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14話 30歳になってない青年は魔法使いだった

 生存者がいた。


 いくつかの町を回って、ファームを探しているうちに割と規模のある牧場で立てこもっている家族と出会った。


 畜舎の前に厚めのべニヤ板で組まれたバリケード、シャッターの横に設置された勝手口から、ピッチフォークを突き出すおっさんに声をかける。



「こんにちは。ここはなにを飼っているんですか?」


「……お前、どこから来た」


 うーん、思いっきり警戒されてる。


 そりゃそうか、ゾンビがウロウロする世界でいきなり人が現れたら歓迎する前に疑問視するのが当たり前だ。



「山籠もりしていたらこんな世界になっちゃって……

 今は物を集めながら色んなところを回ってるんですよ」

「た、食べ物はあるのか!」


「まあ、そこそこ集めたから自分が食べる分なら十分に持ってますよ。

 なんでしたら物々交換でもしましょうか?」


「ウソつけ! そんな()()()()に詰め込めるはずがない! お前も略奪しに来たのだな!」

「――おやじ、どうしたんだ」


 おっさんが持つピッチフォークは体の前まで突き出される。興奮したおっさんの声を聞いて、畜舎の中からスコップを持った少年がおっさんの応援に駆け付けた。



「ウソじゃないですよ。ほら、お菓子いかがっすか?」

「――」


 収納してあるポテトチップス一箱を()()()()で手のひらに乗せてみせた。


 ()()()()()()から箱が出現したことに驚いた親子は、持っているピッチフォークとスコップを落としてしまった。


 武器を手放してもいいのかと聞かなかったのは俺から彼らへのささやかな気遣いだ。




 夕食はなんとすんごくおいしいステーキだった。


 なんでも牛の食べさせるエサと自分たちが食べる食糧は不足してきて、そんで泣く泣く飼育してた牛を処分したらしい。まあ、おかげさまで美味しいものが食べられたから感謝でしかない。



「ああ、熱々のご飯を一杯食べれるって、幸せなんだな……」


「それはよかったですね」


 収穫した野菜や果物、それに農業倉庫から取ってきたお米を川瀬さんの奥さんに渡して美味しい夕食を作ってもらった。



 6人家族と3人の従業員はお魚が食べれたことをすごく喜んでくれたし、食欲を満たせたことで川瀬さんと息子、それに男の従業員はタンクトップとホットパンツ姿の艶やかなグレースに視線が釘付けだ。


 奥さんとケンカになってもそれは俺のせいじゃないから無視だ無視。



「魔法ってあったんだ」


「ああ、あるよ」


 川瀬さんの長女、同年代の柚月さんは俺が使う魔法に興味津々。面白がってミスリルでアクセサリを作ってあげたらとても嬉しそうに受け取ってくれた。



「でも同じ歳でしょう? 魔法使いって、30さ――」

()()魔法使いじゃないからな」


 ど、どどどど童貞ちゃうわ! 異世界の美人()()()()()()()()からこの世界ならそうなるだけどなっ。



「あのゾンビ犬とタヌキをよく避けられたな。

 うちもオヤジとおじさん、5人の従業員があれにやられたんだ。町に住んでいた人もそいつらに噛まれてゾンビになったんだよ」


 沈痛そうな表情で川瀬さんはここで起きたことを教えてくれた。



 ――都市部でゾンビ病に人々が侵されたのはニュースで知った。


 それでもこんな山間部にゾンビ病は起きなかったらしい。地元の住民はゾンビ病に備えて、避難所に指定された小学校に食糧や飲料水を運び込んだ。


 川瀬さんたちにも避難通知がきたが、川瀬さん家族は家業から離れることを選べなかったという。


 父親が世話してきた牛のことが心配で一人になってもここに残ると言い出した。



 状況が一変したのは今から一月ほど前のこと。


 それまではたまにゾンビが迷い込むだけで、地元の若者が結成した自警団はそれらをすべて撃退した。


 気を強くした町の人々はどこか緩んだのでしょう、避難所から離れて自宅で寝泊まりし出した。そこへゾンビ犬の集団がこの町へやってきた。


 川瀬さんの父親とその弟、それに5人の従業員は牧場の下にあるソーラーパネルから電力の引き込み工事を終わらせたところに、数体のゾンビ犬が襲いかかり、彼らは逃げ切れずに全員が感染させられてしまった――



「おやじがね、避難所へ行かないって言うからさ、畜舎を守るバリケードを置いたり、水を貯めるためのタンクを増設したり、最後まで牛の世話ができるように手は打ったんだ。それがあっさりとやられちゃって……

 くそオヤジが……」


 川瀬さんのお父さんたちは家に入ろうとしないで家族と最後の話し合いをシャッターの前で済ませてから山の中へ消えて行ったらしい。


 流涙する川瀬さんにかけるべき言葉を俺は持たない、こういうときは黙って聞くのがいいのでしょう。



「いやあ、芦田くんがいい人で良かったよ。この前に来たやつらは金属バットと剣鉈で脅してきたんだよ」


「よく撃退できたんですね」


「いや。それがね、あいつらは大声で叫ぶもんだからさ、声を聞きつけたゾンビ犬に襲われて泣きながらそのままどこかへ逃げた」


「バカなやつはどこにもいるもんですよね」


 これが拳銃とか散弾銃とか持っているやつらなら、川瀬さん一家と従業員さんは押し込まれたと思う。


 食糧は奪われ、大切にしている牛が食い散らかされ、川瀬さんたち男は殺害、奥さんたち女性は慰み者にされたことでしょう。


 モラルを守るには安定した社会の環境が必要不可欠、それが異世界で実感した教訓だ。



「あのですね、提案がありますけど」


「なにかな?」


 川瀬さん一家を守りたいわけじゃない。


 でもこんな世界で生きるための専門知識って、すっごく貴重だと思う。牛が飼える川瀬さんたちは俺が充実する日々を送るために必要な人材だ。



「川瀬さんたちさえ良ければ、生き抜くために拠点で引きこもり作戦に参加しませんか?」

「はえ?」


 グレース以外の人たちは俺のほうへ訝しげな視線を向けてきたので、思わず飲みかけの牛乳を食卓に置いてしまったがな。





川瀬正一(48):カワセ牧場の三代目。畜産に命を懸けてる。

川瀬良子(46):カワセ牧場の三代目の奥さん。料理がお上手。

川瀬益美(73):カワセ牧場の二代目の奥さん。

川瀬香 (66):カワセ牧場の二代目の弟の奥さん。

川瀬柚月(22):カワセ牧場の長女。大学の農学部で学び、卒業して家業を手伝っている。

川瀬翔也(17):カワセ牧場の四代目(予定)。農業高校で学んでいたが臨時休業で帰宅した。

古川勇 (53):カワセ牧場の従業員。二代目のときから牧場で就職している。

赤松彩香(36):カワセ牧場の従業員。良子の親戚で事務職員。

刈谷琴音(21):カワセ牧場の従業員。農業高校卒業して牧場で就職している。


ご感想、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。皆様のご好意はとても嬉しく思い、感謝に堪えません。本作で少しでも楽しんで頂ければ幸いです。誠にありがとうございます。

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