52話 夏休みの旅路はお別れのためだった
「リンちゃん、ご飯食べたらスクールバスに乗るのよ」
「はい……」
ランドセルを背負い、朝食を提供する体育館食堂へ行こうとするリンを見送る沙希。
初夏のときに一緒に住んでほしいと沙希さんに申し入れ、嬉しそうに頷いた彼女はリンを連れて一緒にやってきた。
家を壊された記憶があるためか、リンが俺を怖がらなくなるまで、相当の努力と献上品を要するのは当たり前なことだと覚悟してた。
「リンちゃん。今日の夕食はハンバーグにしますから、お友達を連れて来てください」
「うーうーうーうー」
セラフィの言葉に嬉しそうな表情で頷くリン。学校で仲のいいお友達ができたので、沙希の提案で彼女たちはわが家によく遊びにきてくれる。
学校へ通うようになってから、リンは言葉を話せるようになってきた。
ただ喜びや悲しみなど、感情の起伏が激しいときはやはりうーうーと唸りを上げる。そんなリンをセラフィはよく可愛がり、沙希が仕事でいないときは、リンがカルガモの子のようにセラフィの後ろをついて回った。
「リーン。今夜はバトルだからね、早く帰ってきてちょうだい」
「うーうーうーうー」
グレースからすればリンは一緒にゲームを遊んでくれる身近の人間だけど、リンにとってグレースは仲の良い遊び仲間みたいなもの。
二人がよくゲーム夜更かしするので、その都度に沙希がグレースの部屋へ怒鳴り込むという光景は、我が家によく見られる日常の出来事となった。
「リン。今日のおやつはショートケーキを買っておくから、帰ってきたらちゃんと手を洗ってからうがいをするんだぞ」
「……はい」
俺からの言付けにちょこんと頭を下げてから、リンが元気よく家から飛び出していく。
俺とリンの関係はちょっとした距離のある保護者と子供のようなもの、こっちからの話はちゃんと聞いてくれるのだけど懐くまではいかない。
でもそんな関係を俺は嫌っていない。
正直なところ、子供をどう扱えばいいかわからないし、ましてやお年頃の女の子と長話できるほどの話題がない。
リンは避難中のことを多く語らないが、砂糖を舐めたり、3日という時間をかけて一袋のポテトチップスを食べたりと、避難してた頃の習慣は今でも残ってる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夏休みの思い出作りということでリンを連れて、俺たち異世界帰り組と沙希はリンが住んでいた町へ行ってきた。
ゾンビ災害のときにリンと弟を救ったのはあばら家に住んでた爺さんで、地元では変人と知られてたらしい。
リンと弟に生きる術を教えつつ、近くの商業施設から物資を運び入れ、ゾンビをやり過ごしながら3人で助けを待ってたとリンが小さな声で教えてくれた。
新くんが亡くなる半年ほど前に、食料が不足してきたと爺さんがぼやいてた。
リンと弟は追い出されるかなと覚悟したみたいだが、爺さんは二人に生きることを諦めるなと言い残した。鉄パイプを持った爺さんは出かけたまま、あばら家に帰ってこなかったとリンが涙を流した。
食料品がどんどん無くなっていき、風邪で高熱を出した新くんのためにリンが決死の思いで薬局から薬を取ってきたけど、熱を下げた新くんの体温は戻ることなく冷たくなっていった。
目的地へ目指すゴーレム車、沙希さんの腕の中でリンがつらかった思い出を止まらない涙で流してく。小さな体にためこまれた悲しみは消すことができたのだろうか。
大きな川の近くに荒谷邸という表札がつき、住宅地でよく見かける二階建ての家がある。
家の中に入ったリンの泣き声は聞こえてたし、彼女が家にいる間はなにも言わずに彼女を待つことにした。
夕方にさしかかった頃、リンがセラフィと沙希を家の中へ招き入れて、リンが大事と思うすべての物をセラフィが収納してあげた。
大きくはないけど、リンの親がこだわったであろうの庭に葉っぱが生い茂る樹木があった。リンからの願いで弟である新君の遺体をセラフィの火炎魔法で火葬に処した。
泣きながら大声で叫ぶリンを包み込むようにして、流涙する沙希が優しく抱いてあげてた。
