55話 最初の一手は関わりがある地域で起きた
雑賀のじいさんがいる執務室を訪れた俺は和歌山市での顛末を聞かせてもらった。
和歌山市への一撃はまさしく奇襲となった。
豊作で秋祭りに騒いでる和歌山市。
ゾンビの和歌山定期便と呼ばれた夕暮れの襲撃に対応していた新垣大隊が、いつものように紀の国大橋でゾンビを撃退した。
監視の分隊を残して大隊を引きあげようとしたとき、真田堀川の向こうより、多数のゾンビが鋼板防壁の上方から飛ばされてきたという。
そのときにまだ市堀川を越えていない市民がいたため、自隊だけで対応することを決意した新垣大隊は数百以上の武装ゾンビとの混戦に巻き込まれたらしい。
前川中隊と新垣大隊が所属する連隊から増援を派遣されようとしたが、市民を避難させつつ、自隊が甚大な被害を被った新垣大隊長は断ったみたいだ。
これ以上の混戦は犠牲が増やすだけとの返事だった。
どうにか多くの市民を市堀川の南側へ移動させた新垣大隊長は、検問所の封鎖を連隊長に申し出た。
それ以上の襲撃は支えきれないと、無線の向こうで新垣大隊長が固い決意で語ったみたい。
百名を超える市民と新垣大隊に所属するほとんどの自衛官がゾンビの群れに飲み込まれ、手りゅう弾の爆発音の後に彼らが和歌山特別保護地域内へ戻ることは二度となかった。
タラレバを口にするのは愚かだと俺もそう考えてるし、現場にいなかった俺がとやかく口出すことではない。佐山さんから和歌山市が襲撃されてると聞かされたけど、詳細については自衛隊が対応すると言われたので、それ以上は口を挟むことができなかった。
まさか秩序のある攻撃を定期的に仕掛けてたなんて、じいさんから聞いたときは眉をひそめたものだ。
「じいさん。あんたの言う通り、最初の時点で橋を落とすか、厳重に封鎖すべきでしたね」
雑賀のじいさんと新垣大隊長は橋を落としてゾンビの進撃を防ぎたかったらしいが、今までにない行動をみせたゾンビに政府の担当部門が情報を収集したかったとのことだった。
「ゾンビを分析することも大事と抜かしおった……
――今頃バカどもが悔やんでも遅いわ! 新垣たちがそれで帰ってくるわけでもあるまいに」
貴重な戦力が消耗させられたことに政府の内部で相当揉めてるとじいさんが吐き捨てた。机を叩くじいさんの気持ちは理解できる。新垣さんとはそんなに会話してないけど、和歌山の守備を任される優秀な人材と俺も理解できてた。
――ゾンビになるくらいならあいつらを巻き込んで自決する。
多くの自衛官がそう覚悟していると小谷さんから聞いたことがある。撮影し続けたカメラには爆発で吹き飛ばされたゾンビが映っており、その中心には新垣さんたちがいたのだろう。
「小僧、お前さんの経験でこんなゾンビがいたか?」
「……見たことがないよ、じいさん。
異世界にいたゾンビは噛みつくとか、単純な攻撃しかしてこないんですよ」
「ふーむ……困ったのう」
多くの官庁が高松市へ移ったが島ならゾンビの襲撃を凌げること、和歌山市と主力が置かれている徳島市に近いこと。
その二点を考慮した防衛省と陸上総隊は、大毛島から移動する計画を先送りしたそうだ。
そのことが幸いして、自衛隊のほうが和歌山市で現れた強力なゾンビ集団に迅速な対応ができたという。
「……すいません。俺がちゃんと防へ――」
「小僧、勘違いするなよ。だれもお前さんのせいだと思っとらん。
それともなにか、お前さんはゾンビが緩衝材を包んだまま、高い壁を飛び越えてくると予測しとったのか」
「……いいえ。そんな手があったなんて思いもつきません」
「そういうことじゃ、小僧。
ゾンビのほうが一枚上手だったってことじゃ」
こっちの世界のゾンビはどうやらとても頑丈らしい。
俺が知ってる異世界のゾンビと違って、こっちのゾンビは腐ったりしない。しかもこっちのゾンビには人が作ったものを使いこなすドラウグルまでいる。
これはとてもマズい事態となった。
「しかし困ったのう……」
「はい……」
どうやら雑賀のじいさんも俺と同じ思考にたどり着いたらしく、机の上にある消しゴムを並べられてる本の上へ越えるように投げ飛ばした。
「……どうにかならんか」
「本音で言わせてもらえるなら、お手上げです」
「お前さん、ゴーレム砲台というものがあるじゃないか。
それでどうにかならないのか」
情報の出先はグレースかもしれないし、元大阪城拠点の住民かもしれない。
どうせバレても痛くもかゆくもない話だから、ここは雑賀のじいさんに正直に話そう。
「100台程度の高射砲では和歌山市はおろか、徳島市一帯すら守り切れませんよ。
あんたたちが求める範囲は四国そのものでしょう? 俺ではどうにもなりません」
「可愛い娘のグレースとセラフィが居ても駄目のじゃな?」
