69話 大規模な襲撃は策略の一環だった
「ライオッ――」
「邪魔するなっ!」
激戦の末、親衛隊という強いドラウグルの集団で、最後まで立ち塞がった女ドラウグルを倒した。ついにハルバードの刃は俺から一歩も引かなかったライオットをとらえた。
「ライオットおおっ!」
攻撃を防ごうとした十文字槍を目がけて、勢いよく振り払ったハルバートが十文字槍ごとやつの足を刎ね飛ばした。地面に倒れてしまい、立つことができなくなったライオットの頭を狙って、ハルバートを振り上げる。
――前川さん、あなたたちの仇は取るよ!
「消える前に言いたいことがあったら聞いてやる」
ライオットの目からは恐怖も敵意も感じない。
今に起きている出来事をさも当たり前かのように受け入れて、俺が今まで見てきた死を目前にする敵とは異なる反応を示す。
でもこれは死を恐れないアンデッド系のモンスターが持つ特有の現象であることを俺はよく知っている。
「お前らあっ! 戦闘中止だあ!
これ以降はアリシアの命令に従えっ!
――アリシアああ! 大阪はお前にくれてやる。ボクの退場を知らせる花火は頼むぜ!」
「……グレース、セラフィ。もういい」
鋼板防壁の前で激しくグレースたちとせめぎ合ったゾンビの兵士が攻撃の手を緩めた。ライオットが死を前にしてやろうとすることを見極めるために、俺も無線で彼女たちの攻撃をやめさせた。
「――あなたたち、そこを退きなさい」
ライオットの後ろで群がっていたゾンビ兵がだれかの声に従い、道を作るように左右へ移動した。非常に美しい若い女性が百体以上のゾンビを連れて、こっちのほうへ歩いてきた。
「マスター、気を付けて。全員がドラウグルよ」
「マジかよ……」
いつの間にか後ろに戻ってきたグレースからの警告で、俺は思わず大きく息を吸い込んだ。
敗北するとは思えなかったが、100体はあったであろうのドラウグルを配下に持つライオットとの戦いは、こっちの世界へ戻ってから初めて手こずらされた思いがした。
新たに現れた100体を超えるドラウグルとまた戦いになることを想像すると、肩を落とすくらいにうんざりする。
――前川さんたちの遺体を早く収容してあげたいのに、また戦闘になるのかよ。
「……ざまぁないわね、ライオット」
「好きに言ってろ、アリシア。ボクは負けただけだ。
同類たちのこともだけど、大阪城にいる家畜のことは頼んだぜ。出て行くというのなら外に出してやれ。そこにいたいのなら好きなだけ居させてやってくれ」
——ドラウグル同士でなにを言ってやがるんだ?
「――おい、人間。やるならさっさとやれ、足で踏まれるのはいい気分じゃねえ」
ライオットが現れたアリシアというドラウグルに救助されることを警戒して、足で押さえるようにライオットの体を踏みつけてる。
そのことで文句を言われてしまった。
「……いいわ。
人間の言葉を借りるのなら、あなたの遺言は聞いてあげるってことね」
「悪いなあ、手間かけさせるぜ」
俺たちがこの場にいないかのように、ライオットとアリシアはごく普通に言葉を交わしてる。
「お前たち、打ち上げてやりなさいな」
アリシアが声をあげると背後にいるドラウグルたちが一斉に右手を空へ掲げた。
一瞬に身構えしたが、どうやらドラウグルたちは俺と交戦するつもりがないみたいだ。
夜空へ高く打ち上げられた火炎魔法は辺りを照らすくらい、途切れることなく上空で炸裂する魔法が撃ち続けられた。
「……なんのつもりだ? それは照明か?」
「……お前があの人間ね。
――アジルとライオットはお前と絡みたがるが、私はお前に興味がない。
戦うというのなら相手にしてあげてもいいけど、用がないのならライオットに託されたこの子たちを連れて帰るわ」
「……」
本当に興味がなさそうな表情で俺を見るアリシアというドラウグル。
