67話 人が死ぬのはあっけないものだった
「たりゃああっ!」
城北橋を進んでところにある道の交差点で、槍を突いて来ようとするゾンビをハルバートで切り倒していく。
俺の猛攻を見ていたほかのゾンビが逃げ始め、前川さんたちを取り囲んだ包囲網が崩された。
これだけの激戦を経て、ゾンビの体液を浴び続けた俺は絶対健康というユニークスキルがゾンビウイルスを防いでくれてると、今さらながら確信することができた。
いうなれば、異世界スキルマジでチートといったところだ。
「――助かったよ、芦田くん」
「お疲れさまです、前川さん」
前に提供したレザーアーマーを着用する前川さんがホッとしたような笑顔で、隊員と市民たちを連れて立てこもったビルから出てきた。
「伺いたい話はありますが、こんな状況ですのでさっさと逃げましょうか」
「そうだな、芦田くんの言う通り、ここは逃げが勝ちだ」
「――それなら早くやるべきだな」
俺と前川さんが再会の喜びを分かち合っているところ、交差点の向こう側から大きな声が聞こえてきた。
建築物の一階から姿を現したのは古風的な鎧姿の集団。今時、こんなバカげたことをするのは俺か、ドラウグルしかいない。
「前川さん! ここは俺が引き受けるのですぐに撤退してください」
「し、しかし――」
「しかしは無しだ、こいつらヤバいやつらなんだよ!」
十文字槍を持った武将風のドラウグルの後ろで、やはり武者風のドラウグルたちが手をかざしてきた。
「この場は引き受けたので、すぐに逃げてくれ」
「芦田く――」
前川さんの話を聞いてる暇はない。
ドラウグルの攻撃魔法が形成され、射線から前川さんたちを外さないと巻き添えになる。
検問所から遠ざかるようにして、左へ猛然と走り出した俺へ攻撃魔法が次々と着弾する。物理攻撃と違って、起動するバリアが魔法攻撃を中和するときはそれなりの衝撃が起こる。
こいつらは下位魔法以上、中位魔法以下の威力を持つ魔法が使える。自分の体で感じた衝撃でそのことが理解できた。
戦う前に対魔王戦のバリア魔道具を選択したはやはり英断だと自分に自慢した。
「へええ……
ヴィヴィアンの睨んだ通りだな。お前は魔法によらねえ魔法防壁を使いやがる」
「……さあ、どうだろうな」
「さて、自己紹介としゃれこもうか。
――大阪城城主のライオットだ。
しばらくの間、お前との戦闘を楽しませてもらうぜ」
「……」
――ライオットと名乗ったこいつが大阪城を攻め落としたやつか。
こいつがなにを考えてるかは知らないが、その後ろにいるドラウグルたちまでわざわざ和風の鎧を着させている。
こっちの世界にいるドラウグルって、本当に人間らしいと言ってやるべきかもしれない。
「おいおい、人が名乗り上げたのにてめえはだんまりかよ。
それとも恥ずかしい名前だから言えねえのか?」
「どう解釈しようとお前の勝手だが、付き合う気はない。
調子に乗っているところで悪いが、行かせてもらうぜ」
ミスリルゴーレムは貴重な金属でできてるので、できたらドラウグルに捕獲されたくない。それだけはどうにか収納してから撤退するつもりだ。
本音のところは魔石すら残したくないのだけど、魔力が使えるこいつらなら魔石なんて大したお宝にもならないだろう。
「ああ? アホかお前。
ボクの気が済むまで、お前を逃がすと思うか?」
ライオットとかいうやつが手を挙げると辺りから地響きと金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
こういうときは強化された自分の夜目が憎い。
周囲から現れたのは完全に武装化したゾンビたち、その数は無数としか表現しようがない。
「手の込んだことをするな。
これだけいたら和歌山市なんかすぐに攻め落とせたのに」
「興味ねえな。
ボクがしたいのはお前と戦うことだ」
「拒否したらどうする?」
「そんときは人間たちを同類にしねえで殺すまでだ」
残念ながら芦田は回り込まれた。
退路を断ってまで俺との戦闘を望むこいつらは、いったいなにを考えてるかということをだれかに教えてもらいたい。
「なあ、なんで俺と――」
ドラウグルたちの真意を問い質そうとしたとき、ライオットの周りに爆発が起こった。
「芦田ああ、今のうちに逃げろっ」
声がする方へ目をやると、無反動砲を持った前川さんたちの姿が見えた。重囲の中にいる俺を救助するために、前川さんたち前川中隊の一部が戻ってきたのだ。
ライオットがいる場所へ視線を向ける。
ライオットの前には砲撃を阻止したバリアを張ったドラウグルがいて、その後ろでは多くのドラウグルが前川さんたちへ手をかざした。
「やめろおおおおっ!」
射出された矢のような魔法が次々と前川さんたちを貫いた。あれだけの攻撃を受けてしまったら、助かるはずがない。
道に崩れたように倒れていく前川さんたちが即死したのは瞬時に理解できた。
ゾンビがいる世界は永遠の別れがすぐにやってくる。
幾人もの顔見知りだった自衛官がゾンビになる前に人間の尊厳を抱いたまま、仲間の手で命が断たれた。見慣れたというよりは心が乾き切ったと表現したほうがいいかもしれないけど、今さら流す涙などありもしない。
前川さんは和歌山へ来てから、無茶をする弟に苦笑しながら、なにかと面倒を見てくれた年が離れた兄貴分みたいな人だった。
できることなら、せめて知っている人たちとこんなクソッたれな世の中を生き長らえてほしいと贅沢な願いを抱いてた。
そのうちの一人が目の前でゾンビの手で殺された。
「っお前ええええ!」
込み上がる怒りがハルバートを振り上げさせる。
「はっはー。やる気になってくれたか。
言っちゃなんだがあいつのほうが先に出してきたからボクは悪くねえよ」
「ご託はいいからかかってこい!」
ヒャッハーさんたちの所業で怒ったことがあっても、キレてしまったのは随分と久しぶりなことだ。
――そこまで戦いたいというのなら、いいだろう。相手になってやる!
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