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54話 行き遅れからの吉報はドキドキさせられた

 市が主催する夏のカーニバルに参加した俺が、見る阿呆から踊り狂う阿呆になったのはつい先日のように思えた。


 例年にない豊作により、来年の米まで確保できた政府は正式に高松市へ臨時政府を移すとともに、一部の水堀が復元された高松城は新たな皇居とすることが合わせて発表された。


 夏の終わりまでに高松城の拠点化工事を政府から依頼された俺は、事前からそれらのことを知っていた。



 中谷さんたちの頑張りで今年に収穫できた米のうち、市との契約で借地料及び税として総生産量の3割を納付した。市との協議で200トンを販売して、俺たちが手元に残ったのは約500トンだ。


 これだけの新米があれば当分の間は十分に食べて行けるし、まだ消費しきれていない古米を収納しているため、酒の醸造用や食品加工用を加えても、主食となるお米の備蓄は俺たちにとって問題ではなくなった。


 稲藁はセラフィに収納させたから、川瀬さんに提供する飼料にも使えるし、草鞋や畳などの日用品でも活用できる。こんな時代だ、使用できるものは廃棄するつもりがない。



「搬入して頂き、ありがとうございました」


「いいえ、契約なんで気にしないでください」


 政府が徳島市から借地した徳島空港の西側にある北島町地区は、多くの土地を復興させた政府と徳島市側は双方の合意の元、借地契約は正式に解約されたらしい。


 先日に米の備蓄倉庫建築工事が市のほうから依頼を受け、北島町地区で太陽光発電システムを備えた倉庫を茅野さんたちが建造し、昨日までに多くの新米をセラフィと一緒に運び込んだ。


 律儀な渡部さんはそのお礼を言うため、自衛隊と各地の県警へ納品する予定の武器や装備を作ってる俺と会いに徳島城の本丸までやってきた。



「もうすぐ冬になりますね」


「ん? あ、そうですね」


 珍しいことに用事を済ませた渡部さんが俺に雑談で話しかけてきた。


「芦田さんに嫌われても、私は貴方に感謝してるんですよ」


「いやっ、嫌ってはないですけど……

 でもなぜいきなり感謝の言葉をかけてくれたんですか?」


 嫌いというよりは苦手意識が強い。アニメ声の彼女と普通に話せるなら、俺はお茶を奢ってもいいと思ってるくらいだ。



「去年まではここへ帰って来れなくて絶望していたんです」


「はい?」


 珍しく渡部さんが個人的な思いを語り出した。いったいどうしたというのだろう。


「そこで小林知事からの話がきて、とてもうさんくさいと疑ってましたが、どうにかなるならなんとかしてほしかったのです。

 本当に藁にも縋る思いでした」


「そうですか……」


 もし最初から渡部さんが俺を盲信していたら、ひょっとすると彼女と交渉を続けなかったかもしれない。


 しょっぱなから魔法使いなんて嘘くさいと言わんばかりに、理詰めで言葉を選びながら対話を続けたから、俺はそんな彼女を信用することにした。


 いくらゾンビの世界になったとは言え、自分が魔法使いだと真面目に言い張るやつを信用するなんて、タケみたいなヒッキーなおバカさんくらいだろう。



「でもいきなりどうしたんです?」


 今まで何度も話してきたのに、なぜ今頃となって切り出してきただろうと俺はフッと疑問に思った。


「……しらか……んにいわ……です」

「え? なんっすかあ?」


 突然真っ赤な顔になって、蚊のささやくような声でぼそぼそと呟いた渡部さん。声が小さすぎて、彼女の言葉を聞き取ることができなかった。



「し、しし白川さんに言われたんですっ!」

「うおー」


 赤ら顔で怒鳴った渡部さんに驚かされた。


 それよりもなぜここで白川さんの名前がでてきたのが理解できない。


 いくら仕事での付き合いがあるとしても、異なる組織の白川さんが渡部さんに指図できるほど権限はなかったはずだ。



「わ、私も()()になりたかったんです」


「うおーー」


 間近に迫り寄る渡部さんを見て、頭の中では警報が鳴りやまない。


 いつの間にか渡部さんとのフラグが立ったのは知らないけど、こういうときに急にデレられても困る。俺には沙希という将来を約束した女性がいるので、浮気をするつもりはない。