ライオットとの激戦の後で彼女とは交戦せずに済むのなら、それに越したことはないと考えた俺は言葉を慎むことにした。
「……」
「沈黙は肯定と受け取るわ。
――ライオット、あなた、そこそこ楽しかったやつだったわ」
「そいつはありがとうよ。
お前を扱き使ってやるつもりで大阪城内に貴金属や宝石をかき集めてやった。
いまさら使いようがねえから、遺言ってやつを聞いてくれたお前が持っていけばいいや」
「そう。それじゃ、ありがたくちょうだいするわ。
もう会うことはないと思うけど、ご機嫌ようさようなら」
「さっさと行け。
同類たちと家畜のことを頼むわ」
「わかったわ。頑張って戦ったお前のことはちゃんとアジルに伝えておくね。
――お前たち、行くわよ」
「「引き上げるぞ、お前たち!」」
ドラウグルたちの呼び声に応えるように、数多くのゾンビ兵が一斉に後退し始めた。
ライオットがどのくらいのゾンビを連れてきたのはわからないが、鋼板防壁がなければ戦線がとっくに崩れたくらい危なかった。知恵を持つドラウグルが相手の戦闘は本当に気が抜けない。
こっちの世界へ帰ってきてから、一番辛い戦いを強いられたものだ。
「――おい、止めを刺すなら早くしろ。
切られた足は戻らねえがボクは今でも回復はしてるぞ」
「……わかった」
下げてたハルバートをライオットの首を目がけて、大きくかかげてみせた。
振り下ろす前にやつが急にニッと笑った。不審に思った俺はその楽しげな視線から目を逸らすことができずにいる。
「ヒントってやつだ。
――ボクが陽動で、夜空に打ち上げられた花火を見るアジルの狙いはどーこだ?」
「くそがっ!」
――今治市での戦闘から始まり、高松市への中規模な攻撃、和歌山市にかけてきた大攻勢。すべては本命の徳島市に対する陽動作戦ということだったのか!
徳島市か和歌山市が狙われてることは予測していたが、ここまで手の込んだことを仕掛けてくるとは思いつかなかった。
――こいつらドラウグル、マジでやりにくい敵だよ。
「そういうことだ、バカ勇者。
やり合えて楽しかったぜ、人間。
――チンタラしてたら間に合わねえぞ。さっさと首を斬り落とせ」
「そうかよ……
お前、強かったぜ」
挑発するかのような遺言に触発されて、振り払われたハルバートがライオットの首を刎ねた。
最後の最期まで、こいつは人を食ったようなドラウグルだった。
「――グレース、ゴーレムクルーザーで最速の運転を頼む」
「ええ、わかったわ」
いつもと変わらない表情でグレースは頷いてくれた。物怖じしないし、動揺しないグレースを見ることでざわめく気持ちが落ち着いていく。
気持ちが乱れそうなときに、彼女を眺めることでいつも冷静にさせてくれる。
「セラフィ、ゴーレムの回収を急いでくれ。
壊されたゴーレムは停止させてから、木は廃棄で石は素材に変えてくれ。
新しいゴーレムはクルーザーの上で作り直す」
市内のあっちこっちに放置したストーンゴーレムやウッドゴーレムから魔石を回収して、機能を停止させる。先を急ぐ今はゴーレムを直すよりも一から作ったほうが早い。
「わかりました、ひかる様。
――前川様たちはどうされますか?」
「……前川さんたちのことは生き残った自衛官たちに任せよう。
俺たちは急いで徳島へ戻らないと」
静まる辺りの様子を窺うように、小銃を構える前川さんの部下たちが鋼板防壁の上で上半身を覗かせる。
彼らに前川さんたちのことをお願いしてから、県庁で待つ小林さんと有川さんのところに行って、今までの事情を説明したほうがいい。
知恵を持った不死者は本当に厄介極まりない存在、早く戻らないとみんなが危ない。
異世界組が持つ技能をドラウグルに観察された巻でした。
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