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50話 鬼の師匠は弟子を甘やかさなかった

 去年は和歌山で干し柿を売ってみたところ、多くの人たちから喜ばれる人気が高い商品となった。


 今年も山でたくさんの柿を収穫してきたので、すでに刈谷さんたち食品加工部が販売用の干し柿を作ってくれてる。


 賀島市長からたっての希望により、徳島名産として販売されることが決定し、生産した半分の干し柿は市役所のほうへ納品する契約が交わされた。



 これからの収穫計画を考えると、みかんは愛媛と和歌山で採集できるからそれはいいとして、リンゴの産地はほとんどが東北地方だから、そこまで行くのに距離がある。なにげに広島のほうでもリンゴは生産されてたことを白川さんが資料をみせてくれた。


 きっとそれは行ってほしいとの合図なので、沙希が暇なときにときにツーリングでお出かけしよう。



 イチゴのほうは中谷さんたちが空いた畑で植えてるから、俺は野生化したイチゴを探しに行くと目論んでる。みかんと同じのようにジャムやお菓子にも使われるので、量はたくさんあったほうがいいと知恵さんから頼まれてる。


 そのほかに和歌山で採れる梅やこの一帯でも収穫できる梨、時間を見つけて大阪方面のほうでぶどうを確保するというのも悪くない。



 なにせ、俺たち異世界帰り組は害虫(ゾンビ)を駆除しながらの作業ができ、その上に収穫量を気にしないで好きなだけ採ってこれるため、白川さんが喜んで分厚い農林水産に関する資料を提供してくれるというわけだ。


 この機会を逃さず、高額で果物の卸売りしてやると一時期は意気込んだ俺だった。でもよく考えてみれば、お金をもらっても使うことがあまりないことを思い出した。


 いずれにしてもお正月の売り出しに間に合うよう、収穫する旅を終わらせたいものだ。




 今は元大阪城拠点の子供たちの教育環境について、改革を行おうと俺は決意した。


 事の発端は収穫した野菜と果物を市役所が指定した倉庫へ配達しに行ったとき、担当者ではないのに受け取りにきた渡部さんと雑談したときのことだった。



 徳島市のほうが給食のある教育環境を整えてくれてる。生徒たちが支払われる教育費について、教育を受ける子供たちは申請すれば、奨学金の支援が受けられるとのことだ。


 親がいない子供たちは奨学金のうち、少ない生活費から学生寮の寮費や食費をやりくりして、みんながそうして頑張って生きてると渡部さんは聞かせてくれた。



 ミクはいつも会社のお店でアルバイトしているから、ほかのみんなも自分でお小遣いや生活費を稼いでるはずだと、俺はタケたちのことを信用してた。


 徳島市の子供たちを不憫に思いつつも、拠点の子供たちについては安心しきっていた。



「え? お小遣いなら今でも振り込んでもらってますよ」


「はああ?」


 ところが元大阪城拠点の住民に限って、学校の授業にさえ出ていれば、今まで通りお小遣いが支給されてるらしい。そのことを翔也から聞いた俺はかなりのショックを受けた。


 あれは元々生徒たちに教育を受けさせるための対策だった。


 徳島市では多くの子供がこんなクソッたれの世界で、自らの力で生きて行こうとしているのに、親から養われて、授業に出るだけでお金がもらえるタケたちをこれ以上甘やかすわけにはいかない。


 そう考えた俺は航さんたち拠点の幹部に相談した。



「そうだな。うちの牛舎でもこっちの子がアルバイトで来てくれてるけど、みんな必死で頑張ってるな」


「川瀬さんの言う通りだわ。

 お店のほうでも臨時のアルバイトで雇ってくれないかと来ているらしいの。

 ねえ、良子さん」


「ええ、ともえの言う通りよ。

 食堂でもご飯が食べたくて長期バイトでもいいですかってお願いしてくるのよ」


 熱い会議の結果、中校生以下の子供については従来通り支給を続ける。


 高校生以上は所定の労働時間を満たし、週末は選択した労務の研修を続けるという条件付きで支給する方針が決まった。


 ただし養育してくれる親がいない子供たちは新しい方針には該当しないこと、知恵さんたち元住民の大人が彼と彼女たちの保護者を務めることが今回の会議で正式に決議された。



「横暴――」

「やかましいわっ!