 ――ここはどうやって断りを入れたほうがいいかな? ここは素直に彼女がいるんですって言ったほうがいいよな。


 沙希とは結婚を誓い合った仲だ、裏切ることなんて俺にはできない。



「本当はずっと感謝の言葉を述べたかったんです。

 でもきっかけができなくて、いつも芦田さんには辛く当たったと反省してました」


「いや、こちらこそ厳しい言葉をかけたし、そんなにかしこま——」

「いいえ。ちゃんと言葉にしなくちゃいけないことがあるんです。

 私、後悔だけはしたくありません!」


 迫る渡部さんに圧倒された俺の背中が積まれてる米俵に当たってしまった。


 ——もう後がない。渡部さんには申しわけないが沙希のことを伝えよう。



「いや、あのね。俺には――」

「――芦田様っ、今まで本当に徳島市に尽力して頂き、感謝にたえません。

 私、渡部亜理紗は白川さんと婚約することになりましたので、辞職することになるかもしれません」


 ——えっとぉ……なんだって?


「その前に()()な気持ちでお礼を申し上げたかったんです。

 色々とご尽力いただき、本当に色々とありがとうございましたあ」


「……どういたしまして。大したことなんてシテマセンヨ」


 渡部さんが深く身を屈めてくれて助かった。



 たぶん今の俺は渡部さんに負けずくらい顔が真っ赤なのだろう。


 勘違いのクソ野郎である俺は、仕事の間柄を利用して、才女(わたべ)さんに手を出すというリア充白川氏(バカヤロ)を心から(いわ)ってあげたい。



「おめでとうございます、渡部さん」


「ありがとうございます」


 でもよく考えれば思いっきりブーメランになりそうなので、ここは()()()()お二人をお祝いする気持ちに切り替えた。




「――そっかあ、あの真面目な渡部さんにも春が来たのね」


「おう。たぶん白川の中年手前野郎(すけコマシ)が職権を悪用して、いたいけではないが免疫のない才女(わたべ)さんを口説いたと俺は踏んでるね」


「こぉら、輝ぅ。

 ――二人ともお世話になったから、ちゃんと祝ってあげなさい」


「おうよ。だから育毛剤を白川さんに送るつもりだぜ。

 あのおっさん、前髪が薄いって気にしてたからなっ!」


「もうっ」


 沙希とくだらない話をしている間に、リンとグレースは格闘ゲームに夢中で遊んでる。明日も学校があるからそろそろ沙希と一緒にお風呂に入って、おねんねしてもいい時間になってきた。



「ひかる様、お茶をお入れしましょうか」


「うん。おせんべいもお願いね」

「あ、アタシもアタシも」

「セラフーィ、わたしもよ」

「うーうーうーうー」


「かしこまりました」


 トレイを一回転させてから厨房へ行くセラフィを見送って、とりあえずお茶を飲み終わるまで、リンを遊ばせておいてもいいだろう。


 俺と沙希だけでゆっくりするのはズルいので、美味しいものはみんなで食べるのが一番だ。



 能天気に家族団らんで心が安らぐ俺は知ることができなかった。


 この日、和歌山市でゾンビから急襲を受けた新垣大隊が壊滅してしまった。





米の生産量について:

 中国四国農政局が掲載する徳島農林水産年報によると、平成29年度に収穫された水稲は約7,700トンです。災害後に住宅の取り壊しによる耕地面積を増加させたことを考慮して、徳島市だけで1万トンの収穫を仮定し、そのうちの1,000トンはセラフィ・カンパニー社が生産したと設定しました。

平成28~29年徳島農林水産統計年報

https://www.maff.go.jp/chushi/kohoshi/kankoubutu/36tokushima/29_nenpo.html


 また、年間1人当たりの米の消費量については農林水産省の資料を参考し、主食が米になったということで最も消費されてる昭和36年/118kgの数値を採用し、元大阪城拠点の住民を700人として考え、年間の消費量が約83トンと想定してみました。

農林水産省 米をめぐる関係資料

https://www.maff.go.jp/j/heya/kodomo_sodan/0405/05.html


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