ。
私もね、あの時のことは今でも悔やんでるんだ。
だから今度は私が市を守るつもりだ」
砲撃された市内のあっちこっちで炎が上がり、窓からそれが目視することができた。
「それならわた――」
「いかんな。現職市長の仕事を課長が奪うというのかな?
君はまだ若いし、白川君との結婚も控えてる。今は自分の未来を見て、市民を守り通してくれ。これは君にしかできないお仕事だよ」
「そ、そんな……」
「亜理紗ちゃん。
君が小さな時から見てきたおじさんとして、友人だった君のご両親を守り切れなかったことが今でも悔しいんだ。
僕はね、君たちの結婚式で白川君にねちねちと文句を言ってやるつもりでいるから、心配しないでくれ。僕の代わりに徳島城へ避難する市民のことは君に頼んだよ」
泣きやまない渡部に優しげな笑みで諭す賀島市長の隣へ、中年のおっさんが頭をかきながら話しかけるタイミングを窺っている。
「……渡部課長さあ、1階に避難する市民が集まっているから早く連れて行ってあげてよ。市長はおれらが守るから」
「横井課長……」
中年である横井と呼ばれた危機管理課の課長は渡部の行動を促すように口を開いた。
「横井君。今の状況はどうかな?」
「芳しくありませんね……
そこで対策本部を1階へ移すように提案します」
「それはなぜだ? 理由を説明してくれ」
「すぐに逃げられるためですよ。ここにいたら、職員たちの逃走が困難になると思います。以前に芦田がゾンビの襲撃を考慮してほしいって言ったからね。
もし本当に今回がゾンビによる攻撃なら、すぐにでも外へ逃げ出さないといけません。砲撃までしてくるやつらです。籠城はお勧めしませんよ」
「……わかった。君がそこまで言うなら、そうしようじゃないか」
目を閉じた賀島市長はしばらく考えた後に意見を申し出た部下へ返事した。
「じゃあ、市長も移動の準備を。
――渡部課長。市長はおれらに任せて、あんたは自分の責務を果たしてきて」
「わかりました……
横井課長、賀島市長のことはお願いします」
徳島市役所の最上階にある対策本部が慌ただしくなり、職員たちが資料や手荷物を持った頃に、市役所の建物へ砲弾が着弾し始めた。
佐山1等陸佐や賀島市長には予想できないことがある。
砲撃の目的は徳島市に駐在する自衛隊の人員に対する混乱と装備の破壊を狙ったほか、市内でバラバラに住んでいる人々を指定された場所へ集中させるためのものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヴィヴィアン。あと1時間したら、砲撃を終わっていいから」
『わかったわ。そちらの準備はどうかしら?』
「ええ、問題ない。アジル様の派手な登場に華を添える」
『アジル様の雄姿を見に行けないのが残念だわ。こちらは任せてちょうだい』
「ああ、了解だ。船のほうは今すぐ出してくれ」
『こっちのほうを先にやるってことね。わかったわ』
ヴィヴィアンとの通信を終わらせたメリッサは鍛え上げた兵士たちへ頼もしそうに目をやる。
洞窟の出入口に並んでいるのは腰に矢筒を括りつけ、手に大弓を握るゾンビの弓足軽たち。その後ろに鎧を着込み、両腕には盾と剣を装備したゾンビ武者が控えてる。
「――前進に備えよ」
ドラウグルのメリッサは無線機で命令を下した。
徳島市の北と南にある山間部から、洞窟に潜ませた30万を超える武装するゾンビたちが、徳島市への進攻を始めようと一斉に動き出す。
徳島市での決戦が始まります。
ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。