「範囲魔法が効くのは目の前にある限られた範囲のことです。そんな地域ごと消滅させられる魔法なんて、魔神か人神しか使えませんよ」
いくらファンタジーと言っても、世界を破壊しそうな魔法が人間の力では扱えない。
「神かあ……そりゃわしら人間じゃどうしようもないわい」
「今回の敵はその気になれば、国全体のゾンビを支配下に置ける化け物です。
勇者や魔王がここにいても厳しいと俺は思いますよ」
「なんだか孫に聞かされた懐かしい名詞が出てきたがのう……
そうか、勇者や魔王でも無理か」
肩を落とすおじいさんを見て、俺は自分が悪いことしてるような気がさせられた。
ほかの大臣様にこんなおとぎ話を聞かせたら、追っ払われるのが関の山だろうが雑賀のじいさんはちゃんと聞いてくれてた。
それにここで生まれたわけじゃないけど、和歌山と徳島には愛着がある。俺としてもなんらかの役には立ちたい。
――いやっ、ウソつきはよくない。
ここまで手の込んだことをしてくるゾンビなんて限られてる。ドラウグル野郎は俺に興味を持ったはず、標的にされてるのは俺かもしれない。
そうなると巻き込まれたのはみんなで、原因は俺にあるというとらえ方ができる。
「……じいさん。市の守りを自衛隊に任せてもいいですか?」
緊急時につき、敬語は今だけやめにする。
「……どういうことじゃ」
「四国を回ってから和歌山市へ行ってみる」
和歌山へ行きたい気持ちはあるけど、ゾンビの襲撃が再発してないことに増援部隊が派遣されること、たぶんそっちへ行っても俺にできることは少ない。
それよりも四国の都市部でゾンビがいないことが不気味に思えてきた。
「空爆はしたからゾンビなんぞ――」
「殲滅されてないと思う」
悪いが雑賀防衛大臣の希望的な発想に付き合う気がない。
「じいさん、300万以上ものゾンビは爆撃だけで消滅させられないよ。
犬とタヌキもいるんだぞ? ドラウグルにもなれるこの世界のゾンビを俺は甘く見ない」
「……高松の守りもあるんでな、無理はできん」
「根拠のないことを言ってごめんけど、ここ一帯が狙われてるじゃないかなと思ってます」
俺の真剣な雰囲気に飲まれてか、雑賀のじいさんがいつになく厳然な表情に切り替わった。
「なぜそんなことをお前さんが知ってる?」
「うまく言えないけど……
ここは俺も動くべきと思います」
確証はないけれど、ずっと疑っていた。
俺が去った大阪城をわざわざ落としてみせた。
俺が四国を見回ってる間、都市部のみゾンビが消えた。
俺たちがいる場所だけ、お人よししか言いようがないくらい、ゾンビに邪魔されることがないままに農作業ができた。
俺がいた和歌山市では不自然な襲撃をみせたゾンビの群れがいた。
なんらかの意図がそこになければ、人間を襲うだけのゾンビがそんな手の込んだことをするわけがない。
そしてそれができるのは、ハッキリとした意思と思考力を持つドラウグルほかないと俺はそう睨んでる。
ドラウグル野郎はなんらかの思いがあって俺をつけ狙ってる。
勇者が強くなるから、そうなる前に滅ぼしたほうがいいなんて、それこそだれでもわかること。
だがその前に勇者を特定できることが第一条件。
まさかあのドラウグル野郎が率いる集団がここまで強くなれるとは思わなかった。
そもそもゾンビが人間みたいに軍勢で来るなんて、俺には予想することができない。
今にしてわかることは、ドラウグル野郎がチートだったことを当時の俺は見抜けなかった。
——だってさ、異世界には人間の知識を学習した上で活用するドラウグルなんて見たことがなかったんだぜ。
もっとも、地下鉄で会ったときに単独でやつとやり合っても、勝てる見込みがあるかどうかはわからなかったし、ゾンビの群れに紛れ込まれたら見つけようがない。
過ぎたことを悔やんでもしようがない、相手が動いたなら対策を考えよう。
和歌山市でゾンビからの追撃がないと雑賀のじいさんが教えてくれた。それなら今のうちに情報の収集に専念する。
四国ではゾンビが姿を見せないだけで本州へ撤退したわけではない。政府の思惑ではなく、ここは自分の考えでゾンビの動きを探ってみる。
敵を知ることで自分が有利に繋がることもある。
勇者が魔王と戦うのは世界のお決まり。
視点を変えれば、ドラウグル野郎がゾンビの勇者なら俺は人間の魔王だ。
部下がほとんどいない俺だけど、傍には元魔王軍の幹部がいる。グレースと一緒なら、勇者たちに後れを取ることがないのだろう。
セラフィは新生魔王軍の大幹部だから、魔王城の守りは彼女に託そう。
中ニ思考が抜けない主人公でした。
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