俺はなにもできないし、なにも言えなかった。ただただ目の前にある別れから、目を逸らさないように頑張っていただけ。
こんなときはゴーレムも魔法も役に立たないことを、異世界でいくつもの死別を経験してきた俺は熟知してる。
壺に入れた遺灰を大きな木の下に埋めてから、リンは傷みが目立つ家に鍵をかけて、何度も振り返りながらだれもいない荒谷邸を後にした。
そこは彼女がこの世に生まれ、友達と遊びながら家族で幸せに暮らし、ゾンビの災害で全てを失った思い出の場所だ。
いつかその家は崩れ去ってすべてが無くなったとしても、きっとリンの記憶の中で、笑いと優しさに満ちていた家がそこにあり続けることだろう。
夏休みの旅が終わり、リンの悲しみが過去となれるように、俺は願わずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
セラフィはたまに政府の依頼でお出かけしてる。
ただし、派遣期間は移動時間抜きで1週間以内と俺が強く希望しているので、現在のところは無茶な依頼が来なくなった。
徳島市で人気が高い彼女はこっちにいる間、セラフィ・カンパニーが経営するお店ならどこでもひっぱりだこだ。
グレースは完全にオフ。
桝原さんたちの船団にゴーレムクルーザーで魚を獲りに行ったり、タケやリンとゲームでゴロゴロしたり、たまに俺が精力を搾取されたりと、おれ以上のダメっぷりをいかんなく発揮してる。
俺は徳島市の都市防衛対策の依頼を受託した。
川沿いに鋼板防壁を構えたり、十河さんたち元細川組と農地でフェンスを立てたり、放水装置を設置したりとのんびりした日々を楽しんでる。
たまに雑賀のじいさんと佐山隊長から呼び出されるけれど、依頼を断り続ける俺へなにか言いたげなじいさんたちはとにかく無視することに徹した。
四国でのゾンビ排除は自衛隊が担当するようになったので、近接戦用の武器や防具の製作依頼は今も引き受けてる。
異世界から多くの素材を持って帰ってきたけど、それらを無制限に政府へ供給するつもりがないので、今はこっちで狩ったシカやイノシシの革で作っている。
俺たちが過ごせる徳島都市拠点はほぼ完成したし、依頼された業務はセラフィ・カンパニー社がこなしてるので、俺たち異世界組は自分のためにここで生きていたい。
「芦田くん。明後日までに有川市長へ牛乳を届けてきてくれ」
「了解」
牛舎で翔也と雑談してたら、川瀬さんから和歌山市への配送を頼まれた。
「芦田くーん、帰りにいつものケーキとマカロンを多めに買って来てよ」
「わかった、任せろ」
柚月さんも俺と同じ、和歌山名産となりつつあるロールケーキがお好みだ。ただしちゃんと予約しておかないとせっかく足を伸ばしたのに、売り切れてしまったときが多い。
今でも有川さんは川瀬さんが生産する牛乳を愛飲しているので、こうして定期的にお届けする。
輸送代込みの販売だから結構な金額になるのだが、そこは資産家の有川さんが大枚をはたいてるから、商売繫盛で笹を持って来いというやつだ。
グレースが操船するゴーレムクルーザーなら、1時間以内で軽く和歌山港につくから特に問題はない。
それに俺としても時々和歌山の様子を覗いてみたいと考えてる。
雑賀のじいさんからの話によると、和歌山市特別保護地域へゾンビが襲撃する頻度は上がってきたみたいだ。
お知らせ:
政府と色んなやり取りを経て、平穏となりつつある日常で主人公が周りの人たちと暮らしています。徳島城の要塞化も終えました。生き残った人々は新たな生存圏を確保し、主人公たちも都市部で暮らせる拠点を作りました。
新しい家族が増え、恋に燃える主人公が平和な日々を過ごしていますが、好敵手が動き出したということで、ここからは最後まで突っ走りたいと思います。
異世界を制したゾンビの能力を継承する変異種たちと異世界で魔神戦を経験した主人公がついに激突!
情報戦を制したアジルたちが有利な展開から始まりますが、異能持ちの主人公が有能な異世界組とともに立ち向かいます。最後まで楽しんでいただければ幸いです。
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