 働くか、お小遣い無しかのどちらだ。好きに選べ」


 玲人やミクのようにすんなりと受け入れた子は少数派。


 夜の食堂に集まった多くの子たちは文句を言おうとしたところ、気合の入った一喝で反論を封じ込めた。


 既得権益を得たやつらがどういう反応を示すかは熟知してる。異世界で甘い汁を吸うバカどもとやりあってきた俺に死角などない。




 幹部の協力を得て、俺たちは怠けた子供たちに働く機会を与えることにした。


 コンビニで深夜のアルバイトならしたことがあるし、異世界でも自分が生産した各種の道具を売るために、王都で大きな店を構えてた。


 そんな俺は物売りで担当する子供たちを働かそうと意気込む。



「老師! 労働は勘弁してもらえませんか? 早くレベル上げしないと、グレ――」

「無駄口叩かないでキリキリ働けぃ。

 ――いらっしゃいませえ。美味しい干し柿ありますよ」


 野菜や果物はとにかく売れる。


 そう考えた俺は城塞化させた徳島城大手門の前で、新たに開いた不定期の農産品売店へタケたちを連れてきた。



「いらっしゃいませっ! ダイコン()()()はいかがですかぁ」


 ――こらこら、佳苗ちゃん。もどきじゃなくて、それはちゃんとした大根だよ。


 野生化した大根だから小さいのはしょうがないとしても、大根に変わりはない。そこを間違うとお客さんがビックリする。



「お兄さん、カボチャはおいくら?」


「一玉500円となります」


「あらそう。じゃあ、二玉ちょうだい」


「はい。ありがとうございます」


 今まで商売なんてしたことがないのに、基本スペックが高い玲人は甘いマスクでおばさんたちを惹きつけ、そつなく商品を売っていく。



「タケぇ。柿が無くなったから、櫓に積んである箱を運んできてくれ」


「え? 老師が収納したもの――」

「つべこべ言わずに行ってこいっ!」


「タケくん。手伝うから早く行こうよ」

「まさぴこ……ありがとうな」


 うなだれるタケの隣でまさくんが声をかけてあげた。


 引きこもりなタケならパソコンはできるかなと思ってた俺がバカだった。


 ひたすらゲームしかやり込んでないあいつは実用的なソフトがまったく扱えず、一通りの仕事をやらせてみたが、タケは()()()()のスキルしか持っていなかった。



 ゾンビが世界を支配する今、廃人(ゲーマー)引きこもり(ニート)という職業(やくたたず)は絶対に許さない。


 なにか特技を持ってもらうため、タケの両親と食事しながらの懇談会を開いた。


 優しい親御さんは泣きながら俺にタケを預けると、二人は土下座しようとした。もちろんその大げさな行為はすぐにやめさせた俺は、そのときからタケの運命を握った。



 佳苗ちゃんのほうは普段からアルバイトしているので、兄の更生に喜んで手を貸してくれると、女子高生から頬にキスというご褒美をもらった。


 玲人とまさくんは土曜日にもかかわらず、自分たちのアルバイトを休んでまでサポートしてくれると、タケという能無しのために駆けつけてきた。


 ――いい妹と友達を持ったな、タケ。それがお前の幸せだってことを心に刻み込めよ。



「なあ、タケ」


「……なんすか、老師」


 店の売り子は玲人と佳苗ちゃんに任せても大丈夫のようで、俺はタケとまさくんが柿を運んできたら、タケのために櫓の中で野菜と果物の()()()()()しに行かなくてはいけない。


 その前にタケを呼び止めたのは理由がある。



「明日の朝、枡原さんたちと漁に行って来いよ」

「ええーーっ! 無理っス。力なんてないっス

 死ぬっスよ」


「じゃあ、死んで」


 足腰が弱いタケは腰で踏ん張ることすらできない。


 ボクサーだった桝原さんに相談したら、漁に出ることで鍛えられるとのことだったので、タケの労務研修は桝原さんに一任しようと決心した。



「老師……許してくださいよぉ」


「タケ……

 俺ってさあ、お前から老師って呼ばれてるよな?」


「そうっスよ。一番弟子だから労わってくださいっ」


 微笑む俺はヴェナ師匠のとびっきりな笑顔を思い出しつつ、肩を落としたタケの頭を撫でてやった。


 ――なるほど。あのときの師匠って、こんな気持ちだったんだな。



「師匠が許すから……」


「老師! ありがとうござ――」

「明日の朝はちゃんと海へ逝ってこーーい!」


「いやああああっ!」


 地べたへ倒れ込むタケへ、俺はヴェナ師匠と同じような凍える視線を一番弟子(タケ)へ投げつける。



 ――お客様を待たすのはやっちゃいけないことだから、泣く前に柿を運んでこいよ、タケ。





 働かざる者食うべからず、ですね。主人公はタケに弟子としての愛情は持ってます。そのためにタケの将来を心配して、ビシビシ鍛えようと鬼になりました。ゾンビがいる世界ですから、親のすねをかじらずに自分の力で生きることが大事と想定してみました。


ご感想、ブクマとご評価して頂き、とても励みになっております。誠にありがとうございます。

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